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ヘイヨーさんの短編集

私の人生に一番大きな影響を与えた人

 その昔、1人の人がいた。それは、私と同い年の男の人だった。間違いなく私の人生に一番大きな影響を与えた人だった。

 あの人は、決定的なくらい他の人とは違っていた。少なくとも、私の人生で、あの人と似たような人とは他に1度も出会ったことがない。


 あの人は、とてもいい加減な人で、起きる時間も寝る時間もバラバラ。ちっちも働こうとしないし、いつも大きなコトばかり吹聴ふいちょうして歩いていた。大抵は、口ばっかりで実現しない。でも、時として彼が吹く大ボラの1つが現実のものになってみたりもする。それが、他の人では決してできないような非現実的な出来事なのだ。

 だから、みんな、普段からあの人のことをバカにしていた。

「ま~た口ばっかりの理想主義者の妄言が出たよ」

「いいか。だまされるなよ。コイツは、いつもおおげさなコトばかり言って回ってるからな。どうせ、今回もそれだろうよ」

「熱意はいいけど、行動が伴わないよね。理論的にもムチャクチャだし、感性だけで突っ走りすぎなんじゃないの?」

 そんな風にばかり言われていた。


 でも、その感性だけはズバ抜けていた。

 普通の人には見えていないモノが見えていたり、一瞬で真実を見抜いたりする能力を持っていた。到底、普通の人では追いつけない。

 私たちが100年努力しても、あの人にはなれはしないだろう。

「“天才”というのは、こういう人のコトを言うのだな」と、私は常日頃つねひごろから思い続けていた。だから、私はあの人のコトを心底尊敬していたのだ。

 でも、同時に現実を見ることのできない人でもあった。人が隠している思いを一瞬で見抜いたり、他の人が考えもつかないようなアイデアを出してみたり、未来の出来事を的確に予測してみたりする一方で、目の前を見るのは苦手な人だった。

 自活能力もなかった。どこでどうやってお金を手に入れて生活しているのかすら、よくわからなかった。

 いつも「お金がない。お金がない」「お腹が空いた。お腹が空いた」なんて言っている割には、どこかでヒョコッとお金を手に入れてきては、マンガだとかゲームだとかを購入しているのだ。

 そうそう、そういう意味では“お金の使い方がよくわかっていない人”だったとも言える。普通の人が、服を買ったりご飯を食べたりするのにお金を使うのに対して、あの人のお金の使い方はよくわからなかった。私からすると、どう考えても無駄づかいにしか思えなかったのだ。

 でも、本人は「これは未来への投資なんだ!これが一番、自分の為になるお金の使い方なんだ!」なんて言っていたけれども。


 あの人を一言で言い表すならば“子供”

 子供がそのまま身体だけ大きくなったみたい。そう、たとえるなら“ピーター・パン”

 大人になったピーター・パン。


 スッと近寄ってきたかと思うと、パッと離れていってしまう。

 私のコトを好きなのかと思ったら、突然、何かに腹を立てて怒り出してしまう。どうやら、私の行動の何かが気に入らなかったみたいなのだけど、それがなんなのか私にはちっともわからなかった。

 私には到底理解ができない行動原理で動いている人。物凄い愚か者なのに同時に天才。

 私は、そんなあの人にあこがれていた。

「いいな~、あんな人生を歩んでみたいな~」

 心のどこかで、私はいつもそう思っていた。


 でも、私の方は、いたって普通の人間だった。

 どこにでもいるような普通の女の子。それは、大人になっても変わらない。

 だけど、あの人はそうは思っていなかったらしい。私のコトを、「特別だ。特別だ。君みたいな人とは初めて出会った。他にはどこにもいない」なんて、いつも面と向って言っているような人だった。

 残念だけど、それは違う。それだけは確信を持って言える。私は、どこにでもいる普通の人間。誰よりも普通の人間。

 もっとも、彼に言わせれば、そこも特別なのだという。

「君みたいに普通の人は、他にはどこにもいない。マンガや小説に出てくるヒロインのようだ。あまりにも普通すぎて、逆に特別なんだよ。貴重なんだよ」

 そんな風に言ってくれていた。


 自分勝手で、いい加減で、予測不能で、パッと姿を消して何ヶ月も旅に出たかと思うと、また突然現われて私を驚かせる。

 そんなあの人も、ある日、私の前から姿を消し、2度と顔を合わせることはなくなった。その原因となったのも私だったのかもしれないのだけど…


         *


 それから10年近くの時が過ぎた。

 私も結婚し、子供が生まれた。結婚生活はいろいろとあったけれども、どうにか無事に生き続けていた。


 ある時、私は台所に立って夕食の準備をしていた。

 子供は、テレビの前で静かに座っている。気がつくと、我が子がお気に入りのアニメの放送は終わっており、画面はニュースの映像に切り替わっている。


 何気なくその映像を眺めていた私は、愕然がくぜんとした。

 そうして、手にした包丁をまな板の上に放り投げると、急いでテレビの前に座り込む。

 画面の中に映っていたのは、間違いなくあの人だった。10年分の年は取っていたが、それでもあの頃と変わらず、子供みたいに笑っている。

 それは、何かの小説の賞の授賞式らしかった。

 授賞式でのあの人のスピーチを聞いて、私はその場に崩れ落ち、そのまま床に突っ伏して泣き始めた。


「どうして…どうして信じてあげられなかったんだろう。あの頃、もっと信じてあげていれば。もっとあの人の言葉を信じてあげられていれば。そうしたら、こんなコトになりはしなかったのに…」

 私は言葉に出してそう言うと、そのままずっと泣き続けた。

 そんな私を見て、子供が近寄ってくる。

「どうしたの?どうしてお母さん泣いてるの?何か痛いことがあった?」

 そう尋ねてくる。

 私は自分の子供をギュッと抱きしめる。

「そう。痛いのよ。痛い痛い。心が痛いの…」

 そうして、そのまま子供を抱きしめたまま、いつまでもいつまでも泣き続けるのだった。

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