エピローグ
エピローグ
前にさ、どうして博士が違法だって分かってたのに、タイムマシンを作ったかって、聞いたでしょ?
あのさ、あたしのお母さんがね、死んじゃったんだ。
交通事故。
その朝、あたしはお母さんとくだらないことで、ケンカしちゃってさ。それが最後の会話。そんなマンガみたいなこと、本当に起こるなんて思わなかったよ。学校で授業受けてたらさ、ドアがノックされてさ、担任の先生が入ってきてさ。あ、その時、授業は数学だったの。だから、別の先生の授業中だったんだ。
担任の先生はさ、あたしのことを呼んで。
クラス中の視線があたしに集中してさ。
ほんと、勘弁してよ、って思ってさ。
「お母さんが事故にあったらしい。詳しいことはまだ分からない。病院へ早く行け」って。
病院に行ったらさ、もうお母さん、死んじゃってた。
何でだか知らないけどさ、手にキーホルダー、握り締めてた。
変なキーホルダー。
何でも、お母さんの思い出のものらしいんだけど。
死んじゃう直前まで、お母さん、あたしにその思い出の話をしようとしてたって。
でも、お父さんも初めて聞く話だし、何のことだか全然分からなくって。そうこうしてるうちに、お母さん、死んじゃったって。
お父さんが、そのキーホルダー、あたしにくれた。
でも、よく分からないんだもの。
どんな思い出があったんだろう?
何を話してくれようとしたんだろう?
その話を博士にしたの。
そうしたら、博士、タイムマシンを作ろうって言い出した。
何をバカなこと言ってるんだろうって思ったけど、博士、ホンキだった。
そういえば、あたしと博士がどういう関係かって、聞いたよね。
今考えると、不思議なんだ。
あたし、初めて博士に会った時、初めて会った気がしなかったの。
ずっと昔、どこかであったような、そんな懐かしい感じ、したんだ。
それまであたし、誰かのことを好きになったことなかったけど、初恋の相手に再会したみたいな、そんな感じ。
だから、あたし、博士のところに遊びに行ったんだ。
それから、博士、本当にタイムマシン、作っちゃった。
それで、お母さんと仲直りしろって、博士、言うんだよ。
でも、それって大変なことじゃない?
過去を変えたら、未来が変わっちゃうって、SFの常識じゃない?
そしたら、博士、こう言ったの。
「未来は変えちゃいけない。でも、現在は変えられるんだ」って。
何だか格好いいけど、意味分からないよね。
もう死んじゃったお母さんに会って、仲直りしたら、それって過去を変えることと一緒だよね?
でも、そういっても、博士、笑ってるだけで、何にも言ってくれなかった。
これから、あたしは未来に帰る。
正確には、やってきた未来じゃなくて、お母さんとあたしがケンカした、あの朝に帰る。どうなっちゃうのか、分からない。
神様が、また邪魔をするかな。
どんなことしても、お母さんとあたしはケンカしたまま、お別れしなきゃならないのかな。
分からない。
でも、あたしは、頑張ってみる。
どう頑張ればいいか、それはわかんないけど、博士…ううん、20年前の博士があたしのために頑張ってくれたみたいに、やってみる。
そう、ごめん、ひとつ謝らなきゃいけないこと、あるんだ。
写真、持って来ちゃったの。
あなたの引き出しから落ちた一枚の写真。
あのね、この写真に写ってる女の子、あたしのお母さんにそっくりなんだ。
それから、不思議な夢を見たって話したこと、覚えてるかな?
忘れちゃってるかもしれないね。
あのね、夢の中で、あたしと、あなたは同じ時代に生まれて、同級生で、仲良くしてるんだ。
時間って不思議だね。
そんなことは絶対に起こらないってことは分かってる。
でも、もしも、そんな「時間」がこの宇宙の何処かにあったらいいな、ってあたし、ちょっと思ったんだ。
ねえ、待ってるよ。
約束したものね。
あの学校の高台の上で、あたし、待ってるからね。
もしも未来が変わってしまって、何もかも忘れてしまっても、絶対にあたし、待ってるから。
あれから、2年経った。
新聞や、科学雑誌や何やかや、色々見たけど、スイスの研究所でブラックホールの実験が成功したなんて記事は、結局見つからなかったし、ニュースにもならなかった。
それからずっと気にかけてはいたけど、結局似たような記事にはお目にかかれなかったし、タイムマシンが開発されたってニュースも結局聞くことはなかった。
それって、どういうことなんだろう?
美都が言っていた、タイムマシンが作られる未来はなくなってしまったのだろうか。
そう言えば、学コンのDVDBOXが発売されて、俺はそれを買った。9800円。だけど、例のチョンマゲドンの回は見事に作画修正されていた。
魔方陣は無くなっていた。
何が起こっていて、何が起こっていないのか、俺には分からなかった。
秋が来て、冬が来て、また春が来た。
何度かその巡りを見ているうちに、俺は高校を卒業し、大学を卒業し、普通に就職した。
妹の真由は、高校を卒業してすぐに結婚した。
つまり、未来は美都の言っていた未来とは、変わったのだ。
俺の知っている美都は、何処かに行ってしまった。
今俺が立っているこの時代には、タイムマシンで過去に戻り、高校生の俺と出会った美都は存在しない。
そして、俺は36歳になった。
美都が言っていたみたいに、引きこもりにはならなかった。
決して裕福とは言わないけど、普通に暮らしている。
約束の日。
20年前、美都と約束した日。
俺は、学校の高台に向かった。
学校は少子化の影響で、廃校になり、今は公園になっている。少子化なのに、公園っていうのが、意味不明なところだ。
でも、花火大会は20年間変わらず続いている。
坂を上る。
久しぶりなので、足が重い。相変わらずの心臓破りの坂だ。
息を切らしながら、俺はとうとう高台の上まで上がった。
辺りを見回す。
校舎はなくなってしまったけれど、大体の場所は分かる。
あの時、俺はここに立っていて、その横に美都がいた。
花火が上がり始めた。
光の線が夜空に伸びる。
どこからか、クラシックの曲が聞こえてきた。
誰かが持ってきたラジオから流れているのかもしれない。
顔に風が当たっているのが感じられた。
遠くで犬が鳴いている声が聞こえた。
俺は、いつかこの光景を見た気がした。
あれは、いつのことだったろう?
思い出せない。でも、それは予感だったのかもしれない。
「大橋君?」
突然、声がした。
声の方を見ると、そこに、細川が立っていた。
高校以来、初めて会う細川は、以前と変わらない佇まいで、そこに立っていた。
「…細川?」
「やっぱり大橋君だ。久しぶり…!結婚しちゃったから、もう細川じゃないけどね」
細川が笑った。
「そうなんだ!本当に久しぶりだね。この町に住んでるの?」
「ううん、違うのよ。でも、娘がね、どうしてもこの花火大会を見たいって言って」
「まあ、この辺じゃ一番でかい大会だしね」
「本当は用事があったんだけどね、娘がどうしても行かなきゃいけないんだって言うのよ。理由は分からないけど、行かなきゃって。まったく、意味が分からないんだもの」
そういって笑う細川の背後に、一人の少女が隠れるようにして立っていた。
「ほら、挨拶して。お母さんの高校時代のお友達」
少女が、顔を出した。
ちょこんと、頭を下げる。
「山城、美都です」
「大橋賢治だよ」
美都は、笑顔を浮かべた。
「はじめまして」
「ああ、はじめまして」
俺たちの後ろで、花火は大きな光の輪を描いて消えた。
でも、音の余韻はいつまでも消えなかった。




