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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第九幕 戦場の死神~Dieu de la mort et purgatoire~
123/124

”初体験”

凄く長く書いていないので何度も読み返してここまでの部位を書き直しました。

凄く長くかかったんで次の話も時間はかかるかなと思いますが少なくともアナスタシアの話は

完結までもっていくつもりですのでよろしくお願いします。

   少尉がナイフ一本で建物に侵入してからもう20分ほど経つ。

 その間も雨は止むことも無く降り続けているので

 流石に雨に濡れたままでは体が芯まで冷えてくる。

 この状態では引き金を引く指先の感覚が無くなるのを最も恐ろしいので、

 唾液が少なくなってきてる口に強引に押し込めるとその暖かさで少し気が落ち着いた。


  あと数分もすれば伍長たちが森の奥から銃声を上げると、

 それに呼応して出てくる奴らを打ち合わせ通り足止めし屠らなければならない。

 人を撃ち殺す…その初体験に気が飛ばないようにと深呼吸をして心を落ち着かせる。


  さんざん動かない的を撃ってきて射撃には自信があるけど生きて動く的となると勝手が違う。


  教練科で食糧事情の改善(肉は貴重品)を兼ねては山に入って

 数少ない猪や兎なんかを仕留めたことがあるが、

 結構短い距離でも必中という訳にはいかなかった。

 獲物は野生で命がけというのもあるが狩る人間は認知判断操作に時間がかかるうえに、

 発射までの銃の機構的問題、その上に弾丸が目標に届くまでもゼロじゃあない。


  ちょろちょろ不規則に動く的を動作を想定して

 動かない一点を狙うか、動作を線で追って点で仕留めなければならないから当然だ。

 人間は獣よりは動くのが遅いが狙われるとなると

 頭脳を駆使して障害物に隠れたりわざと不規則な運動行動で回避だってできる。

 敵も人種が違うといっても同じ人間だし仕留め損なえば反撃で自分も死ぬ可能性だってある。

 そんな頭で考えている以上に

 人を殺すという”初体験”の方が私には意味が重い。

 心臓が締め付けられそうだ。


  正直、この場から逃げたい気持ちもあったけど

 逃げりゃあ脱走なんてしても一人じゃあ密林で生きていけないし、

 どうにか帰ったところで脱走兵という事で銃殺だからやるしかない。

 

 それに出来ればだけど友達ジョオンが暖かいうちに解放したい。




  雨音がトタンの屋根から響く部屋の中にはかび臭い空気の充満する。

 部屋には小さな電球の灯りが二人の男をオレンジ色に浮かび上がらせる。



 「 ケ…女殴るのが趣味って変態の言う事なんか聞いていられるかよ 」


 

  薄汚れた軍服をだらしなく着崩して40前後の痩せた男は肩を上下しながら口に出す。

 階級章は兵長とを表してはいるが

 別に小隊を任せられてる訳じゃなくこの歳まで生きて来れれた褒美の様な階級だった。

 その事はこの男は十分分かっている。

 だから拷問という汚れ仕事でもしょうがなくこなすしかないとは理解していた。

 しかし、自分の腕一本で生き抜いてきた男からすれば

 指示を出した上官など彼から見ればただの若造なのだ。

 やる気など初めから無かった。

  男は呼吸を整える様に息をのみ大きく息を吐くと足を後方に振り上げると

 足元に猿轡を噛ませて血塗れになっている男を軽く蹴り上げた。


  いかに命令で男としての尊厳を叩き潰すために女の様に扱えと言われても

 男の尻に自分の”もの”を入れるのなんて気持ち悪くて出来はしないと男は思った。


 それに実際バットで数回殴ったらこの男は大体の事は白状したんで

 成績は残したんで格好は付くだろうから変態上官から追及されないだろう。

 それを思うと男は安堵した。 


 「 20前後のガキなんか、

  死の恐怖と痛みを与えながら脅せば簡単に篭絡するんだから

  カマでも掘れなんてあんな変態の言うことなんかねえし…

  お前もそのほうが良かっただろ? 」


 前歯を全部折られて返事のできない男は力なく頭を前後に動かした。


 「 いくら何でも俺も同じ目に合うかもしれない兵士なんだし、

   死なない程度、手足が動かないなんて可哀想だからな

   その辺の加減は分かってるよ…女なら優しく扱ってやるんだが…畜生め 」


 ” 変態が連れてった可愛い女なら気分上々でも

 年端のいかないごっつい男を相手に拷問なんて気持ちが落ち込むだけだ ”


