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第七

タイムマシンを直し始めて、一週間経った。

俺は寝る間を惜しんで、部品を入れ替え続けた。二つが故障しているパターンも何とか今日中には終わりそうだ。そう、これ以上未来が変わってしまうのは避けなければならない。

美都は俺への感情に明らかに戸惑っていた。俺を見る視線が明らかに変わって来ていた。そして、同時に、その気持ちを打ち消そうと必死になっているのが分かった。俺にもその気持ちは分かるような気がする。

美都は俺の家族に怪しまれないように、と何度か家をこっそり出て、普通にドアベルをならして、俺を訪ねてくる芝居をした。一週間も続けるうちに、真由も段々疑わしい視線を投げなくなって来た。なんて言うか、怪しいけど、こう毎日訪ねてくるんだもん、彼女ってのは本当かも(あり得ない気がするけど)、って感じだ。

結果として、美都はあまりこそこそする必要が無くなった。その分、俺は気が楽になった。でも、その代わり、未来がどう変わってしまっているのか、もう分からない。もしかしたら、修正不可能なほど、変わってしまったかもしれない。

もうすぐ、登校日がある。その日は町外れの川沿いで花火大会がある。

花火大会、美都と一緒に見に行くのもいいかもしれない。

俺はそんなことを考えた。

…何を考えてるんだ、俺は!?

俺は頭を振り、部屋の外に出た。ずっと根を詰めてるとろくな事にならない。

俺は外の空気を吸おうと、家の外に出て、深呼吸した。深呼吸しても、ここは山の上じゃない。それほどすがすがしい気持ちにはならなかった。

その時、俺の視界の隅で、何かが動くのが見えた。

「?」

見ると、何もない。誰もいない。気のせいか?

色々なことが起こりすぎて、変に過敏になっているのかもしれない。やれやれ。どうなってるんだ。対して気分転換も出来ないまま、俺は部屋に戻った。

早速部品を手に取り、ハンダ付けを始める。

美都と一緒に花火大会を見に行く?

確かに、美都は可愛い。

あんな女の子と一緒に花火を見たりして、いいムードになったりなんかしら、そりゃ嬉しいだろう。そうだよ、今気がついたけど、俺は美都のことが嫌いじゃない。もしかしたら、好きになったって言われて、その気になっちゃってるだけかもしれないけど。

俺は再び頭を振った。

「バカか、俺は」

美都を出来るだけ早く、未来に帰す。それが俺の役目のはずだ。何を考えてるんだ。

「何がバカだって?」

顔を上げると、美都が部屋の扉のところから覗き込んで笑っていた。

「何でもない」

「何でもないことないでしょ。また、何か妄想してた?」

美都は部屋に入ってくると、俺の隣に座った。体がふれあいそうな距離だ。横目で見える美都の顔は思い切り近い。

俺はちょっと腰をずらして、美都から離れた。

「妄想なんてしてないって」

「嘘だあ」

美都は笑って、体をずらした。また、距離が近くなる。

「嘘じゃないって」

美都は微笑んだまま、じっと俺を見つめている。ちょっと待ってくれよ。そんな視線、おかしいだろ。

「あのさ」

美都は俺を見つめたまま、言った。

「何?」

「もうすぐ、花火大会があるんでしょ?真由さんに聞いたんだ」

「…あ、ああ。あるけど、それが何?」

さっきまで自分が考えていたことを顔に出さないように気をつけながら、俺は答えた。

「一緒に見に行こうよ」

「え?」

「一緒に見に行こうよ。近所なんでしょ?」

俺は顔を上げて美都を見た。女の子に誘われてる?この俺が?美都はにこやかな笑顔を俺に向けている。

女の子と一緒に花火を見る。

それは俺の人生で今まで一度もなかったことだ。

待て、何を考えてる。美都のこの気持ちは、偽物なんだ。いや、偽物っていう言い方が正しいかどうかは分からない。でも、未来が変わってしまった事で、生まれた気持ちなんだ。それに付け入るのは、間違ってるんじゃないのか。

