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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第九幕 戦場の死神~Dieu de la mort et purgatoire~
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”英雄”という装飾

  …初めて人を殺したあの日の事をふと思い返す。

 

 人殺し…平和な時なら忌むべきことだが

 今も続く戦火の中で誰も殺さないのなら死ぬのは敗者であり自分である。

 脳天に一撃の遠距離射撃なら幸運な方で

 大昔の捕虜取扱に関する国際法など紙切れにしかならないこの世界で

 捕まれば女として生まれたことを後悔する拷問と屈辱の中で

 苦しみながら殺されることもあるのだから殺せる時には敵は確実に殺す。

 それが戦場でのルールだしお互いさまだ。 


 ただ生き残る事と命令を完遂していけば

 望むと望まらざるとに関わらず

 今の私と同じように軍のいや、国の政策によって祭り上げられる

 ”英雄”という装飾を纏って…


 そう、あれはそう言う虚飾に向かって歩き始めた日の事なのだ。




 目が覚めるとそこには白く高い天井があり、

 こんな時代なのに電飾のシャンデリア(豪華ではないが)が眩しい光を放っていた。

 それに簡単な空気清浄機能があるエアコンなんかがあるのか

 変な匂いもしないし

 ついさっきまでの猛烈な熱さと湿気のジャングルとは

 無縁の適度な湿度と温度に保たれた空間があった。


 気を失ったのか…

 私は恐らくあれから長く寝ていたのだろう…

 長く目を閉じていたせいか瞼の周りが目ヤニでこわばるのを感じながら

 少しづつ感覚が戻り全身に血が巡るような錯覚と共に目覚め始める。

 

 昨日までは冷たく汚い地面の上で寝袋か狭いハンモック。

 船の上じゃあ粗末なベッドかデッキチェアだったので

 今、背中に伝わる柔らかなクッションと絹のような滑々のシーツ

 なので疲れも相まって爆睡してしまったようだ。

 

 更に体を弄ると雨で濡れた服も下着も全て取り替えられていて

 肌に優しい高級そうな布地の寝間着を着せられているようだった。


 背中は痛くないし寒くも無く凄く気分がいい。

 但し、

 全身が筋肉痛(普段は感じた事も無かったが相当無理に体を使った為だろう)



 「 お…目が覚めたようだな。

  一応体も拭いてやったのも服も私が替えたんで安心しろ 」


 私は頭を上げその声のする方向を見ると

 豪華な佐官クラスの椅子に敵の軍服を羽織ったアマンダ少尉がいた。

 思わず起き上がろうとしたが優しく手のひらで止められた。  


 「 お疲れ様です少尉殿。

   着替えぐらいはお手を煩わさなくても別に軍曹たちでもよかったんですけど 」


 貧相な胸に男みたいな筋肉娘の体なんか見られても別に恥ずかしくは無いのだが。


 「 隊が変な雰囲気になっても敵わんからな。

いくら大人で優秀な兵隊でも男なんでな 」

   

 そりゃそうか… 一応、私だって女ではあるからな。


 それより


 「 少尉殿、その服は… 」


 少尉が羽織ってる服には少佐の徽章きしょうが飾られている。

 礼式用なのか自軍とは別の見慣れない勲章や金モールもご丁寧についてる。

 皺ひとつなく白い袖には金釦

 前は空けられているがこれもうちの軍服とは違う真っ新な赤い丸首のシャツ

 名札が貼られていたのか何か取り去った後がある。

 

 

 少尉はニヤニヤ笑いながら私に声をかける。


 「 凄いだろ…

   いくら敵服といえど

   少佐なんて院卒でもない私には雲の上なんだから気分がいいんでな

   綺麗に仕舞われてたし変な匂いもしないから着ているんだ。

   前の服は血まみれだしビリビリなんでな 」


 当然、縁もゆかりもない敵軍の徽章だからそれに意味は無いとはいえ

 位が全ての軍隊にいると何かそれだけで気分がいいんだろう。

 階級が一つでも違うと天と地の差の縦割り社会だから…

   