  男は少し疲れたのか脱力して腰に手を当てて床の男を見ていると

 男の背後の開け放たれている粗末な木の板の窓からの雨音がほんの少し変わった。

 男がその方向を向こうとすると背後に柔らかいものが突然当たってきたのを感じた。

 反射的に体をよじろうとしたが凄い力で顎と腕を極められ

 大きな袋を顔に押し付けられて声も出ず身動きが出来なくなってしまった。


 「 そりゃあどうも…ありがとうよ 」


  柔らかい女性の声が耳に響くと同時に首の後ろに冷たいものが侵入して来て

 男は最後に頬に柔らかい唇の感触だけを感じて意識が直ぐに消えていく。

  

 「 何とか…無事だったようだな 」


  無事…顔が腫れあがり歯も2・3本飛んでいる床に寝転んでいる男は

 涙目でその姿を見上げた。

 肩のあたりや二の腕のあたりが大きく盛り上がっているが確かに女性。

 アマンダ少尉である。


 「 とりあえずケツは処女のまんまだ。

   怪我なんかすぐ治るし歯なんかなんか詰めれば食うこともできるだろ 」


 アマンダは抱えている男をゆっくりと音を立てずに床に降ろし

 突き立てたナイフをさっと抜き去ると男はビクンと体を大きく痙攣させたが

 何も言わずにゆっくりと湿った床板に血を広げていった。

 

 アマンダはしゃがんで顔が腫れあがった男の頭を撫でる。


 「 しょ… 」


 船の親睦会で顔を知っていた男はアマンダの名前を呼ぼうとしたが

 アマンダは男と唇に指をあてて反対の手で自分の唇にも人差し指を立てると

 

 「 雨音より大きな声でしゃべるなよ 」


 アマンダはそれから小声で男から状況を確認しながら

 拘束している縄をナイフで切り始めるのだった。




  「 んじゃあ始めるか… 」


 雨の影響で声を上げても大丈夫なのだが慎重に小声でつぶやく。

 自動小銃を少し振って水を払いながら弾倉がきちんと入っているか

 銃口にものが詰まっていないか

 初歩的な準備動作をしながら確認し軍曹は安全装置を外して臨戦態勢に入る。

 軍曹は既に木を降りていて、腰近くまである叢に腰を落としながら

 雨で重くなっている草を押しのけ前進を始めた。

 先程の少尉の指令を始めるため近くにいる部下たちにハンドサインを送る。

 何度もお互いにサインを交換し

 確認が終わったところで部下たちはそれぞれマークしている敵兵に向かって銃を構える。

 仕掛けるほうは時間があるから

 キッチリと工程を踏んで完璧な準備をするのは鉄則だった。


 腕時計を確認して

 少尉と無線で時計を合わせてから30分キッチり経過したのを確認して

 軍曹は引き金を引いた。


 雨音をつんざく乾いた銃声があたりに響き始める。

 指示通りに建物ではなく明後日の方向に向かってである。


 直接狙えばその場で籠城し体勢を整えられ捕虜は皆殺しにされるうえ

 最大の脅威である12ミリ機銃に群がる。

 それに正確に狙撃出来るほどの距離ではない…出てきた敵の相手は


 ”それは鋭い目をした娘っ子の仕事だ ”


 軍曹はそんな事を思いながら銃を振り回し始めた。

 


