加藤 春奈の場合 ~元素変換~
静かな夜空に化け物の悲鳴が木霊する。
勿論、結界の中だけの話で住宅団地の真ん中の公園以外には聞こえないのだけども…
私(加藤春奈)には耳を覆いたくなるほど大きな叫び声だ。
まあ、安藤さんが言ってた痛みを知らないって言うのが本当なら
生れて始めて痛みを感じるのだから…そりゃあ痛いんだろうなぁ…と思う。
見た目にもそれが分かるわ…
シャックスは、大蛇の様な巨体を激しくくねらせながら悶えまくり、
頭を必死に抑えるものだから…その爪で出血して顔面は真っ赤。
目が血走って血の涙は出てくるし、
外れたように大きく開けて叫びまくる咢からはダラダラと涎がしたたり落ちて苦しそうだった。
「 チチチッ!ともかく逃げ…なきゃ 」
って、多分叫んでると思う声を上げると、
シャックスは血の海の中で大蛇の胴体を立ち上げると、背中の翼を広げる。
なかった筈の脚が急に生えてきて大地を踏みしめ始めた。
「 何だ…逃げるのか? 」
安藤がそう言葉をかけるが、
全身を貫く痛みを必死に堪えているシャックスの考えは少し違っていた。
( 距離を取れば…時間さえあれば…体内の薬液の浄化も出来る。
ここで一旦引いて、別の次元に飛んでやり直せば…何とかなるしな )
キュンとシャックスは背中の翼を持ち上げると翼の大きさが広がっていく。
優に自力で飛べるほどの大きさを獲得したみたいだった。
バサバサと羽ばたき始めると、台風並みの強い風が砂埃を巻き上げながら襲ってくる。
「 馬鹿な奴だ 」
安藤は、口を軽く動かすとその風が
春奈やジャニス達も含めて当たる前に割けるように後方へと逃げるようになった。
ボンっと大きな音を立ててシャックスが大地を飛び上がり羽ばたくが
ほんの少し飛び上がったところで
ありもしない天井に激突した様に凄い音と共に体が折れて
そのままの格好で地面に落下して大地に腹這いになってしまった。
シャックスは、驚きの表情を浮かべながら起き上がると、
再び膝を曲げて飛び立とうとする。
「 無駄だ 」
安藤が右手を上から下へ空気を切り裂く様に動かすと、
まったく見えないが、質量のある何かで脳天から叩かれたように
物凄い音を立ててシャックスは地面に叩き付けられた。
その体勢のまま困惑しながらも必死に箱に入った猫の様に暴れまくったが、
少し動いては何かの壁に当たり、
方向を変えては別の壁に当たったりして、徐々に身動きが取れなくなっていく。
半端ない音が辺り一面に響き渡る必死な動作だが、
直ぐにその衝撃の痛みが重なっていくのかその度に悲鳴が上がっていく。
暫くするとシャックスの眼には疲労と痛みで朦朧とした視線になって行き、
最後には疲れ切って、目に見えない壁に頭を打ち付けて肩で息をして動かなくなってしまった。
恐らく痛みで意識が飛びそうなんだろう。
シャックスの眼は視線が宙を彷徨い、顔は筋肉が弛緩して無様に口元や舌が壁に張り付いて、
その口元からは緑色の液体が見えない壁に沿って地面に溜まっていく。
「 悪いが空間を閉じさせてもらった。
お前の空間変異能力じゃあ、ヒビ一つ入らない王族固有の強力な檻だからな。
このまま放っておいて痛みで心が腐るまで苦しめてやってもいいが… 」
残酷な言葉をシャックスを見ながら安藤さんは呟く。
( 痛みが心を腐らせて死ぬまで続く… )
恐怖心など大してありはしない私でも、それは恐ろし過ぎる表現だ。
「 ねえ、同族なんでしょ? もう十分だわ…楽に死なせてやってよ 」
驚いたことにジャニスが、悲しそうな目で安藤さんを見つめた。
「 へええ、優しいですねジャニスさん。
貴方の同族のジンギをあそこまでボロボロにされたのに…ハハハ。
心配しなくてもいいですよ…もう、ちゃんと始末しますから。」
その言葉が聞こえたのか、シャックスの緩み切った口がかすかに笑ったかのように見えた。
「 しかし、相当な再生能力だし不死身だろ、どうやって? 」
ジンギさんが、ベンチの上で両手を広げてもたれかかりながら安藤さんに言う。
ジンギさんの体は、腰のあたりまで再生してきていた。
「 ああ、それね。
今後、沈黙させることは意外と簡単ですよ、
