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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第二幕 暗闇に浮かぶ赤い目~Loup noir~
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待っている女

  先ほどまで星も無い真黒な夜の闇が、急に天気になって砂子の様な星の海になっている。

 その星の光を浴びながら、

 ブランデーの中に氷を入れてチビチビとやる。

 口の中に広がる甘い充実感は、今日は帰るだろうという心配事を

 少しだけ遠ざけてくれる。


 あの子が出ていって…1週間。

 流石に…お腹も空いてるだろうし、体も冷え切っているに違いない。

 だからさっき、電気ポットに水を入れココアと砂糖と大きなカップを傍に置いてやった。

 まだ、私があの子の為にその場で何か作ってやるのには

 抵抗がありすぎるからだ。

 

「 は~どうしたらいいんだろうねェ… 」


 私はやっと、素直にその言葉を吐けた。

 このままの状態だと、出口がないから私が心を入れ替えて、あの子に向かい合って頑張るか、

 それとも、児童相談所で相談して養護施設にでも預けるかを決めなければならない。


 どちらも生易しい選択ではない。

 あの子のあの顔を目の前にして、果たして私がいつまでも正気で居られるか分からないし、

 かといってあの人の忘れ形見を手放すのもはっきり言って辛いからだ。


 その時、ベランダで夜風に当たっていた私のすぐ近くに、

 真っ黒い何かが凄い勢いで飛び込んできた。


「 きゃ! 」

 と、40近いおばさんの私が短く小さな悲鳴を上げたが、

 飛び込んできたものを見てそれ以上は恐怖で声が出なくなった。

 それは、

 しばらく前に下の道路でこの部屋を見上げていた大きな黒い犬だった。

 いや、すぐ目の前にしてようやくそれが犬でない事に直ぐに気づいた。


 大きく頑丈そうな顎に丈夫そうな牙の群れ、赤く長い舌。

 ピンと立った大きな三角の耳に、真っ黒い毛並みに浮かぶ狂暴そうな目…犬じゃない。

 私は、動物園でしか見たことが無いが、

 世界最大級のツンドラ狼に酷似していた…少しそれよりも怖いイメージだけど

 飼いならされた豚の様な犬もどき狼じゃなく、本当の野生の性だからだろうと思った。

 狼は、荒い息を吐きながら、

 大きな足で何度かベランダの床を蹴り擦り、私の方をじっと見て来る。


 嫌だ…心臓が止まるほど怖い。

 狼ってのは基本肉食だし、私は食われるんじゃないかと思った。


「 あの子はもう帰ってこないぞ。」


 私は、地の底から唸るようなその言葉で目を丸くした。

 確かに、目の前の狼が私に向かってそう言ったからだ。


「 お前、施設に引き取られそうなあの子を引き取ったまでは良かったが、

  何故あの子に辛く当たったのだ? 」


 あの子…絵里奈の事か…

 小便が漏れそうなほど怖くて足が震えていたが、その問いには答えなくてはと

 目の前の獣に不思議だとは思ったが素直に答えた。


「 あの子は…私から全部奪っていった妹の子で…妹にそっくりで…憎くて。」


 それは本心だが、何故私は答えているんだろ?

 相手は言葉をしゃべる、大きくて怖い肉食獣なのに。


「 ああ、その事か。

  吾輩のグリムリーパー…この世界では”お迎え”って呼ばれる者の力のせいじゃよ。

  恐怖を麻痺し、こちらの質問に答えるように暗示にかけておるからなぁ。


  因みに、お主の考えていることもかなりのレベルで理解できるので嘘は無駄だぞ。」


 狼はそういうと笑った…表現が難しいが確かに笑った。


「 ちょ…何よそれ…、私の考えている事が分かるですって?

  それじゃあ私がしゃべる意味もないじゃないの?

  それに、”お迎え”って何なのよ?ぉ… 」


 私はそう思いながらも、つい声に出してしまった。


「 ああ、考えている事はかなりの混沌とした意識の産物なので、

  言葉にすれば混沌を整理して情報を統合し、より真実が明確になるからだ。


  考えていることが素直に分かっても不鮮明なのでな…嘘かどうかは

  その言葉を発した段階で整合性がないのでよく分かるのだよ。


  それから、”お迎え”っていうのは、昔から言う黄泉から死者の意味で構わない。

  ただ、単純な死者というわけでも無いがな… 


  で、説明したところでだな、憎く思っている娘に対しそこまで心配になり、

  尚且つ、引き取ってまで育てるのだ?

  もし、復讐となればそこらの森にでも捨て置いたら済むし、

  何より、父親の方の親族に引き取らせれば問題も無かっただろうに… 」


 狼はまたにやにやと笑った。

 こいつ…大体は知っているのに私に話させようとさせるのか…

 嘘はつけない状態で…もし、平気で嘘言ったら…


「 バウッ! 」


 狼は小さくくぐもった鳴き声と共に口をガブっと閉じた。

 脅しじゃん!そんなの、まあいいや普通に答えるよ。痛いのは割に合わないもん。


「 は、あの人の親族?糞みたいな連中よ!

  死んだとなったらあの子を横に置いて、遺産の相続権がどうとかこうとか

  残った屋敷や財産に対してもグダグダ言いやがってさぁ。

  んなんだし、この子引き取ります?って言ったときのあの顔…

  思い出しても反吐が出そうだったわよ。


  復讐?あの子に復讐すること何て無いし、そこらの森になんて思ったことないわよ。

  だって、あの子は私が愛していたあの人の娘でもあるもの。」


「 複雑だなぁ…憎いのか愛しているのかどっちなんだ? 

