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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第九幕 戦場の死神~Dieu de la mort et purgatoire~
118/124

535部隊

  私は 潮風が熱い塩の匂いを運んでくる目的のその駅に着いた。

 山間のバラック、教練科など土や草木の濃密な空気の中で育った私には

 明るすぎてまるで別世界の様な新鮮な感じだけど、ちょっとの喉がムズムズする。

 

 駅舎は見渡す限りボロイ…

 質の悪いコンクリートのホームには所々補修が至らず水たまりさえある。

 戦争も長く続くと、

 ボロい汽車に乗るのもそれなりの人しか乗れない。


 殆どの貧乏な庶民は歩いていける身の回り5キロの世界で生きている。

 乗降客が少ないのだから駅のメンテも最低限しか行われないし、

 立て直しなど火事で燃えない限りは行われないだろう。

 ホームを降りて木枠の改札に向かうと、

 パイプ椅子に座って寝ているおばさん(多分、駅員のバイト)を起こして、

 切符を渡し鋏を入れてもらう。


 「 あんた、怪我の無い様にな… 」


 と、馴れ馴れしくも私の軍服を見ながらおばさんが微笑んだ。

 部隊の駐留地なので軍人に対する意識も違うらしい…

 まるで近所に住んでるお姉ちゃんにでもしゃべる物言いだった。


 「 怪我ぐらい普通ですよ。」


 軍人だから怪我ぐらい…って思いながら生返事すると


 「 まあそうだけど、顔に傷でもつけちゃあ結婚も出来ないだろ?

   あんたみたいにまだ若いなら20までには結婚しなけりゃいけないよ。

 

   給料高いし仕事が忙しすぎて、あそこは行かず後家の巣窟だからね…

   まあ、それでもやけ酒飲みに下の町まで降りてきて賑やかにやってるから

   この町も多少は潤ってるんだけどね。 」


 乗降客が少なく居眠りするぐらいなんだから凄く暇なんだなぁ…


 「 へえ… 」


 給金が高けりゃ結婚する意味なんて無いじゃん?

 結婚してもうちの馬鹿親みたいに雑巾みたいな生活送るんなら御免だし…

 でも仲間で飲み歩くぐらいだから…結構、フランクなんだなと思った。


 「 精々気をつけますよ。」


 私は、そう言うと軽く会釈して誰もいない待合室を抜けて、

 剥げかけて少し傾いたような看板の木造の駅舎を出る。


 そこから右手に海辺へと続く道の方だけ舗装がしてあり、

 案内看板を確認して私はその道を歩き出す。

 駅の周りには飲み屋さんが軒を連ねてはいたが直ぐにその賑わいも消えた。

 道すがら周りを見渡しても目立った建物も無く

 民家が少しあって後は広大な田畑か、のんびりと牛が啼く牧場があり

 自給自足に近い雰囲気があった。


  私は、配属された535部隊の案内看板に従って

 ちょっとした丘を登り始める。 

  

 私は、今の今まで精鋭部隊、軍属でもエリートともいえる場所に入ることに

 特に思うことは無かった。

 いや、雀の涙の教練科の小遣いと違って、

 毎月ちゃんと食べていけるだけの給料がもらえる嬉しさはあった。

 思えば今まで誰かに食べさせてもらっていただけだから、

 自分の脚で生活を送れることは私にとっても大事な事だと思うから…


  しかし、坂を上るごとに見える教練科とは違うしっかりとした作りの建物が

 その威容を露わにしていく…5階建てぐらいありそうだ。

 坂を登りきると広くて大きな敷地が目に入り、

 門へと続く両端に並ぶ街路樹の道を歩いていると少しづつ緊張してきた。


 それに、なんというか…

 向かう先から漂ってくる何か違う雰囲気に私は少し気圧されている。

 