閉じ込めてる空間ごと時間を凍結して超圧縮して、元素変換させます。
拙いこの世界の常識なら超新星爆発並の質量変換エネルギーが必要ですけど、
ジュールスの能力なら大した力もいりません。
もっともこの力は王族専用ですけどもね。」
安藤さんがジャニスに答えた後、
安藤さんが右手を振ると、
衝撃が地面を伝い、大きな音と共にシャックスの体が瞬時に凍結しそして爆砕した。
そして、
安藤が再び何かを早口で唱えると、
ズズズと音を立てながら飛び散った肉片が壁に押されて中央に集まっていく。
「 もう、この時点で物理的には死んではいますけど、こいつは高等貴族ですから
細胞一つからでも時間をかければ復活します。
流石に最上級貴族なんで、完全不死なんですよシャックスは。
だから、元素変換させて別なものにしましょうか…
そうだ元素的安定も兼ねて金がいいでしょうね。
見た目も宜しいし…シャックス自体の強力な魔力が封印されますから。
形も…そうだなぁ鎌がいいでしょうね 」
「 え、なんで? 」
私が不思議そうに尋ねると
「 僕が持っていてもしょうがないからジャニスさんにプレゼントしましょう…
同族が迷惑をおかけした御詫びです。
人間である春奈さんだと、魔力で体調が可笑しくなるかもしれませんからね 」
にやにやと笑いながら、安藤さんは高速で詠唱を開始する。
ゆっくりと山になった肉片が一つになり、
ある程度の大きさになると今度は高速で縮まっていく。
周りの壁の様な空間が更に張り付いて圧縮して
…最後には急に明るい光を出したかと思うとポトンと音を立てて、
煌めく何かが宙に出来上がったかと思うと、直ぐに地面に落ちてきた。
「 おお、上手く出来てるじゃないか… 」
安藤さんはゆっくりとシャックスが爆砕した中心まで歩いていくと、
そう言いながら今落ちてきた金色に光るものを拾いあげた。
シャックスの姿がなくなったその場所にはもうそれ以上何もなく、
緩やかな風が吹き抜ける月夜に照らされた公園の地面しかなかった。
安藤さんの力でシャックスが消滅したのを見て、いてもたってもおれずに、
私は安藤さんの方へと駆け寄る。
「 ちょ…春奈さん、危ないって! 」
ジンギさんが心配して制止する言葉を発したけれど、
正体は何であれ、ジャニスも私もジンギさんも安藤さんに助けられたんだから、
特に危ないことは無いし怖いとも思わなかった。
元気に走り抜ける私を、
ジャニスは疲れた体を舞踊の鎌を立てて体を預けながら、苦笑いをして見送った。
「 えっと、春奈さん?怖くないんですか私が… 」
安藤さんは、すぐ横に来た私に驚いてそんな事を言ったが、
「 全然!だって貴方は私に内緒でシャックスの刺客も処分して、
ずっと守っていたんでしょ?
最後はジンギさんもジャニスさんもまとめて助けてくれたじゃない…
怖がるなんてありえないわよ。
ありがとう…って貴方の本当の名前は? まさか安藤隆じゃないでしょ?」
これだけの事をしながらも、
安藤さんの顔は特段に変わらずに飄々とした態度だ。
「 ハハハ、流石に救世主ですねぇ、貴方らしいや。
いいですよ教えましょう。
私の名前は、サルワ・ルドラって言いますよ。
正式名称は長ったらしいんでサルワだけで十分です 」
爽やかな笑顔だった。
人外とか、ジュールスとか関係なく引き込まれるような魅力的な笑顔だった。
「 ありがとう!サルワさん…本当にありがとう。 」
思えば、この人には飛行機の中からずっと守ってもらっている感じがした。
はっきり言って、彼がいなかったら私は…そう思うと少し涙さえ滲んできた。
「 ジャニスさん、こっちへ来てください 」
サルワさんは頭を下げている私の肩を軽く叩くと穏やかな笑顔で私を見つめる。
「 春奈さん、話はまた後でね…シャックスを彼女にあげますから 」
サルワはジャニスの方を向いて、ゆっくりと手招きした。
手には先ほど落ちてきた金色の物が握られていた…
軽くその手を揺すっていると、
最後には金色のチェーンが繋がった舞踊の鎌と同じデザインの小さなアクセサリーになって
サルワの手から垂れ下がって輝いていた。