 「 でも院なんかでなくても成績上げて勲章とか授与されれば… 」


 とそこまで言って考えたら意味がないんで言葉にするのを止めた。


 「 私もお前と同じ教練科出身だから最大頑張ってもここらが限界。

   うちの少佐の様は特別だろうな、

   化け物だし…ま、そうはいっても大学は結構な成績で出てるんだが 」


 それはそうだ。

 少佐は院は出てなくても大卒だし伝説的な戦果を上げているから理解できる。それに比べて

 教練科卒の私や少尉じゃあ、奇跡のような戦果でも上げない限り中尉以上には昇進なんかできない。

 でも戦場に死んだ人は全て2階級特進だから

 アマンダ少尉も今のまま死んだら大尉にはなれるか…慰めにもならないけど。


 「 まあ、この場所に佐官室がある様な拠点があって良かった。

   おかげで思ってもみない程に装備や武器弾薬も豊富だったしな 」


 確かにそれなりの拠点であればこそ狭いとはいえ道路も敷設されてるし

 戦闘車両3台なんて豪華なものもあるからねえ。

  

 「 なにより車両が手に入ったのは大きいな…歩きよりは数段早く移動できる。

   集合日時まで余裕も出来るからその分休憩して英気を養える。

   それにこんなのも手に入れれたしな 」


 そう言うと少尉は傍らのテーブルから琥珀色の液体が入ったグラスを持ち上げる。


 「 流石に少佐様の部屋だけあって高そうな酒…今日は一杯ひっかけて寝れる 」


 少尉は口元を緩めながらそう言うと私に向かってウインクをした。

 一応うちの携行品にも酒はあるが

 合成酒だし気付け用で少量でその上安物だから味なんてひどいものだ。

 それに比べ

 グラスから漂ってくる香りは甘く芳醇な樽の匂いがする本物のブランデーだった。


 

 「 という事で飯でも食って明日に備えろ。

   私は軍曹たちと今後のスケジュールを組む…

   ここの道は想定外に見つけたものだし地図なんかも念入りにチェックしないといかん 」



 「 あの…私は? 」



 「 足の傷もあるから休養しろ 」


 私はその言葉を聞いて初めて右足に痛みを感じた。

 でも、そんなには痛くない

 右足をベッドの中から引き抜くと清潔な包帯が巻かれてあった。


 「 4針ほど縫った。

   患部は洗ったのに目を覚まさないほどに衰弱してるから死んだかと思ったぞ。

   そんなわけで今はそこの飯でも食って寝てろ 」


 少尉はそう言うと近くのテーブルの上を指差した。


 少尉は一度私の方を見るとウインクして踵を返し背中を向けた。


 「 それにな…ここまでの私と違ってお前には未来があるからな。

   この作戦が終われば… 」


 と何か言いかけたが少尉はそこで振り返り微かな笑みを浮かべた。


 「 なんにせよ今日が初めての実戦だったし人も殺したからな。

   落ち込んでるかもしれんが明日からまた殺し合いになるんだ忘れて

   寝れるときに寝て英気を養え 」


 少尉はそこまで言うと静かに部屋を出て行った。




 

  真夜中



 静寂の中、発電機の音だけが遠くかすかに聞こえる。


 しっかり寝たせいか変な時間に目が覚めた。


 後から聞かされた話だと私が殺害した敵兵の数は14人もいたそうだ。


 ただ、記憶をどんなに辿っても精々6人程度しか思い出せない。

 戦場でしかも単体で多人数を相手すると記憶が飛んだりすることがよくあるって

 ベテランの伍長が言っていたが

 自分が引いた引き金の数の記憶と実際に消費した弾薬の数が全く違うので納得は出来たが、

 そんなに軟な訓練も受けていないのにやはり実際の人殺しとなると違うのかと思った。

 