 立派な石造りの門に着くと、今じゃあ殆ど使わない装飾文字で

 ”皇国軍 535部隊”と書かれた横書きの大きな木製の看板があった。

 門の横の受付詰め所には、教練科では何が面白いかって感じで年配の警備兵がいたけど、

 そこには仏頂面でなく、場違いなこぼれんばかりの笑顔の女性が座っていた。


 綺麗に櫛の通った赤髪の長い髪。

 大きくて緑色のガラス玉の様に光り輝く瞳と

 高級そうな真っ赤なルージュを引いた唇が健康そうな血色の白い肌に踊っていた。

 恐らく20代後半かと思う…

 そんな出で立ちで綺麗な軍服姿で座っていた。

 勿論、階級章を確認する…”一等准尉 ”殿だった。

 下士官になった私より4階級も上の位の方が門番?って言うのには驚いたけど、

 準尉官殿に失礼があっては軍人として最低なので、

 直ぐに直立不動になって敬礼をする。


 准尉殿は私の階級章をチラッと見て少し微笑みながら


「 まあまあ、そんなに緊張しないで…書類を見せて 」


 と 准尉殿は机の上をトントンと叩いた。


 受け付けは防爆防止の分厚い窓ガラスで、

 大理石のカウンターの間に隙間があり私はそこから書類を滑らせると


「 〇〇教練科から配属になりましたマルーシアであります。」


 と敬礼を解かずに名乗った。


 准尉殿は私の差し出した書類を気だるく受け取って、

 ちらっと書面に目を落とし顔の確認だけすると、直ぐに…何かの印鑑を押した。

 

 「 問題は無いみたいね…ようこそ。今後とも宜しくね

   貴方が少尉の言っていた”鬼火”さんね

   うん、聞いてた通りいい面構えだわね 」


  何だ…知ってたのかと思ったけど、軍隊なら普通だろう。

 しかし”鬼火”って…妖怪みたいであまり気に入らないあだ名なんだけど…


 「 えっと…それは、教練科でのあだ名で… 」


 「 ああ、御免なさいね…ここでは殆ど女性だし似たような名前が多いから

   あだ名とか二つ名で呼ぶことが多いの。

   一応はここでみんなで付けたあだ名ってのが普通だけど… 」


 そう言って准尉殿は私の顔をマジマジと見る。


 「 いいんっじゃない?ちょっと強面のあだ名だけどさ

   私なんか、ひねりもなく単に”赤髪”だもの…羨ましいわ 」


 ”鬼火”ってあだ名が羨ましい?変わってるわ…


 キュキュと何かが擦れる音がして座っていた准尉殿が立ち上がった。

 そして、分厚い窓は閉めたまま軽く私に向けて敬礼してくれた。


 「 ? 」


 私は立ち上がった准尉殿の敬礼している手の方をじっと見てしまった。

 白い手袋はしているが、関節の所が丸く盛り上がって指先が少し長めに見えた。

 一見して直ぐに義手と分かった。


 少し見つめてしまったので准尉殿が笑いながら敬礼を解いて手袋を外す。

 そこには真っ白い綺麗な肌の手首からその先が全て金属になっていた。

 その行為を私は固まったまま見守った。

 

 「 気になる? 前の作戦行動でやっちゃったのよ。

   まあ、死んだり顔に傷がつかなかっただけ幸運だと思うわ… 」


 淡々と紡ぎだしている言葉に少し背筋が寒くなった。

 

 准尉殿は反対の手で金属製の手の指を曲げたり手首を傾けたりした。

 

 「 大昔は、神経に連動して自動で動くって義手もあったらしいけど、

   今じゃあ、とりあえず字を書いたりもできるこの程度でも高級品なのよね

   そう思えば恵まれてる方だわ。

   

   おかげで、最前線に出なくて済むし日がな一日詰め所にいて

   お茶を入れたり、草花を眺めたり自由にラジオに新聞も読めるしね

   走るのは…ちょっと出来なくなったけど 」


 そう言うと屈んで右ひざのあたりを義手で軽くたたくと、カンカンと木を打つ音がした。

 どうやら右足も義足のようだ。


 「 それに、任務中の公傷だし階級も上がって給料も上がったから幸運かもね

   まあ、いつまでここに置いてくれるかは知らないけど 」   

 

 准尉殿はそれから満面の笑みを浮かべた。


 「 教練科なんて”おままごと”みたいなものだから…少しは覚悟がいるわよ。

戦場へ行けば無慈悲な殺し合いなんだから

   脅すわけじゃあないけど”怖がり”のほうが生き残れるから 」


 私は、その言葉を聞いて先行きには茨の道が待っていることを認識した。



  准尉殿と別れて、手入れの行き届いた広いグランドを抜けて行く。

 無限軌道装甲車や、軽装甲車などが目に入る…いずれも最新型のようだった。

 教練科にあるような化石みたいな襤褸車とは流石に違う…

 しかし、どこで作ってるんだろ?

