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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第九幕 戦場の死神~Dieu de la mort et purgatoire~
116/124

鬼火

 静かな暗い夜道に私の軍靴の音と背嚢(はいのうの揺する音が響く。

その他には小さな虫の声や森の奥から響いてくる遠き獣の咆哮ほうこうぐらいだ。

歩いている地道には所々に濡れた雑草が生えていて、

足が滑って危険なのだが、

夜目の利く私には星の明かりで十分危険を回避できる。


夜間演習の最後の日なので疲労はピークを迎えていたが、

構うことなく背中に吊っている相棒の働き場所まで黙々と足を運ぶ。

私にとっては、苛酷であっても職業軍人の端くれだから当然だし、

この仕事は私のすべてだと思っているから耐えることも苦痛には感じない。


 私は生まれ落ちてからの貧乏暮らしだった。

大していい思い出も無く、挙句の果てに親に売り飛ばされてこの地獄に来た。

反吐が出そうな過酷な訓練を受け、

入る前は四則計算も満足にできなかった私に凄まじい量の知識を叩き込まれた。

ただ卒業さえしてしまえば国から給料もらって、

安い官舎でも充ててもらって独り立ちで食っていくことが出来る。

今の私にはそれが全ての夢だしそれ以上は望まない。


銃を持ったら女も男も無く平等な殺し合いを将来はするんだから、

大切な人などいない方がよっぽどマシだし、

その上で、家族も友人も恋人も裏切るから特に欲しくも無いから生涯独身だろう。


ま、もっとも私が殺されるつもりなど微塵も無い。

いくらここのからの新兵の死亡率が凄く高いといっても徴兵組に比べれば数段マシだし、

冷静沈着に教本通りに行動していれば意外と死なない。

その証拠にここの先輩方でもずっと生き残ってる人もいるからね。


おっと、無駄なこと考えてもしょうがないな…今は任務に専念だわ…。





ヘルメットを目深にかぶりなおし、彼女が再び強く足を踏み出している場所から

少し離れた開けた平原。




そこには足の長い草が周りを埋める中、迷彩柄の大きなテントが設置されていた。

解放部がかなり広く取ってあり、いくつかの机や椅子にいろいろな機材が配置してあった。

そこ一帯は大き目の照明バルーンが照らしており。

テントの周りには数名の武装した兵士がそれを取り囲んでをぼんやりと警戒している。

自軍の演習ということでかなり緩んだ意識がなせる業だろう。


 「 11時半か…まだ随分早いが、今のうちから待つのか? カジタ 」


大きな長机を前にして、

目の下から顎の付け根のあたりまで派手についている傷を波打たせて、

半袖の緑色の軍服を着た男が大きく足を開いて座っていた。

男は、同じ長机を前にした隣のカジタと呼ばれた白髪の男に目配せする…

白髪の男は切れ長の目で皺も深く軍服を着ていなければ何かの職人の様な

神経質そうで寡黙な感じの男だった。


 「 ええ…鬼火ならあと少しで間違いなくここに来ますからね。

   普通なら日をまたいで2時か3時ってところでしょうけどね 」


くぐもった声だがどこか確信に似た響きがあった。


 「 そいつがお前のお気に入りの娘らしいなぁ…教練所始まって以来って逸材らしいが…

   うちの雌猫たちでもギリギリの時間だぞこの時間で着くのは。

   しかし…よく分からん通称だなぁ。

アナスタシアって貴族みたい名前なんだしそっちで呼んだらどうなんだ?