 今思い出しても最初に引き金を引いた記憶は曖昧だった。

 雨に濡れた地面の感触や頬を撃つ雨の感触もしっかり覚えているのにその場面だけ何も思い出せない。

 まるで気を失ってるときに別の何かが私に乗り移って撃ったようにしか思えなかった。

 ただ、今落ち着いてみると初めての射殺に今は特に思うことは無いのは不思議だった。

 あれほど

 最初の瞬間が来るのを恐れていたにもかかわらずだ…

 まあ、初体験なんてそんなものか(女性としての経験はないが)とも思う。


 私は無い胸の前で合掌し、

 軍曹たちの手で既にかたずけられてどこかにいるはずの私が殺した人々の冥福を祈った。

殺したのは確かだが死体は確認していない。

 ここに来るまで残酷な死体を見続けているんで耐性はあると思う。

 だけど自分が起こした結果としてみるのは正直冷静には見ていられないだろう。

 軍曹たちも気を利かせて直ぐに片づけてくれたようで感謝しかない。

 気分の問題でしかないけど、

 例え姿かたちが多少私たちと違えど同じ人間であることに変わりは無い。


 祈って天国とやらに行ける保証などないが誰も祈らないよりマシだろう。

 彼らにも家族や大切な人ぐらいいるはずなんだから…

++++

 恐らくこの先はしない行為ではあろうとも今日ぐらいはね。





   明けない夜は無いというが、今日も薄っすらと陽が上がる。

 ジャングルの泥濘の狭い粗末な道の両脇をオレンジに染めやがて緑へと変えていく。

 鼻を衝く水の匂い、どこからか聞こえる獣の声、

 そして私たちが乗る車両のエンジンの唸りが蛇のように木霊し

 その音に驚いたように鳥たちが空に飛びあがっていく。


 「 いい的だな 」


 少尉が後部座席で両腕を頭の後ろに組んでそう呟く。


 「 そうですけど、

   下手に歩いて豹や鰐とお友達になるのも嫌だし見つかれば同じ蜂の巣でしょ。

   沼地で先制されたらどうにもって事で

   敵の旗と認証が入ってるこいつで行く方が効率的だって 」


 二等兵がそう答え、二等兵のおっちゃんは後を追う。


 「 それに鉄の塊の上に速度もあるし

   排気やエンジンも改造もしてるし第一機銃が乗ってますし 」


 走行中なので声が踊る。


 運転してる漁師の二等兵のおっちゃんは船乗りなので先読みが出来るのか、

 荒れた道なのにあまり衝撃が来ない。

 車両が珍しいこの時代の割におっちゃんは運転が上手の様だ。


  車両は佐官が相当臆病だったのか、道を車両で走る危険を少しでも軽減させるために車両には

 かなりの改造がしてあった。

 大昔の炭素繊維の板がしっかりと内側に吊るしてあったし

 エンジンもどうやって調達したか分からないが大昔の大型キャブレター付き

 整備も行き届いていて結構な馬力もでる。

 窓ガラスも無理やりつけたような複合硝子で防弾性能もある

 きっと死んだ敵の佐官がかなり優秀で調達できたのだろう。

 準備も出来ず殺された佐官には不幸だろうがわたしたちとっては凄く幸運だ。


 「 それに今じゃあ電子認証だの衛星認識なんかもないし

  確認方法としてはいいところ光学望遠鏡で確認するしかないから…

  この程度なら自軍と思われますし 」


 少尉は昨日の軍服を上下合わせて着こんでいる。

 勿論、私たちもそうだし分乗している前を行く

 負傷兵を乗せたの車両もそうだし

 先頭を行く伍長と一等兵もそのように変装している。

 

