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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第八幕  乱気流 ~Le Prince du monde~
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加藤 春奈の場合 ~痛覚~

 「 殿下…なんでここに? 」

 シャックスはそう呟くと呆けた顔(龍の顔なんでよく分からないが)で暫く固まっていたが、

 暫くすると我に返ったのか、急に後退りして地面にめり込む勢いで土下座した。


 「 第三皇子って…まさか、王族? 」


 真っ青な顔で(貧血でもあるが)ジンギが安藤の方を見て、

 よく分かんないという顔で金色の眼のジャニスが困惑する。


 安藤は、土下座しているシャックスの事など気にも留めずに、

 ジャニスの横まで行くと、

 炎を纏い相当な熱さの筈なのに、ジャニスの肩を軽く叩いて微笑んだ。


「 あ… 」


 ジャニスの我に返ったかのような声が聞こえると、

 紅蓮の炎で2メートルほども立ち上がっている炎が一瞬で消え去った。


 信じられないのかジャニスは自分の手をじっと見ている。


「  ジャニスさん、もう大丈夫です安心してそこで見ていてください。

  貴方が”蒸発”が完全暴走をしなくても、

  こんな馬鹿に後れを取るとは思いませんけどこいつは卑怯者でね、なお且つ狡猾でずるがしこい。


  万が一って事もあれば、あなたの…が目覚めたらシャレにならんのでね 

  正直そうなったら私でも抑えきれませんから 」

 

 かなり余裕のある口調でジャニスに安藤さんは話しかけた。


「 貴方の手に負えないんですか? 

  ”始発”とは言え、あっという間に”蒸発”の発動を抑えたのにですか? 」


 ジャニスは、元の碧眼に戻って呆れながらに安藤を見返す。


「 暴走する前ですからね…

 走り始めなら止めれるけど、全力疾走している人を止めるのは至難の業でしょ 」


 安藤は自信たっぷりにシャックスを見ながら、

 もう一度、ジャニスに向かって微笑んで肩を叩いてシャックスの前に立った。


「 処分?なんですか処分て? 」


 シャックスは困惑の表情を浮かべて安藤さんの方を睨めつけた。



「 ああ、処分は処分だ。文字通りここから消えてもらうことになるな 」


 安藤さんは怪物のすぐ前まで歩いていくとその場に立ち止まり、退屈そうな声で答える。


「 お前らの事は既に調べ上げているんだ。

  お前が首謀者で、人間界を乗っ取って新たなジュールスの王国を立ち上げるってな 」


「 …何の事だか。」


 怪物はそう言うと横を向く…絵にかいたような反省のない犯罪者の姿だった。

 しかし、さっきまで安藤さんが言ってたことを大声でほざいていたんだ。

 馬鹿じゃないの?こいつ…


「 この子をお前の世界に連れて行くのは、この子を殺すことが出来なかったからだろう?

  彼女の力は絶大だし、手元の置いておけばある意味保険になるからな。

  お前のお得意な洗脳や変革の力で春奈さんを奴隷か花嫁にも出来るし… 」


 ( 何か…私って花嫁とか子供産めとかそんな話ばかりされるんだけど… )