 世の中、退役とっくに過ぎた汽車で燃焼性の悪い襤褸炭を使うぐらいなのに。

 

 見上げるような建物に入る。

 天井が高く、天井近くの明り取りの窓から吹き込んでくる潮風の音がヒューヒューと聞こえる。

 資材も乏しい戦時下でよくこんな建物が立てられるもんだ…

 まあ、元は別の建物だろうし

 新たにセメントや大理石や鉄骨なんてそんなには使ってないだろうけど。


 ハーフブーツのカツカツという足音が誰もいない吹き抜けに響き渡った。

 ”赤髪”准尉に

 教えられたとおりの道順で目指す管理室まで向かった。

 時折、若い女性と何人かとすれ違ったけど…男性は一人も見ることが無かった。


 奥へ奥へと進んでいくと…微かに銃声が聞こえてくる。

 

 その時、


 「 おめ~がアナスタシアってのかぁ… 」


 と背中から声をかけられた。

 

 人の気配がまるでなかったので驚いて振り返る。


 そこには大きな女性が腕を組んで片側に重心をかけて又を開いて立っている女性がいた。

 アナスタシアも160半ばほどあるが、

 その女性は180近い長身で、肩幅が広くしっかりと筋肉でつり上がった胸を持ち

 下半身は陸上か何かのアスリートの様に

 凄まじく股下が長くそのうえ鍛え上げられたことを示すお尻をしていた。


 髪は茶色で天然パーマなのかボサボサで、

 褐色の肌に茶色い瞳…まったくのスッピンなので唇がよく分からない。

 白目の部分が異様に強調されるが、整った顔ではあった。

 ただし、右目の目じりから耳元にかけてかなり大きな火傷が無ければだが。


 いづれにしてもそんなに大柄の女性の気配を感じなかったのは私には理解できなかった。


 「 は…い? 」


 その女性は私が普段から見ている軍人とはとにかく異質でしかなかった。

 軍隊で迷彩の戦闘服なのは分かるが、服装がだらしなさすぎる。

 上着は腰元から抜かれてだらんと下がり、ズボンも腰で何とか止まっているだけで

 多分お尻の方は半分近くまで見えるほど下がっているだろう。

 赤いタンクトップがはち切れそうな大きな胸の性なのか腹が見えていてみっともなかった。

 それよりも

 仮にも軍事施設であるのにペラペラのサンダル履きだったからだ。


 それでも私は怪しいとは思っても敬礼をするしかなかった。


 その女性の階級章が少佐…大隊規模の指揮をとれる佐官であったからだ。

 そこまで高い地位だと、単独で私ごとき下士官などどうにでもできる。

 逆らったり気分を害せば、

 裏から最前線へと送り込むことなど造作もないことだからだ。


 「 おめーは、狙撃が2000で格闘術も座学もトップクラスで早期卒業だそうだな 」


 「 は、おかげさまで 」


 とりあえずの生返事だったが、その女はにやにやと下卑た笑いを浮かべると

 舌なめずりしながらアナスタシアの周りをゆるゆると回りだした。

 体中をくまなく点検するように暫く観察し続けたが、

 いきなりアナスタシアのお尻を鷲掴みにして体をかがめて顎をアナスタシアの肩に乗せた。

 