「駄目だよ」

俺は美都から顔を背けて、言った。これ以上、美都のことを見ていられない。

「どうして?」

「どうして、じゃないよ。俺は一日も早く、このタイムマシンを直さなきゃならない。それに」

「それに?」

「…」

それに、君のその気持ちは本物じゃないだろ。

俺はその言葉を飲み込んだ。

確かにそうだ。でも、それでも、その言葉を言うのは、間違っている事のような気がした。

「少しだけだよ。ね、一緒に行こう?」

俺は返事が出来なかった。

美都はそんな俺を見て、どう思ったのか、微笑んだ。

「ほら、約束」

美都はそう言って、俺の手を無理矢理とると、小指を俺の小指に絡めた。細い、小指。

「ゆびきりげんまん、うそついたら針千本、のーます」

美都は楽しそうに歌う。

「指切った!」

美都はその小指を嬉しそうに目の前に掲げてみせた。

何ていったらいいのかわからない感情が俺の中に湧き出てきて、俺は泣きそうになってしまった。


結局、二個の部品が壊れている最後の可能性も消えた。今、俺の目の前で赤いランプが明滅していた。壊れている部品は、三つか、それ以上か。

美都は、そんな俺の横で、安らかな寝息を立てて寝ている。まるで、タイムマシンのことなど、どうなってもいい、というように。

俺は静かにため息をついた。最初に予想したよりも、俺は速い速度で部品の交換を試し続けた。だからこそ、これだけの時間で二個の部品を試す事が出来た。しかし、それも限界だった。これまで、殆ど、俺は寝ていない。疲れのせいで、まぶたが軽くけいれんしている。

もういい。

とりあえず、今日はもう寝よう。考えても無駄だ。考えて直せる物じゃない。疲れをとる事だ。

俺は再び、美都の寝顔を見た。

夢を見ているのか、微笑んでいる。

夢、か。

まるで、美都の存在自体が夢のようだ。

突然、未来からやってきて、そして俺の事を好きだという少女。

可愛くて、今では純粋に俺の事を信頼してくれている。

いや、もういい。何かを考えるのに疲れた。

俺は、床に寝転がり、目を閉じた。

すぐに、俺は眠りに落ちた。


俺は、いつものように通学路の途中にある駄菓子屋でコーラを買って、飲みながら歩いていた。ここから家までは二分もかからない。番組の始まりには余裕で間に合う。いつも通りの決まり切った日常。今日は真由はもう帰ってきてるだろうか?帰ってきていた場合、どうやってごまかして見るか。今日はリモコンをは隠さなかった。さすがに二週連続は怪しまれる可能性がある。でも、なんでこんなに苦労しなきゃいけない。大体どうしてうちにはテレビが一台しかないんだ。このご時世、一家に一台ってのはないだろ。でも、俺の経済力ではテレビは買えないし、突然テレビなんぞ買い込んだ日には『一人で何見る気?』と真由が首を突っ込んでくることは間違いない。

その時、耳元で何かが鳴っていることに気付いた。

その時、俺は何かの違和感を感じた。何だろう、これは。以前、同じような体験をしたことがある。デジャヴュ、というやつだろうか。俺が違和感を感じている間も、耳鳴りのような音は続いている。その音は、どんどん大きくなってくる。

音の正体はすぐに分かった。

次の瞬間、俺の横に、大きなダンプカーが通り過ぎていったからだ。そして、ダンプカーが通り過ぎるのと同時に、音も小さくなり、やがて、消えた。通りは元通りに戻っていた。しかし、俺の中に何か違和感が残った。

 なんだった?いったいあの音は何だったんだ?ダンプカーの音?違う。もっと大切な事のような気がした。思い出さなければ行けない事のような気がした。でも、それが何なのか分からなかった。