「 えっと、安藤さん…さっきから 」


 と、春奈が途中まで言うと


「 ああ、春奈さん…その辺は気にしないでください。

  貴方は私たちの世界では絶世の美女って価値観で見えてます。


  シャックスも貴方を確認して再度の暗殺を取りやめたんですよ。

  男って言うのは美人に弱いですから 」


「 私が?どこにでもいる平凡な女だと思うんですけど 」


 困惑した春奈の顔を少し恥ずかし気に安藤は答える。


「 いやいや、だから私の世界でって言ってます…この世界の価値観じゃなくね 

  だな、シャックス… 」


「 いえ、殿下…私は特にそんな意識は…それに、暗殺とか何の 」


 そう言えば…と春奈は思った。

 シャックスはジャニス達とはよく目を見て話すが…私とはあんまり…ってそれって


「 そうか…だから、こんなに回りくどい事をやってるんだシャックスって…

  その気になったら強引に連れ去ってもいいところなのにここまで引っ張ったのか。


  春奈は可愛いけど…うちらの感覚では美人って言うのはチョット違うよなぁ 」


 失礼な言葉に春奈に殺意を込めた目で見られたジンギは半身のままベンチに転がった格好で

 両手を広げた。


「 惚けても無駄だな…シャックス。

  実際に春奈さんを殺そうと送り込ん刺客どもは、

  私の子飼いの者に簡単に処分されて失敗したのだからな。

  まあ、一人だけ根性がある奴がいてな。

  首を刎ねてこっちまで連れてきてるんだ…もうあまり生きてはいけないだろうがな 」


 安藤さんが、軽く右手を上げると

 掌の上で煙が立ち上がり、

 やがてその煙の中から舌を思いっきり伸ばしきったオオカミのような頭が出てきた。

 首から下は無く、安藤さんが軽く頭を撫でると

 黄色い目を開けて…なぜか日本語で話し始めた。 


「 シャックス様…ひでいや…簡単な仕事って、嘘はいけないやね。

  たかが人間一人に俺らが必要か?って思っていたけど、

  まさか、殿下の親衛隊が警護していたなんて寝耳に水だったよ。

  尻尾巻いて逃げたかったけど、

  シャックス様は残忍で冷酷で汚い領主さまじゃんか…失敗なんか許してくれるわけねえし、

  俺らの身内もろとも処分するだろうから必死に戦って 」


 シャックスの目が異様に細くなって、その頭を見つめた。

 直ぐにでもその口を閉じさせたいのだろうが、

 安藤さんの手前、呆然としている事しかできない。


「 殿下の配下は尋常じゃねえ…俺らじゃあ役者不足もいいとこだったわ。

  死にかけであんたの事を全てゲロさせてもらったよ…

  殿下は死んだみんなと俺の身内を助けてくれるって約束してくれたからな。

  あんたなんかの領地に生まれるんじゃなかったよ… 」


 苦しそうに絞り出すような声だった。


「 いや、殿下が絡んでるとは… 」

 シャックスが苦々しくそう言った…悪だくみを白状したのに等しい。


「 あんた…本当に馬鹿だな。

  殿下にいろいろ話してもらって本当にそう思うよ…その上なんだって?

  すごい美人だって分かって自分の嫁にしたいから殺すの辞めたって?

  ずいぶん勝手だよ…シャックス様ぁ  」 


 みっともない言い訳をして、青い顔をしているシャックスを見て、

 その頭は少しだけ満足したような安堵のため息を最後についた。


「 殿下…本当にすみませんでした。

  もう…俺も限界が来そうです…失敗したあいつらの身内と、俺の嫁さんと娘…を頼みます。

  ああ、それとシャックス様は跡形もなくぶっ殺して…くだせええ 」


 そこまで言うと、満足したかのように息絶えて口元からかすかな煙が上がっていく。


「 本当にギリギリだったな…まあ、満足して気力が切れたんだろうよ 」


 安藤は、もう片方の手でゆっくりと頭を撫でてやると、

 オオカミの頭は炎をあげて瞬時に燃え尽きた。


「 相変わらず反吐が出そうな姑息な男だ。

  今までは兄や父が便利に使った道具だったから我慢してきたけど、

  今回はお許しはもうもらってある。

  飼い主の手を噛む犬をのさばらせる馬鹿はどこにもいないからな。」


 安藤さんは、軽く右手を肩の高さまで上げて

 親指、人差し指でシャックスを指差した。

 細かい砂埃がその手に巻き付いて立ち上がっていく。


「 いやだ!いやだ!いやだ!死ぬのは嫌だ! 」


 シャックスは物凄い叫びとともに体を起こしながら右手を振ってきた。

 ジンギを切り飛ばした長い爪が安藤さんに襲い掛かってくる。


 相当な速度で走る爪も安藤の数メートル手前で急ブレーキがかかったように

 シャックスの体が大きく揺らいだと同時に

 ボキボキと凄まじい音がしたかと思うと、腕の中から骨が飛び出してゆく


 シャックスは慌てて距離を取って安藤を見つめる。

 直ぐに粉砕した腕は回復するが、驚愕の眼でシャックスは安藤を見つめる。


「 そんなところで、呆けるなよ。このぐらい普通だろ?  」


 軽く何かを安藤が呟くと、シャックスの回復した腕が急に空に向かって突き上げた。

 シャックスは、

 しきりにその腕を動かそうとジタバタするがビクともしない様だった。


「 弾け… 」


 安藤さんが軽く指を鳴らすと、シャックスの突き上げた腕から小さな音がすると

 物凄い叫びをシャックスが上げる。


「 グエエエ、何を… 」


 シャックスは、その場でとぐろを巻きながら体を揺らし始めた。


「 痛い痛い痛い!馬鹿な…ジュールスの我が痛みなど…ゲエエエ! 」


 大きな目を苦悶の表情で閉じ、シャックスは上下に体を動かして苦しみだした。


「 痛感を自覚する薬液を直接、お前の血管に放り込んでやった。


  今お前が感じているのは、そこのコプートスたちがお前に与えた攻撃に対する痛みだ。

  痛みを感じた事のないお前には地獄だろうが…

  尚、そのほかの痛みはお前の部下たちの痛みでもある。


  まあ、肉体の方はいくら不死身でも、

  それは痛感が無かったから有効だっただけだってことだ。

  人間でも痛感が過敏に反応する奴は、骨折ぐらいでもショック死するからな 」


 安藤は冷徹な言葉を吐くと、大きくため息をついた。


「 痛い! 痛い! 痛い!! 」


 シャックスは、情けないほどの大声で泣き叫んでいた。

 大蛇の胴体がうねりまくり、涎と涙が顔中を濡らす…


 ジンギの電磁力による体液の沸騰と、舞踊の鎌が切り捨てた腕の痛み、

 そして何度も蒸発した腕や内臓の痛み。

 首を刈り取られたり、返り討ちにあった部下の全ての痛み。

 それらが一度に襲ってくるのだから当然といえば当然だった。


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