  吾輩がお前の感情を読んでも、そこは混沌が酷すぎるので確かめたのだが…

  そうか、お前

  自分でもどう考え、どう思い、どう行動するか分からないということだな。

  原初となる思いが確立していないのだからな。 」


 狼は…ふ~とため息をつくとその場に座りやがった…

 お座りじゃないよ、

 長い尻尾をぐるりと巻いて座布団代わり(ほとんど漫画)にしての

 骨格無視した体育座り。


 私は呆然としたが…狼の表情は心なしか穏やかになった。


「 だがその混沌の末に、あの子は今日自殺した。」


「 は? 」

 何を言ってるのかわからない…一周にして周りの光景がぐるぐる回りだした。


「 な…何言ってんのよ。って、まさか…自殺って。」

 人間に言われたんじゃない、言葉を話し感情を読む化け物の言うことだ。

 信じるしかない…でも自殺って何?私変わろうと今考えて…


「 彼女はそこまで追い詰められたって事だな。

  しかし安心しろ、吾輩とボンクラ娘でその運命は回避したので今は生きている。

  …ウン?そこにあるのは煙草か?一つ貰ってもかまわんか? 」


 狼は急に煙草を無心してきたので、私はテーブルの上の煙草を投げてよこす。


「 ちょっと失礼… 」

 狼は私が投げた煙草の箱を軽く右手(右前脚)で受け止めた。

 短い指を器用に使ってトントンと箱の頭を叩き、中から煙草を取り出すと

 大きな口の横に咥える。

 すると、火も無いのに自然に煙草の先から煙が上がり…また右足で煙草を口から放し、

 ぶわ~っと、大きく煙を吐き出した。


「 でな、今回は何とか回避しても今後、お前といる限りでは

  自殺、事故死の運命曲線が高く、大事な未成年の時期に勉学する環境も少ないのだ。

  更にその上で、選択肢を間違えれば不幸が津波の様に襲ってくるのだ。」


 そして、狼は再び煙草に口をつけ紫煙を燻らせだした。


「 あんた…それで何しに来たの? 」

 私は、滑稽な漫画の様に体育座りから胡坐に発展した体勢で、

 おっさんみたいにタバコを吸っている狼を見て、怖さから少し解放されたのか

 私の疑問をぶつける。

 

「 ふは~うめえなぁ…この煙草。」


 狼は満足げに煙草を燻らせていたが。私の質問には煙草を下して

 真剣な目つきで答えてくれた。( 胡坐は掻いたままだが… )


「 吾輩が来た理由ってのは、簡単だ…あの子を手放してほしい。

  あの子の運命は最高の形で成就してもらわないと吾輩の臣下も困るし、

  ボンクラ娘の世界も困ることになるのでな。」

 

「 そんな事、急に言われても… 」


 私は、いくら暗示がかかっているからと言って

 狼の話を信じることが出来なかった。

 だが、確かに私と一緒の生活で彼女が幸せになる事はありえないだろうし、

 施設っていうのも運命丸投げ…しかも10歳になってからだとキツイかもしれない。

 しかし、この狼は”お迎え”だの言ってるけど名前も知らんし…

 信用なんてできないんだけど。


「 吾輩の名前はアルコキアス・ランド・トルメシアス

  こう見えても、黄泉の世界の一国の王じゃ。


  信用は難しいと思ったので、ちょっとある者を一緒に連れてきた。

  この者なら、お前も信用できるだろう…お前の知らない事実も教えてくれるしな。」


「 アルコキアス?って確か…大悪魔だっけ? 」

 そちらの方の知識は薄いが、高校の時に深夜アニメで見た様な…


「 ああ、マルコシアスか…よく間違えられるけど全然違うな。

  それは地獄30軍団の侯爵で、サタンと同格の能力を持つと言われる元大天使。

  ってお前らの世界では言われている悪魔だよな。

  

  あれとは次元も違うし…名前が似ていて羽根は無いが黒狼なところが近いだけ。

  それに、本当のマルコシアスは…いや、話が長くなるからやめよう。」


「 私の信頼できる人って? 」

 肉親すら疎遠になって、友達も大していない私には心当たりがなかった。


「 まあ、見ていろ。時空間を遮断して次元間に超空間を作って… 」


 難しい話なら理解できませんのでよろしくお願いしますと頭で考えた。


「 まあ不思議な空間で、吾輩の連れてきた者と会えるようにしてやるって事だ。

  お前によく知っている人間なんで説明は必要ないだろう。」

 

 アルコキアスは、その後呟くように何か念仏の様に唱えたが、

 私が聞いたこともない言語だったので、意味は分からない。


 だが、直ぐに周りの景色が変わってきたので、魔法かなんかの詠唱の様だと理解した。

 初めに全体の景色の印象が薄くなってきて、

 全体に霧のような靄がかかってくる。

 

 夜の霧は、薄い光源のせいで白くは目に映らないが、

 この景色は、本当に薄い白色がかかったように夜の空自体も黒から灰色へと変わってゆく

 そん不思議な現象だった。


 やがて、目の前のアルコキアスも私自身もその白い靄に包まれて

 すべてが白くなっていった。

  


  

  

 

  












  


 

 

 

 

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