   いくら軍人でも女性だし…そのうち結婚して除隊もするだろうしな 」


身長2メートルで110キロほどある半袖の大男は、

そう言うと両手を頭の後ろに組んで伸びをした。


 「 スミス少尉、その心配はないですよ彼女は一生独身ですよ。

   男性に興味は無いし、どこか憎んでるようなのも見受けられますし…

   現に、ここでも去年あたりから綺麗になったあの子に対して

   ここの男たちもかなり声かけたそうなんですけど…

   全部返り討ちにしましたからねぇ。


   口説こうと声をかけただけで、

   ”はあ?私とか?殺すぞ”ってすごい目つきで力のある言葉を吐き出すし、

   更にしつこいと病院送りになった奴もいますからね 」


その言葉に大男は首を傾げる。


 「 その事なら報告を受けているけど…本当かどうかは疑わしいもんだなぁ。

   芝居か小説の世界でもない限り、女性が男に素手で勝つなんてありえない。

   しかも鍛え上げられた兵士がだろ? 」


カジタは少し笑いながら答える。


 「 流石に素手じゃないですよ…

   重いガラスの灰皿で頭をはたいて、軍靴のつま先で急所を蹴り上げて

   体術なんて…力が抜けた後の関節投げぐらいですよ。

   躊躇もなく、床に脳天から落としましたねぇ…


   肘の脱臼に頸椎捻挫、15針縫う裂傷に…腫れ上がった股間

   全治1か月でしたね 」


 「 ほ~…容赦ねえなぁ まあ、

   戦場じゃあ男も女も無いからそのぐらいの方が頼もしくはあるけどな。

   いきなり同僚にガラスの灰皿っていうのもひでえが… 」


スミスは驚くというより少し感心したように声を上げた。


 「 ”喧嘩に卑怯も糞も無い”って、後で事情聴取で

   彼女は悪びれることもなく極当たり前って顔でそう話しましたね。

   まあ、同期の女にちょっかい掛けるほうも悪いんで叱責して終わりでしたけど

そんな感じなんで間違いなく生涯独身でしょうね。

   あれほどの技量を持つ兵士が結婚で現場からいなくなるってのは国の損失ですよ

   子供なんて黙っていても誰か勝手につくりますから 」


 「 国の損失?大きく出たなぁ 」 


 「 防弾壁みたいな徴兵組なんて招集令状に交通費。

   名ばかりの訓練と簡単な装備だけの経費ですみますが、

   教練科を出てる連中はお金かかってますし、

   あんな天才を発掘して教練も別メニューで確り組んでいますからねぇ 」


 「 その割に教練科は生存率は低いがな 」


スミスは少し苦笑いしたが、カジタは真顔で続ける。


 「 最前線で戦ってますからね死ぬ確率は高いですよ。

   どっかの坊やや嬢ちゃんたちの様に後方や、

   ふんぞり返って指示飛ばせばいいのとは訳が違っていますから。


   でも、結果出してますよ。

   彼らが居なけりゃ今頃この国は終わってますしね…そこは私らも誇りに思ってます。

   ただ、”鬼火”を普通の連隊に放り込むには惜しすぎる人材なんで

   あなたにご足労願ってるじゃないですか 」


 「 まあな…だが、うちらの雌猫どももその連隊から特別推薦で選抜した化け物だ。

   それに見合う人材じゃないと他に示しがつかんからなぁ… 」


 「 そこは…大丈夫だと思います。

   ああそれと、”鬼火”って通称ですけど

   あんまり殺気が強い目つきなので自然についた通称ですからね。

   まあ、こうして雑談なんかで話すだけで普通はちゃんと名前を呼びますよ。 」


 「 そうか鬼火って…あの目つきからか写真で見てもきついからなぁ 」


 「 まあ、後で本人に会えばわかりますよ 」


カジタは真顔で静かにそう答えた。   

 

 「 そりゃあ…楽しみだ。

   写真じゃ目つきが悪いのは気になるだけですごい美人だったしな 

   まあ、それは後の楽しみとして…それより 」


そう言いながら、傷のある男は少し離れた場所にある立壁を見る。

2メータ四方ほどあるその壁には、5人ほどの等身大の人間の形が描かれていた。

それから男は視線を移し、小高い鬱蒼とした木々が立ち並ぶ丘に目をやる。


 「 あそこからだと…距離は2000近くあるんじゃないのか?

   大きな丸的じゃなくて人型ってのは範囲が狭すぎるじゃないのか? 」


その疑問に対しカジタは平然と答える。


 「 そうですか? 」


 「 実戦で怖いのはこちらの攻撃が外れた時だ。

   せっかく潜伏して攻撃したのにこちらの場所は分かるわ、障害物に隠れられるわ

   すさまじい勢いで反撃されるだろ?


   それに、狙撃ってのは連射は大変だし弾幕はって交代するわけにもいかんしなぁ

   もう少し…精々この半分程度の距離で確実に仕留めたほうが無難だろうに 」


スミスは更に疑問を口にした。


 「 うちの雌猫たちでもスポッターもつかないなら1500がいいところだし、

   2000ともなればスポッターは必須だろ?

   それに、今回は単独狙撃で自己判断で狙撃だろ?無理じゃねえのか? 」


その言葉を聞いてカジタはニヤニヤと口元を揺する。


 「 1500でスポッターなしで狙撃が出来るなんて悪魔の技ですよ。

   流石に535の死神部隊ですよね。普通じゃないですよ 」


 「 そうだろ? だったら… 」


言葉が終わらないうちにバシュ短い音が的から聞こえたので

スミスは驚いて的の方を見やった。

そのすぐ後に、鬱蒼とした木々を纏った小高い丘から乾いた銃撃音が聞こえる。

そしてほんの僅かな時間をおいてまた短い音が的から聞こえ、

同じように銃撃音が後から響き渡った。

その回数6回…

大男はその音が響くたびに森の中で光る銃火をしっかりと見て

その銃声の間隔を指を折って数えて動揺した様だった。


 「 機械のように正確な間隔で撃っているなぁ…

   自動装填だともっと間隔が短いからボルトアクションか…だとすると相当な練度だな 」


感心したように丘を見ていると、


 「 規定弾数を終了しました 」


と長机の上にある無線機から女性の少し幼い声が聞こえた。


 「 ご苦労、規定弾数の着弾は確認した。

   作戦行動を終了し教練本部まで出頭せよ。」


 「 了解しました。」


 「 今日は特別なお客様が来ておられるのでシャワーを浴びて汗は流してこい。

   それと、いつもの見苦しい格好はしないでアマリア兵長にでも見てもらって

   ちゃんとした格好で来るように。

   化粧までとは言わんが、髪もちゃんと梳いて来い。”命令”だからな… 」


無線機からはしばしの沈黙の後、


 「 了解しました。」


軍人らしくはっきりとした物言いだったが、かなり無理してるような雰囲気だった。


 