 「 な… 」


 大蛇の様に徐々に体に巻き付いてくるその女に心底身震いしたが、

 ついこの間まで伍長を目指す学生だった身分では

 少佐というのは雲の上の存在だし、我慢しなければならないと思ったが

 胸のあたりまで手が伸びてくるし、

 生暖かい吐息を吹きかけられては流石に頭の中の線がプツンと切れた。


 胸に乗っかった掌を両手でつかむと右肘を女の上腕に乗せて体重をかけて捻った。

 普通なら50キロ前後の体重と関節を決めているので

 いくら体重差があろうと、その女が宙を舞うはずなのにビクともしなかった。

 いつの間にか女の長い脚が私の腰を挟んで体が回らないようにされ、

 関節を決めているはずの両の腕も

 電光石火の速度でもう一つの腕で顎を極められて力が入らなくなっていく。


 仕掛けた速度も尋常ではないはずなのにそれ以上の速度で完全に返されて

 身動きが取れなくなってしまった。


 「 へ~いい反応するじゃないの…

   並の奴なら関節取られて派手に回って頭蓋骨骨折してるところだけど

   残念だったわね。」


 そう言うと長い舌がちょろちょろと耳元に這い始める…物凄く気持ち悪い。

 何とも言えない感触に必死にこらえるが…どうしても声が漏れてしまう。

 そんな性的な経験など皆無の私は強烈な恥辱に悔しくて涙が滲み始めた。


 それでも必死に藻掻こうとするけど関節を絶妙に極められて身動きが出来なかった。

 まるで体中を鎖でグルグル巻きにされたような感触に陥った。


 「 ゆ…許してください。お願いします 」


 どうにもならなくて鼻水まで流れるほど泣き顔になって懇願すると、女はするすると体を解いた。

 私は安堵の為に全身の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

 相当すごい力でもがいたので鍛えぬいたつもりの体が疲れてひりひりと痛んだ。


 「 大丈夫かい? 」


 少佐は手を差し伸べて私の手を取って静かにその場に立たせた。

 その眼には先ほどまでの性的ないやらしい目つきではなく落ち着いた目になっていた。


 「 どうして…こんなことを 」


 「 ああ、なんか自信たっぷりに歩いているんでちょっと懲らしめようかなと…

   教練科の成績は筋肉馬鹿のスミスから聞いている。

   大したもんだが…自慢になるようなものでもないってことを教えようかと。


   実戦じゃあいきなり暗闇から現れて背後から首を絞められることも多いし 」


 少佐は腰の後ろから刃渡り8センチほどの短いナイフを魔法の様な速度で取り出した。


 「 普通はこんなナイフで首を切り裂くからな。勉強になっただろ? 」


 「 それは…教練科でも訓練で… 」


 さんざん格闘訓練で行って自信もあったのだが、それ以上言うことができなかった 


 「 お前はさ少し油断しすぎだし、

   実戦では速度が遅すぎる…へたくそでもいいから速度を磨け、死ぬぞ。

   それにその体の大きさでは関節を取ったりする組打ちより、

   短い蹴りや頭突きなどの打撃を磨いた方がいいと思うぞ。

   お前さんの得意な灰皿や花瓶は戦場にはまずないからな 」


 教練科の事件なんかもよく知っているようだ。

 最初から…さっきの”赤髪”さんからの連絡を受けて油断するような格好で待っていたんだろう。

 しかし…胸やお尻は痛いし、変なところは湿っちゃうし散々だよ。

 

「 まあ、ちょっと荒っぽかったが勘弁してくれ。

  しかし、結構粘ったほうだよお前…普通はすぐ泣くし、終わったら話すことも出来ないしな 」


 少しも慰めにならない言葉をかけられても嬉しくはなかった。



 「 とりあえず自己紹介からしようか…まずは貴官からだな 」


 「 は、アナスタシア・ジーナ・マルーシア曹長であります。

   年齢は16でありますが… 」


 「 その先はいいよ、資料は全部読んでいるし頭に入っている。

   夜寝る時の格好から好きな書物、どんなものを食べるのが好きか大方な

   勿論、発育記録や身体検査の結果は当然チェックしているし 」


 「 … 」


 皇国に食べさせてもらっている職業軍人に私生活の情報保護など存在しない。

 それこそ、体中隈なく毎年撮りまくられ保管されている…

 同僚は見ることができないが、上官は有無を言わさず見ることができるのだ。



 「 今度はこっちの番だな…


   ミランダ・カーラ・ブランセット 535部隊 第一大隊の隊長で少佐だ。

   ここでは”茶色の虎”っても言われてるな…最近は言うやつも少なくなったがな。

   歳は32歳 お前の倍だな 」


  

  この人が…ミランダなのか…


  狙撃兵としての実績は250名の額に穴をあけ、

  捕縛されて残酷な拷問に耐え抜き、隙を見て一個中隊を一人で屠り、

  ある戦いで535部隊が死神部隊と言われる由来となった事件を起こし、

  皇国最強の女性兵士と言われている女性なのか…


  母親と同じ名前だからあまりいい印象はなかったが

  続く言葉で更に悪い印象を抱いた。


 「 お前の部屋な…うちと同じ部屋にしといたわ 」


 「 あの~佐官殿であれば個室が… 」


 「 あ~、そうだが一人で寝るのは寂しいもんでな。

   な~に気にするな同衾するってわけじゃないんだし…一応、ノーマルなんでな 」


  あの耳を這う感触を思い出して背筋が寒くなった。


  私は…ここでうまくやっていけるのだろうか、

  門番の”赤髪”准尉でも漂う雰囲気は私より相当にできる感覚だったが、

  目の前の気持ち悪い化け物は

  私から見たら到達不能な高位の実力者であるからだ。


  その私が逆らうことが不可能な状態で、どうにもさっきのいやらしい目つきをした

  ミランダ少佐の部屋でこれから一緒に生活していくのか…


  玩具にされないように気を付けなければと思った。

  



  







  

 


 

 

 


   


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