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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第八幕  乱気流 ~Le Prince du monde~
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エピローグ



 「 なあ、春奈ちゃんよぉ…今日さ、いいもん手に入れたんだけどさ。」


 私の連れ合いの仁木慶介がへらへらとした顔で私に声をかける。

 結婚して既に5年も経つが、

 いまだにこの軽薄な男は私をちゃん付で呼んでくれる…とても嬉しい。


「 慶介さ~もう34のいい年したおばちゃんをちゃん付けは無いんじゃない?

  嬉しいけどね…何手に入れたっていうのよ? 」


「 いや~、下の町の厳さんが昨日川魚をかなりとったそうでおすそ分け 」

 

 そういって大きなプラスチックのバケツを引きずってきた。


「 岩魚…アマゴ…ヤマメまあ、鮎までいるわ。しかも大きいわね。 」


 私は目を輝かせて、

 ゆっくりと泳いでいる可愛い魚の頭を指でつつく。


  私こと仁木 春奈は、今、山奥の温泉街に住んでいる。

 温泉街といっても、ここ星の海ただ一軒しかないけれどね。


 私は、そこで経理や仕入れ、業務管理の一部を任されている。

 その昔、OLをしていただけの私には簿記も2級程度で荷が重いのだけれども、

 ここの若女将は、経理事務も出来るし社労士の資格も持つ才媛で、

 辛抱強く馬鹿な私をここ5年で一人前にしてくれたんだ。


 ここに来たのは慶介の知り合いの紹介だった。

 まあ、女性関係だろうけど…いいところを紹介してくれたものだと感謝してる。


  私は、8年前に当時の婚約者を飛行機事故で亡くしていて

 それから3年間は実家にお世話になってゴロゴロしてたけど

 乗り損ねた飛行機が墜落して全員死亡という事故を起こしたのを

 きっかけに思うところあって社会復帰をした。


 重そうな話に聞こえるけど、実際は3年間ぐうたらしていたのが真相かな?

 最初は泣いていても、その生活が続くと気楽な無職。

 事情が事情だけに、両親も甘やかすだけ甘やかし

 28の最後の年なんて、褞袍どてら羽織って炬燵入って酒飲んでネット…してたな。

 まあ、乗り遅れの飛行機で死んだ人の事を思ったら、

 その時の自分が馬鹿みたいに見えて許せなくて実家を出たと訂正した方がいい。


  歳の経った、3年も無職でぐうたらしてた私に正社員の道は遠く、

 母親の知り合いが経営してるコンビニでバイトにありついた。

 その時に、同じコンビニにバイトに来ていたのがこいつ慶介だ。

 完全に私の一目惚れ。

 その年には私の方が、慶介のアパートに転がり込んでなし崩しの結婚をした。


 だって、慶介は身長だって188もあるし痩せ形で脚も長い。

 顔は…ちょっと緊張感は薄いけど柔らかくて安心できる表情が印象的なハンサムだった。

 物凄く優しくてよく気がつくし常識あって敵を作らない…惚れない女なんかいるのかしら?


 ただ、欠点もあるわ…長所の裏返しかな。

 女性には物凄くもてるけど、男にとってはただの敵で仕事には恵まれないみたい。

 結果貧乏で、その上運もあまり無い。

 だけど、そのぐらい何ともないわ、生きていればなんとでもなるもの。


  でも、二人が結婚する前から地球の気候が少しづつおかしくなって

 世界中で異常気象やら地震やら災害が多くなって、

 もともと少なくなっていく真水を求めての小競り合いが起きて局地戦。

  食料不足になって異常に値段が高くなるわ、

 夏の気温は40度超えが連発するわで会社も工場も北の方へと移転していって、

 その為に人口が流れ始めて

 命の綱の田舎のコンビニも移転となるなど、貧乏人には死ね!って生活になった。


 幸いなことに、


 慶介の昔の知り合いの紹介でこの星の海を紹介してもらってやっと息をついたところだ。

 女将さん夫婦も若女将夫婦もすごくいい人たちで

 家賃もなしで旅館の一室を貰って細々と生きている。 


 しかし不思議な事があるもので、

 世界中が温暖化でおかしくなって5年余りとなって、

 この町を囲む山々の外からは誰も入ってきている感じがないのに

 どこからか女将さんたちがうまく物資を調達してくるし、街の人々は何も変わらずに生活していた。

 疑問には思ったが、自分たちが暮らすには特に問題もないし、

 麓の町の人々も何も変わらない生活だった。


 ただ、2年前からテレビもラジオもネットも

 果ては雑誌や新聞もありとあらゆる情報インフラは存在しなくなった。

 なので外の世界がどうなったのか全く分からない状態だ。


 まあ、国家が破綻しているのは確かなので情報自体に意味はあまりない。

 悲惨な情報が入らないだけ精神的には楽だったし、

 テレビやネットに代わる娯楽は、旅館の図書室に唸ってる書物や電子媒体がある。

 しかし、電気・水道・ガスなんかのライフラインはなぜ止まらないんだろう?

