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「いえ……その……」
「大丈夫か?」
「え……と、………………………ちょっと寝ぼけてました」
どっと笑いがわいた。頬が熱くなる。山ちゃんも笑って、持っていた古典の教科書でぽんと私の頭を叩いた。
「まあ、もうすぐ文化祭だからな。浮かれる気持ちもわからんでもないが、受験生なんだから勉強も大事だぞ。とりあえず、俺の授業だけは寝ないでくれ」
「せんせー、でも古典て一番眠くなるんですけど?」
拓巳が、後ろから茶々をいれる。
「ほほお、拓巳はどうやら走り足りないとみえるな。目を覚ますために、校庭10周ほどしてくるかー? うーん?」
「『史記』についての山崎先生のご高説を承りたいです。ええ、ぜひとも」
真面目に言った拓巳に、また教室がわいた。
ちらりと窓際に目をやると、由加里がしたり顔で笑っていた。あちゃー。
いかん。目を覚ませ、私。
ぽんぽんと自分の頬を叩いて、前を向いた。
☆
それからは、よく教室で秋葉さんをみるようになった。宮本も、積極的に喜ぶわけでもないけれど、かといって断るわけでもない。
でれでれしちゃってさっ。はっきりしなさいよっ。と思う反面。
私の目から見ても、秋葉さんはかわいい。小柄で、ふわふわした茶色っぽい髪が笑うとよく揺れる。大きい目はいつでもいきいきとしていて、意志の強そうな光が宿っている。
くやしいけれど、あんなかわいい子に言い寄られて、悪い気のする男なんていないよね。
「またあ」
メニューに色を塗っていた由加里が、つぶやいた。
「え?」
「みちるのため息。気になるなら、告白しちゃえばいいのにい」
言われて、手元のメニューに視線をおとす。全然、作業は進んでいなかった。
今更由加里相手にごまかすのもめんどうで、私はさらに一つため息を追加した。
「だって、別にそんな好きとかじゃなくて……」
「あの状況を見てため息をつくようならあ、それはもう、好きっていうことなの」
あの状況。今度はふつふつと怒りがわいてくる。
今日は半日で授業は終わりになって、午後は明日からの文化祭の準備の時間になっている。その時間のはずなのに、なぜ、あの娘はまたうちの教室に来ているかなあ?!
背後でなにやら話し込んでいる二人を視界にいれないように、ぐりぐりと力を込めてメニューに色を塗りだした。
うちのクラスは、イマドキのメイド&執事喫茶だ。私と由加里は、ひらひらふりふりのメイド服を着ることになっている。莉奈も美人だから接客係に推されたんだけど、彼女の身長にあう服がなかったので、大方の期待を裏切って裏方に収まってしまった。ちなみに、今は委員会の方へ行っていて教室にはいない。彼女は図書委員だ。
「私が今更好きですなんて、冗談にしか思われないよ」
「そおかしらあ。言ってみなきゃ、わからないわよお」
「わかるわよ。あんなかわいい子に好きだって言われてもOKしないじゃない。私なんか、とても」
「好きだって、言われてないらしいわよお?」
「え?」
ペンを持った手をとめて、顔をあげる。
「宮本が言ってたけどお、好きだって言われれば断ることもできるけど、そうじゃないんだってえ。ただ一緒にお話しているだけ、って体裁をとっているから対応に困るんだってさあ。あの娘、かなりしたたかよお」
「由加里、それ宮本に聞いたの?」
「おせっかいだったあ?」
にんまりと笑う。思わずその顔を見て、吹き出してしまう。