 そこそこの階級の敵兵も多かったから

 自由に選べるのならと全員階級章はかなり上を付けていた。

 勿論、階級が上なほど上等な軍服だし快適なのも当然あるのだが、 

 運転しているおっちゃんでも曹長だからなぁ…

 一般召集で呼ばれたんで死んでも兵長どまりなのだから人生で最初で最後の出世?だろう。


 「 遠目なら望遠鏡でもこんな変装で大丈夫だろう。

   いきなり撃つことはしないだろうし少なくとも止めるなら道路を封鎖するから

   こちらも対処は可能だし 」


 少尉はそう言うと大きく欠伸をする。

 後ろに12ミリの機銃を筆頭に結構な物量の兵器も積んでるし、

 食料も水も燃料も十分に頂いて来た。

 前の車のジョオン達も前後を守られているんできっと転寝でもしているだろう。


 多少の安堵が心地いい。


 どうせ時間が経てば殺し合いの真っただ中に出ることになるが

 今は多少気が緩んでも問題ないだろう。

 ゆっくりと走る車窓の景色に

 頑丈な鉄の個室にエアコンの風が流れて物思いにふける。

 先の事は分からないが取り敢えず今は生きている。


 昨日殺した可哀想な奴らに感じた罪の意識も今は何とも思わなくなっていた。

 いや、思わないように努力しているというのが正解だろう。

 それにこの先自分が彼らの仲間入りする可能性だってあるし

 狙撃兵といってもこんな状態で行軍なんで歩兵と一緒だから死亡率は高いからな。


 「 この分だと着くのは夕方には着くって事か…流石に車なだけあるな。

  昨日の戦闘と休養で時間を使ったけど十分に取り返せるな 」


 少尉の声におっちゃんが


 「 多分一番乗りで皆を待つことになりそうですね 」


 少尉はため息交じりでそれに答える。


 「 こんな道など事前の情報にもないし

   敵兵はこちらの動きを把握していたから大体は川沿いや密林の獣道に配置されてるだろうし

   おおよそ目的地までは大分警備が甘いだろうし

   検問にでも引っ掛からなければ自軍の車両だから止められないしな 」


 そうか…

 私たちは幸運な籤を引いたようなものだと思った。


 「 まあこれだけの武器に弾薬や食料があれば

   弾薬や食料を節約してきた組の補給も出来るからな。

   でもどれだけの数がそこまで来れるかは賭けではあるかな…2.3小隊あればいいほうか 」


 忘れていたが先ほどまでの施設に行く前に相当な数の新兵の死体や

 迫撃砲で殲滅させられたジョオンの部隊なんかを見てるとそれでも希望的観測かもしれない。


 「 情報が筒抜けだったのは後で虱潰しに漏洩者を探し出して…私の手で殺してやるさ 」


 僚友を肉片にされてる少尉は少し怖い顔で広げた地図をのぞき込む。


 勿論、軍法会議というものはあるので軍隊で私怨で同じ軍隊の人間を殺すなどできない。

 ただ、その声に車両の中のみんなは押し黙る。

 運が良かっただけで川にも浮かばず爆殺もされなかったのだから当然だった。

 出来る出来ないではなく同じ心情ではあるのだ。


 

 「 こういう場合だと少佐が頭のほうが気楽で戦果も望めるんだが… 」


 少尉の聞き取れるかどうか微妙な声が聞こえてきた。


 「 相手にどんなのがいるのか考えないといけないなぁ…

   密林の敵の反応も良かったし、あそこじゃあ想定もしない反撃でケガもしたし

   相当鍛えこんではあるんだよな。

   今までのポンコツ相手とはだいぶ手ごたえが違うし… 


   そうなると20ミリ機関砲だけじゃなくてそれなりの兵器もあるだろうし

   こんな一拠点に12ミリに武器弾薬がわんさかだし… 」


 多分聞こえないように相当気を使ってるだろうけど私の耳は殆ど超能力とも呼ばれるほど

 性能が高いから意図せずとも頭に入ってきてしまう。


 「 女王なんかがいたら嫌だなぁ… 」


 その言葉を発すると急に顔を上げてあたりを見だしたが

 私以外は多分聞こえないだろうし私も処世術として窓の外をぼんやりと眺めて見る。


 少尉はそこで顔を上げて目を閉じると深く息を飲み込んでゆっくりとは吐き出した。


 何か聞かれて困る事なのか?


 ”女王”って何?


 なんだかすごく面倒なことで少尉は関わりたくないようだと思った。


 まあでも私のやることは戦う事だけだ考えてもしょうがない。

   








  



 


 

 

 

 

 



 



   



 

   

   


 

   

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