 但し、それとは別に気づかれずに戦力を削ぐため

 あたりを巡回していた敵側の兵士をマークしていた部下が冷静に後ろから狙撃する。

 撃たれたほうは音がするのと同時に草叢へと突っ伏した。

 正々堂々なんてまったく意味のない戦争という暴力の嵐の前で

 撃たれた男は真っ白い空間だけが一瞬浮かび…直ぐに真っ黒になった。 

 今生の別れを言う相手も無く

 死んだことさえ理解できないままに…


 しかし、

 撃たれた男の意識が不可思議に覚醒するのだった。

 目の前に白い空間が現れ目の前に黒い衣装の女が立っているのを感じた。

 生物的には完全に死んでいるのにだ。

 やがて真っ白な空間は雲が流れる青空の元で

 どこまでも続く緑の草原へと変わり

 黒い衣装の女がゆっくりと向かって来る。

 身長がかなり高い…脚が長い…胸が凄く大きい…

 それよりもお尻が大きい…

 男は呆然としたが…それが何なのか何故か理解が出来た。


 「 悪いな 」

  続いて近寄った兵士によって頭に止めを撃ち込まれたが、

 その時には敵兵は目の前の女との会話が始まったばかりであった。

 ここではない何処かで。



 

  打ち合わせ通り銃声が私の後ろから聞こえて来て

 心臓が一気に爆発する錯覚に陥って頭がくらくらした。


 あれほど深呼吸をして落ち着かせたはずなのに引き金に指がかからず

 銃を構えたまま右手が一切動かなくなった。


 焦っているが体自体に力が入らずにそうこうしていると、

 直ぐに建物の中から男たちが小銃を手に飛び出して来た。


 敵は正式な訓練を受けて最前線に送られるような兵士だ…恐らく一騎当千。

 無駄に時間を空けては12ミリの機銃が3基もあるんだから

 私達が駆逐される可能性は高い。


 ここで阻止しなければと頭では分かっているが体が言うことを聞いてくれない。

 ”ど…どうしよ…た…助けて ”

 私は歯の奥がガタガタして全身に妙な汗をかいた。

 あれだけ血反吐を吐くほど練習をしてきたのに全く指すら動かない。

 

  頭が死の恐怖に占められ始める…


 だが、そう思った瞬間に最初に飛び出して来た男の額に穴が開いて

 後方に脳漿と血しぶきが上がり泥濘ぬかるんだ地面に銃を構えたまま倒れこんだ。


 「 へ? 」


 私はその光景に驚いたが、いつの間にか引き金に自分自身で力を込めて引いた。

 だけどそれは自分がしたとはどうしても思えない。

 次の瞬間 

 私の体が急に大きくなるような感覚に落ちいる

 ぐんぐん伸びて手にしている相棒がどんどん小さくなる感触…勿論幻覚だろう。

 しかし長く伸びている腕は軍服じゃあなく

 真っ白い素肌のうえに指の先は真っ赤なマニキュア?みたいなのが塗られている。

 体が少し重く感じるし特にお尻が重いし胸が窮屈に感じる…

 違和感が凄いけど自分では身じろぎもしていない筈なのに体が勝手に動き始める。

 ハンドルを引いて排莢しロックをを外して次弾を装填する

 普段の私よりは遅いがそれでも必要にして十分な早さだった。 

 最初に倒れた男から2人ほど続けて飛び出してきたが

 一人はスコープも覗かずに脇を締めて撃ち

 脚の止まったもう一人も機械のように撃ち抜いて

 最初の男と同じように額に穴を開け泥濘の地面に沈んでいく。


 ”はい初体験。

  後は練習通り撃てるはずよ。これからはちゃんとやってよね…

  お母さんとの約束もあるけどそうそう手伝ってあげれないから ”


 頭の中…いや確かにかわいらしい女性の声が聞こえた。

 何なのよ?と思う間もなく

 私の体は元の姿に戻って”相棒”も通常の姿に変わっていた。

 思わず体のあちこちを触ったが

 確かに貧相な胸だしお尻も同じように鍛え上げられたもので重ささえ感じない。

 