 「 天才だな… 」


スミスは先ほどアナスタシアが打ち抜いた大きな的を見て思わず呟いた。

1つだけ少し離れた場所に穴が穿っていただけで、

他の5発は、5人の人体を模した黒い的の頭部の部分に

いずれもほぼ眉間に近い所に風穴があいていたからだ。


 「 一応、的は照明当ててるし光学スコープを使ってるだろうけど

   よく初弾で修正を的確にできるもんだ…感心するよ 」


よく映画かなんかでスコープの丸く切り取られた映像が映って、

その照準に合わせて狙撃される演出があるが、実際はそんな事は一切無い。


弾丸と言えど距離が長ければ、地球の重力で縦方向に放物線を描く軌道になるはずだし

風の影響などを受ければそれでも弾がズレていく。

観察に優れて、弾道や風向きを計算し修正するなど論理的思考が無いと狙撃は出来ないが、

最初の一発だけの実績で全て計算しつくして命中させるなど至難の業だ。


 「 ボルトアクションだと一発ごとに照準もずれるからなぁ…

   まったく、これじゃあうちにいる雌猫どもより余程頭いいじゃないか。

   

   こいつは後…どのくらい訓練期間が残ってるんだ? 」


 「 まあ、基本プログラムは首席で終わっていますよ。

   後は実地演習と卒業論文ぐらいですかね…7か月ッてとこでしょうか。

   ただ、ここを出ても初等科講習が更に半年ほどありますけど 」


 「 ふん、うちに来れば必要ないなその項目。

   ただ、ここでの卒業証明と学位は一緒につけてくれよな。

   軍は実績経路で上までいけるが、退職したら肩書が結構大切だし 」


 「 と…なると 」


 「 採用だ…まったく、こんな逸材なんてエースのミランダ以来じゃねえか。

   土下座しても欲しいね 」


 「 そうですか…ではこれを 」


白髪の男はそう言うと脇から額縁を取り出した。


 「 ほう…優秀枠卒業証明に学位書か… 」


 「 まあ、こうなる事は分かっていましたからね 」


カジタはアナスタシアが居た丘の方を見ながら感慨深げに呟いた。


( まあ、この結果は当然だ…あの子には才能以上に訓練も積ませてる。

  指導教官も一流処をより抜いてるしな。

  しかし、ベリシカ大尉の横に隠れながら今にも泣きそうにこっち向いてあの子が

  今では主席で飛び級で卒業だ…


  まあ、あの女性の言った事はこれで何とか終わったな )








 4年前 白髪の男 カジタの髪もまだ少しは黒い時。


 篠突く雨が叩きつける音と、ひっきりなしに輝く稲光の夜

上司のバーナベリシカ大尉のごっつい体に隠れるようにこちらを見ていた少女。

痩せた体に不安そうな目、

着慣れていないのか何度も真新しい服を気にしていた。

星の数ほど似たような子供を見てきたのに何か運命的なものを感じた。


 その時に大尉の反対側の脇に立っていた女性がにこやかに笑った。


 背が高く胸もお尻も十分すぎるほど大きな体形…

筋肉質で戦士の様な体系か、引き締まってスリムな体形が多い軍には珍しく、

女性にはそれほど執着の無いカジタでも思わず魅入ってしまうほどだった。


大尉の知り合い…ジャニスと呼ばれた女性は

 

「 よろしく頼みますわ… 」


と、透き通るような金色の髪を垂らして頭を下げ、

直ぐ後に満面の笑みをカジタに投げかけた。


カジタは痩せたこの少女に対して、

自分の全ての知識と愛情を父親として捧げなければならないような

そんな不思議な気分になったのを思い出していた。




それから4年…彼は特別に目をかけていたし、

そんな彼に対してアナスタシアも今でこそ煙たいとは思っているだろうが、

彼の言う事だけは絶対に守るほどの関係にはなった。


「 寂しくはなるが…スミスについていけば大丈夫。そのために呼んだんだから 」


第535狙撃大隊 通称 死神部隊

大男のスミスはカジタの元同僚でこの部隊の副官だった。 

入るには特殊な技量と素質が求められ通常であれば選抜試験を受ける必要がある。


歩兵について戦地を行くことにはなるが、

その特質上比較的に死亡率は低いし

狙撃という特殊能力で下士官待遇からのスタートで給料も高い。

引退後はその特殊性から教官などの道は開かれやすいので

全ての陸軍兵士にとっては憧れの世界で競争率も相当に高く、

通常の部隊勤務だと選抜試験は半年に一回しかない。


アナスタシアを娘の様に思っているカジタにとっては

狙撃に抜群の才能を持つアナスタシアを

どこかの訳の分からない部隊で無駄死にさせたくないから

自分の手元から離れるのを惜しいとは思えど、当たり前の選択だった。







 

   



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