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「ううん、ありがとう」
ふと気づけば、二人の声がしない。振り向いてみると、そろって廊下の向こうへ歩いていくのが見えた。
「でも……」
その姿を見ながら思わずつぶやいていた。
宮本の気持ちはともかく、彼女の気持ちなら、わかってしまう。だって、宮本を見るあの視線は。
「もし本当に好きって言われたら、あいつ、どうするのかな……」
☆
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「3番ティーセット2つ、ガトーショコラとショートケーキで」
「6番、コーヒーセット3つ。ミルフィーユ2つとシュークリーム」
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
「1番あがりました、お願いしまーす」
文化祭当日。うちの喫茶店はなかなか盛況だった。しだいに、廊下に入店待ちの列がのびていく。
「梶原せんぱーい」
窓際のテーブルから、2年生の女の子が3人、拓巳を呼んだ。今日は執事の姿でキめてる拓巳は、かーなーり、いい男だった。やつも宮本と同じ陸上部でインハイに出場するほどスポーツには長けてるし、あれで学年1、2位の頭の持ち主だ。
昔はへらへらしたお調子者だったくせに、2年生になったころ、そう、ちょうど1か月ほどアメリカへ短期留学した後くらいからかな。すっかり落ち着いてきちゃって。莉奈と付き合い始めたころには、いい感じの男になっちゃった。彼女がいるから表だって騒がれることはないけど、隠れファンはかなり多いと思う。
「拓巳、すごいよねえ。さっきから指名がひっきりなしよ」
「莉奈には見せられない姿ね」
「莉奈、あんまり気にしてないみたいよお? 今更、そんなことでは動じないんじゃない?」
涼しげに言い切った由加里を、ねめつける。
「そういう由加里はどうなのよ。今日は尾崎さんは?」
由加里には、尾崎祐輔という婚約者がいる。親の決めた一回りも年上の婚約者だってのに、この二人もかなりらぶらぶだ。
「午前中の会議が終わってから来るらしいわあ。こなくてもいいって言ったのにい、気になるらしいのよねえ。メイド服を着るのもだめだってえ反対されたあ」
そう言って笑いながら、廊下から由加里に向かって手を振るむさい男どもにさわやかに手を振りかえす。あれは、柔道部の3年生だな。
尾崎さんも、これが相手じゃ苦労だなあ。自分の魅力をわかっててやってるからたちが悪い。本当は、7つの歳から尾崎さん一筋のくせに。
「じゃあ午後は……」
「メニュー、見せてくださいます?」
「は、はい。こちら……」
うっかり由加里と話し込んでいたところに声をかけられて、あわてて笑顔で振り返る。メニューを差し出して、思わずそのまま固まってしまった。
そこにいたのは、秋葉幸子!
「ありがとう」
私の手から優雅にメニューを受け取ると、視線を落とす。用意された席には、彼女一人が座っていた。
「お決まりになりましたら、およびくださいませ」
多少ひきつりながらも、決まりきったセリフを言えた。し、心臓に悪い……
「龍彦先輩」
「は?」
「龍彦先輩をオーダーするわ。私にくださらない?」
メニューを閉じて机に置くと、彼女は背筋を伸ばしてまっすぐに私をみあげた。