 しかし、何かとそれ以上確認する暇は無く命の危険は続いていた。


 「 畜生12ミリを確保しろ!怯んでちゃあお終いだぞ! 」


 と建物の奥から声がして数人が凄い勢いで飛び出してくる。

 先ほどの事は気にはなるが頭を瞬時に切り替える。

 目の前の事を片付けるのが先だ…今は自分の命が掛かっている。

 それに先ほどの不思議な感触の後だと凄く冷静になれた。

 何故か飛び出してくる敵兵も只の的にしか思えなくなっていた。


  真っすぐに一人が銃を乱射しながら飛び出して弾幕を張る。

 その役目の脇から飛込み前転しながら

 2人が位置を変え地面に伏せて射撃体勢を取ろうとする。

 まあ、面で押さえる教科書通りの行動。

 最初の3人が撃たれて怯んで籠城したところで、

 12ミリ機銃を抑えられたら

 コンクリの壁なんか穴だらけにされて直ぐに殲滅されるから当然の行為だし

 小銃で弾幕張っていれば敵側が身動きできないから決して悪くない判断だ。

 但し、それも銃撃体勢が取れればという状態に限りだ。


  私は訓練通りに冷静に男たちの頭に鉛の弾を打ち込む。

 ボルトアクションとはいえ男も趣味もない私は愛銃を使いこなすのに時間をかけてきた。

  最初の敵こそ数発撃てたが直ぐに沈黙し、後の人間など前転している間に一人

 地面に伏せた瞬間に一人と直ぐに沈黙させることが出来た。

 それで怯んだのか次が来ないので

 銃に数発残っている段階で素早く弾倉を交換出来た。

 都合8発…それを使いきったら背中の短機関銃に切り替えればいい。


 「 くそ~! 狙撃手がいるのかぁ…おい!女を連れてこい 」


 人質を盾にする声に血が逆流したが少し安心もした。

 どんな姿かは知らないけどとりあえずジョオンは生きているみたいだからだ。


  と思ってると多くの銃声と共にあちこちに飛んできて、

 それらのいくつかが近くに弾着して泥が私に掛かってくる。

 こちらの位置は分かっていないが倒れた仲間の状態から勘を頼りに撃ってきているんだろう。

 無駄に撃ち返してもこちらの位置を狭められるから狙撃するなら効率よく標的を定めなければ。

 よく観察すると

 鉄製の扉の親扉と通路の間に一人、

 また、開け放した親扉とは反対側の子扉の明り取りを破ってもう一人が

 銃口をこちらに向けている。

 多分その二人が撃ってきた奴らだろう。

 しかし不思議なことに二階建ての上に睦屋根なんで屋上もあるから

 そちらに人数を回して弾幕を張る気配もない。

 良くは分からないけどまだ配置できていないなら早急に入り口の二人を掃討する必要がある。

 私はすぐさま弾倉に弾を充填して狙撃の体勢に入った。

 400しか離れていないが

 こちらに感づいて鉄の扉を障壁に使っているので的はすごく小さい。

 しかし確実に銃を撃つためにはこちらを視認する必要があるから

 10センチ四方の大きさ程度は最低限こちらに晒さないと撃てるわけがない。

 映画か何かの様に片手で銃だけ出して撃つなど実戦ではまるで意味も無いし、

 物理的に小銃を片手で撃ったりしたら跳ね上がりを抑えきれない。


「 400でそれだけあれば十分 」


 動き回らずにその場で抵抗するなら動き回らないので止まった的だ。

 どんなに小さくともこの距離で私が外すわけがない。

 さっきまで小便でも漏らしそうな緊張感も罪悪感も全てどこかへ消え失せ

 ただ練習の通り機械的に引き金を引いた。

 最初の一人が10センチほど顔を出したので額を撃ち抜かれて吹き飛んで

 もう一人が反射的に顔を向けたので

 後頭部が丸見えになった…西瓜みたいに大きな的だ。外すわけもない。

 あっという間に血を噴き上げてその場に倒れ込む。


  入り口が血の海になった所で背中の短機関銃サブマシンガンを相棒と交代させ、

 直ぐに腕を射撃体勢に固めて中腰の姿勢で隠れている叢から飛び出し入り口に向かって走り出す。

 ただの制圧なら高価な手榴弾でも投げ込めばいいけど中にはジョオンがいる。

 確認も出来ない中に爆発物を放り込むのは出来ない。

 それに

 これだけ撃ち合って敵側の支援射撃がないのだからチャンスは今しかない。

 勿論入り口に向かうまでに射撃される可能性はあるが

 自棄になった敵が人質を惨殺する可能性もある中では賭けになるのはしょうがない。

 

  入り口まで必死に走って辿り着いて壁に張り付くと、

 建物の中からこちらの規格とは違う小銃の連射音が響いてくる。


 ” 糞 ” 