 考えたもしょうがないし、

 図書館や温泉なんかにはよく麓の方たちも遊びに来ているから平和だ。


 年金とか保険とか、将来的な不安は確かにあるけれども

 多分、私たちは世界でも恵まれていると思う、

 なんせ、日本中が高温に苦しんでいるはずなのに、ここは特に気候が変わらないのである。

 なぜかは知らないがこの町は、適度に四季があって、冬には雪も降るし、

 夏でも渓流で涼めば快適に感じるし、日差しも暑いが外のように痛みを伴うようなきつさもない。

 多少人間らしく田畑を耕して、家畜を飼って自給自足で生活。

 女将さんたちが他から足りないものを何故か調達するし…夢の国の様なものだ。


 ということで、特に外の世界に行く用事もないし、最近ではなぜか行きたいとも思わなくなった。

 ここで慶介と一緒に生活できればそれでいいんだし。


「 女将にさっき話したら、礼二さんが捌いてくれるって言ってたよ。

  それに、今日はお客さんが来るからちょうどいいってさ。」


「 ええ、今日は普段のお客様以外に女将さんの知り合いが来るって言ってたっけ…

  確か、女性が3人と男性が一人って聞いているわ。

  ああ、それと場合によっては後から人数も増えるみたいって言ってたわ。

  大事なゲストだから気をつけてねって言われてるわ。」


 そういえば大事なお客の割に、女将の顔と旦那さんの顔も心なしか嬉しそうだった。

 外の世界は相当悪いはずなのに、なぜかこの旅館のお客は多い。

 昔のように観光バスで来ることは絶対に無いけど、

 旦那さんがマイクロバスで迎えに来るか女将さんが車で迎えに行く。


 一度、どこから来ているのかとか外の世界の話を聞いてみたことがあったが、

” ごめんね、今は言えないの。ここで暮らしていくのをやめるなら教えてもいいけど… ”

 と、食い詰めて途方に暮れた経験の私が

 それ以上は話を聞くのはやめたのは自然の流れだと思うでしょ。

 

 ただ、どうやって来るのか分かんないけど外人さんは多いかな。

 年に何度か来るべスさんとかヒラリーさんとかとは結構仲良くなったかな…

 日本語しゃべれるし、頭も良くてユーモアもある…でも、外の事は一切話してはくれなかった。


「 へええ、僕も知ってる人かな? 」


 慶介が笑いながら私に聞いてくる。

 慶介も女将さんたちと繋がりがあるらしいから当然かな?


「 さあ、なんでも女性三人は外人さんで、

  男の人は日本人?ってことぐらいしか教えてくれなかったけど?

  一人は女将さんと旦那さんの親友らしいわ…確か背の高い女性とか?言ってたわね。 」


「 ははは、その人たちね、懐かしいなぁ…よく知ってるよ。 」


 慶介は少し青い顔で笑顔を崩さずに私の方を向いた。

 額に汗がにじんでるように見えたけど…気のせいよね。


 その時、ふと慶介が私の肩を優しく抱いて旅館の立つ丘の上から麓の街並みを見下ろした。


「 まあ、なんにせよ今日もいい一日だったね。

  麓の町も変わりなく平和だし、外の世界の事がまるで嘘のようだ。

  それに横に君がいる、本当に幸せだなぁ 」


 歯が浮くような言葉をさりげなく呟いて彼が、少しきゅっと抱いてくれたので思わず頬が赤くなる。


 もう、男女としては幸福な経験は既にしてはいるけれど

 一緒になって5年なのに、いまだに慶介に抱き締められると恥ずかしくなる。

 私は絶対に慶介の前では口にはしないけれど、

 慶介と一緒にいることは生まれてから今が一番幸せだと思う。


 それに、この平和な景色も一役買っている。

 なだらかな丘に緩やかな草原の坂を下った麓の街並み…

 清らかな流れをもった大きめの河が日差しで煌めいている。

 のどかな田畑、その中のあぜ道をゆっくりと農民が通り

 授業を終えた小学生が、何やらふざけながら殆ど車の通らないアスファルトの道を

 元気よく家へと急いでいる。


 石作りの大きめな鳥居と辺鄙な街には不釣り合いな大きな社を囲む鎮守の森。

 初夏のいい具合に暖まった風が、

 森や川や田畑やかすかな家畜の生きている匂いを私たちに運んでくれる。

 耳を澄ませば遠くから牛や豚の鳴き声も聞こえる。

 私が育った田舎もそうだが、ここには命があふれている。


 そして、隣に愛する人がいる…こんな幸せな事があるのだろうか。



 

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