 すると、声が聞こえた。

「大橋君?」

振り向くと、そこに細川が立っていた。中学生のころから憧れていた、細川だった。

「細川?」

「何してるの?こんなところで」

「いや、家に帰るところだけど。細川こそ、なんでこんなところに?家、こっちのほうだっっけ?」

細川は微笑んだ。

「ううん、家はこっちじゃないよ。今日はちょっとお買い物があって、こっちに来たの。大橋君ちって、こっちだっけ?」

「そう、すぐそこ」

「そうだったんだ」と細川はまた微笑んだ。「お買い物に行く時、よくわたしここの道とおるよ。今まですれ違わなかったのが不思議だね」

 なんてことだろう。今まで俺がずっと夢見ていた、細川との偶然の出会い。学校帰りにばったり会って細川と会話する。そんなシチュエーションを何度夢想しただろう。今、目の前に細川がいる。

「あのさ。大橋君」と細川が恥ずかしそうに言った。

「何?」

「ずっと聞きたいと思ってた事、あったんだけど」

「聞きたい事?」

「そう。あのさ、大橋君ってさ」

細川はそこまで言って、黙ってしまう。沈黙の時間が流れる。

「何?細川」

俺が沈黙を破ると、細川はにっこりと笑った。

「あのさ、よく、目が合うよね。クラスでさ」

そう、それは俺が細川を見ているからだ。だから、目が合う。当然のことだ。


気持ち悪い。


その時、唐突に細川の言葉が脳裏をよぎった。

そうだ。細川は確かに俺の事を気持ち悪いと言ったはずだ。だとすれば、これは何だ?現実じゃない。そうか、俺は夢を見ているのだ。

——夢じゃない

唐突に誰かの声が聞こえた。

俺は辺りを見回した。でも、誰もいない。

——夢じゃないって言ってるの

何を言ってる?これが夢じゃないって、何なんだよ。

——これは現実よ。正確には、選ばれなかった現実のルートの一つ

意味がよくわからない。

——分からなくて良いのよ。あなたは、すべてを忘れるの。これは、夢であって、夢じゃない。これはあなたにとって、現実になる。始めから、何も起こらなかったの。20年後の世界の話も、何もかも

20年後。

その言葉が、俺に大切なことを思い出させた。

美都。

20年後からやってきた少女。

タイムマシン。

そうだ。俺は美都とであって、タイムマシンを直すために寝る間を惜しんでいた。今見ているのは、疲れて眠った夢なのだ。

——あなたが忘れれば、すべて丸く収まる。違法に作られたタイムマシンの存在も、未来からやってきた少女の存在も、無かったことになる。そして、あなたは今あなたが見た、その通りの現実を生きる事になる。言ってみれば、これはあなたにあげるご褒美のようなもの

ご褒美?

違法に作られたタイムマシン、未来から来た少女の存在。それらを忘れることのご褒美ってことか?

少しずつ、俺の中で記憶が呼び戻されて来た。

デロリアンがぶつかったことすら、無かったかのような、広場の壁。

「まるで、最初から何もなかったことみたい」とつぶやいた美都の顔。

——意外と強情ね。忘れなさい

「あんた、誰だよ?」

俺は声に聞いてみた。

——答える必要は無いし、正直に言えば、わたしに名前はない

名前がない?なんだそれ?

――それに、あなたは、私に会った事さえ、忘れることになるのだから

声はあっさりと言った。忘れる?

——それじゃあ、大橋君。さようなら

待ってくれ。

しかし、気配は既に消えていた。後には、俺と細川だけが残った。

「いま、何か聞こえなかった?」

「何?」

「いや、何か…あれ?なんだったっけ?」

「変なの」

細川はそう言って笑った。

「それよりさ、明日、登校日だね」

細川が言った。

登校日?そうだったろうか?まだ、夏休みではなかったような気がする。いや、夏休みはとっくに始まっていて、登校日は一週間後だったような気もする。

「花火大会、大橋君は誰かと行く、約束してる?」

「…」

「大橋君?」

黙っていると、細川が俺の顔を覗き込んだ。

約束。誰かと約束をした気がする。小指に、何かの感触が残っていた。でも、俺はその感触が何だったのか、もう思い出せなくなっていた。


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