 ただ一言だけ頭に浮かぶが体は模擬戦や訓練で染みついた動作を繋げていく。

 壁を背に銃を引き付けて一呼吸おいて入り口の前を前転して反対側に転がる。

 転がりながら入り口から中を伺う。

 一瞬で状況を確認して転がった先ですぐに立ち上がり中に突進する。

 勿論、寸呼の間に視界に入るものをすべて把握して安全を確認するのは

 教練科で背中に血が滲むまで叩き込まれているので間違う訳もない。


  それからしっかりと射撃姿勢のまま摺り足の状態で奥に続く通路を進む。

 突き当りから敵が現れたりしたら即対応するためだが直ぐにそれは無駄になった。

 

 奥からすっかりリラックスしたアマンダ少尉の声が聞こえたからだ。


 「 ご苦労さん。こちらは全部片づけた。ジョオンも確保したぞ 」


 ”ナイフ一本で潜入して…どんな化け物だよ少尉は ”

 

 でも助かった…安心して私はその場にへたり込んだ。 

 少尉の事だから中の敵を殲滅しているだろうから急に緊張の糸が切れた。

 暫くすると

 ジョオン曹長がすっかり疲れた顔をした男の兵隊と支えあいながら姿を現す。

 残念なことにあの美しかったジョオンの顔は見る影もなく腫れあがっているし

 シャツにも相当な血の跡がったがとにもかくにも生きていて歩くことが出来る様だ。


  後に続いてアマンダ少尉が180はある大男を背負ってのっそりと姿を現した。

 敵の返り血と少尉自身の負傷しているのかシャツは湿ってベタっと体に纏わりついて

 豊満な胸が歩くたびに形を変えていく。


 「 生きていたのは3人だけだった。

   着いた時には5名以上死んでたけど、まあ上々じゃあねえの? 」


 ニカリと白い歯を見せてアマンダ少尉がこちらを向いた。


  救出なんて命令も受けていないのに独断で犠牲者無しで3人も助けたんだ

 上々どころか奇跡の様だ。

 私はその声とアマンダ少尉の顔を確認するとジョオンの元へと足を進めて

 二人の間に体を入れ込むと二人を補助して歩き始める。


「 上々どころじゃあないですよ。お疲れさまです 」


 私はそう言うとその場で少尉を振り返りながら敬礼の姿勢をとった。


 少尉は少し照れたように頭を掻いた。


「 建物の裏から目的地方面にかけて道がある様だ。

  燃料もあるようだから表の車両を戴いて行こうか、歩くのも飽きたしな 」


  少尉は私に向かってタグの着いたキーホルダーをニヤニヤ笑いながら見せてくれた。

 抜かりなく何処かで手に入れたようだ。

 負傷者3名もいるんだから移動に車両は助かるし

 手当をする薬品や包帯なんかも一緒に持っていけるから非常に助かる。


  雨はまだ降っていたのでここで屋外に出るのは得策じゃあないので

 入り口に続く通路に負傷した3人を壁を背に座らせた。


 「 しゃべれる? 」


 私の質問に歯が折れた上に腫れ上がった顔のジョオンは首を横に振った。

 でも私が支えている両の手の甲にジョオンは手を重ねて声を殺して泣き出した。

 一応の所

 私にしたってジョオンにしたって拷問に対する訓練は受けて入る。

 しかしあくまでも訓練であって

 女性の宿命である性的虐待に対しては自己暗示をかけて自分の精神を守る方法まで

 伝授されてるが、

 剥き出しの暴力のまま鼻を折られ恐らく頬骨にはヒビが入り歯も折られるまでは想定していない。

 歳の近いジョオンは私の顔を見て安心したのか

 そのまま抱き付いて私の肩を濡らした。

  男の方は…悲惨としか言いようがない。

 歯は殆ど折られて唇には裂傷に鼻骨は粉砕骨折なのにしきりに胸のあたりを触っているので

 肋骨も何本か折れているのが分かる。

 大男と違って脚や腕を折られなかったのは不幸中の幸いだ。

 戦場で一番困るのは動けなくなることであり

 状況が悪くなれば真っ先に置いていくしかないからだ。


  少尉の方を見ると大男に

 どこかで手に入れてきた注射を肩のあたりに刺して薬液を注射している。

 535部隊では医療に関してもそれなりに教育を受けているし、

 尉官クラスは看護師の資格さえ持っている。

  

 「 フェンタニルがあったから使ったけど、きつい薬だから今後は我慢しろ。

  医療用のモルヒネもかっさらったから以降はどうしてもって時に使え。

  どちらも強烈な麻薬みたいなもんだからな 」


  言われている大男の目の焦点が合わなくなってきていた。

 暫くすると壁を背に緊張の糸が切れたのか寝息を立て始める。


 「 こちらもお願いします。

   肋骨は多分骨折でも…多分ヒビ程度何で固定すれば何とかなりますが

   今は二人ともアドレナリンが出ていますが早くしないと

   心臓に負担がかかってショック症状を起こすか痛みで舌を噛むかもしれませんし 」


 「 了解…モルヒネでも打つか 」


 少尉は手早く処置を済ませて行き私がその補佐をするという形。

 ちゃんとした処置は後ほど行うとして早急に痛みによる一次性ショックを抑えなければならない

 手早く済ませると二人とも大男と同じように壁を背にぐったりとした。

 やがて、少尉は相手の症状が静まったのを確認して自身の濡れた上のシャツを脱ぐ。

 下着はしていないので素肌が見える。

 泥濘を這っていったんでベタベタだし、脇腹に掠った銃創や体のあちこちに打撲や切り傷があり

 それらの傷は少尉が楽勝で人質を回収したのではないことを物語っていた。


 「 大丈夫ですか? 」


 そこで初めて少尉に体のことを聞いた。


 「 まあ…大丈夫ではないけど、今後に響くって程でもないわ

   無茶苦茶痛いけど薬を打つまでも無いし、

   止血すれば何とかなるだろうし、

   傷口なんか縫えば済むしな。

   骨も折れていないし五感も正常だから特に問題も無いだろう

   

   とりあえず生きているだけで満足しなきゃあ 」


 少尉がドロドロの体をこれもどこからか手に入れたバックから乾いたタオルを取り出して

 拭き始めた。


 「 休憩したらもう一度奥に入ってシャワーでも浴びて服を着替えよう。

  敵側の服を頂戴して今日はここで休むことにしようか。


  車両も手に入ったんで明日には目的の集合場所まで着けるだろうしな

  但し、

  10人ほど奥から引きずり出さないといけないけど… 」


 申し訳なさそうに少尉が私の方を見る。

 10人も一人で始末したのは驚きだが、

 怪我をしている少尉やジョオン達にその片づけが出来る筈もない。

 しかし、私も疲労が限界地を超えそうだった…

 肉体的というよりも精神的に。


 そうこうしているうちに表から軍曹たちの声が聞こえてくる。


 「 へ~凄いなぁ嬢ちゃん…殆ど頭を一発かぁ 」


 二等兵のおっさんの感心したような声


 「 あの娘さん結構やりますねぇ…流石に少佐のお気に入りだわ

   俺たちじゃなくてもよかったんじゃねえのかなぁ 」


 一番若い一等兵の生意気な声


 「 12ミリに車両が3台か…助かったなぁ歩きも結構飽きたしなぁ 」 


 じじいの伍長の心底助かったというような安堵の声



 「 少尉の事だから表がここまで制圧されてれば中も完全に掌握してるだろうなぁ

   敵が生きてるかどうかは知らんが…何人助けられたんだろう? 」


 軍曹の落ち着いた声…


 良かった…全員生きている。

 私が入り口のほうを見やると

 少し離れた所で軍曹たちが手を振るのが確認されたので私もつられて笑顔で手を振り返す。

 

 「 お~ご苦労さん 」


 私の後ろから上半身裸の少尉が手を振ったので

 軍曹たちが視線を外して敬礼の姿勢をとった。

 

 よかった…後の掃除は軍曹たちに任せよう。


 私は安心すると同時に体中の緊張が解けて意識が遠くなった。

 実際に動き回ったのは1時間も無いだろうけど

 私にとっては数日間寝ないで夜間行軍訓練したときよりも強力な疲労が襲い掛かったのだ。

 私の倒れる先に少尉の大きな腕が私を抱きとめてくれた。



 兎にも角にも私の実戦の”初体験 ”は終わったのだった。

 

  

 




 


 




 

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