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「これ、ありがとな」
そういって手にしていたノートを渡された。リーダーのノート。昨日貸しておいたやつだ。
「ああ……うん」
「助かったよ。やっぱ高瀬のはわかりやすいな」
そう笑って席へ戻ろうとする宮本に、由加里が声をかけた。
「ねえ、さっきの1年生、秋葉さんでしょお? 彼女?」
その名前を聞いて、宮本があからさまにぎょっとする。
「か、彼女なんかじゃない! 絶対に!」
「あらあ、でも一緒に帰ろうとかなんとか、ずいぶん、親しそうねえ」
にっこりと言う由加里は、ぼええんとしているようで案外押しが強い。
「う、聞いてたのか……」
「聞こえちゃったのよお。でえ?」
ちらちらとこっちを見ながら、宮本がぼそぼそとしゃべった。
「いや、なんだか知らないけどよー、夏の頃からちらほらと顔を見るようになってさー。別にだからどうってことないぜ? 向こうが勝手に声かけてくるだけで……」
「ああ、あの時の」
なるべく平静を装って答える。
宮本は今年の夏、うちの学校からインターハイに出場した連中の中で、一人だけ全国優勝という座を勝ち取った。それで一時期はファンクラブができるほどの騒ぎになったんだけど、部を引退して秋になるころにはすっかりそれも影をひそめていた。ふーん。あの生き残りか。
「そのわりには、鼻の下のびてたじゃない」
とは言うけど、私は後ろ向いてたんだから、どんな顔してたかなんて見てない。見たかないわい、そんなもんっ。
「ええっ? そんなこと……」
「授業始まるよ。早く席につけば?」
私が言った途端、本鈴が鳴った。宮本は、まだ何か言いたそうだったけど、さっさと授業の準備を始めた私に、あきらめて席へと戻っていった。
「みちるちゃん、素直じゃない」
くすくすと莉奈が笑う。長髪色白美人の莉奈がそうやって笑うと、美人と言うよりもかわいいという形容詞が似合うような表情になる。
それはともかく。
「なによ。私はいつでも素直よ」
「はいはい」
前の席の莉奈は、とっくに授業の用意が終わっていた。由加里も気が付けば席に戻っているし。
「あんまり宮本君、困らせないでね」
微笑みながらもたしなめるような顔の莉奈に、ぶーっとふくれてみせる。
なによお。自分が拓巳とらぶらぶだからって、余裕だなー。
ぶちぶち思いながら、前を向いた莉奈の濡れたような黒髪をみつめる。
余裕、か。
知ってる。莉奈だって、拓巳とうまくいくまでには、泣いたこともこじれたこともあること。だからこそ、今は落ち着いた付き合いをしていることも。
二人を見ていると、一緒にいることがしっくりしていて、時々うらやましくなる。
私と宮本じゃ、そんな風にはならんだろうなあ。莉奈と拓巳のこと聞いたのは確か……
莉奈の相談を思い出して、あわてて頭を振る。うわあ、真昼間から恥ずかしいこと思い出しちゃった。
大体、別に宮本のこと、好きっつーか、そんなんじゃなくて、ちょっと気になるだけで、だからどうなろうとか考えてるわけじゃなくて、ただ、面白いやつだなー、とか、一緒にいると楽しいかなーとか、走ってるとこはちょっとかっこいーなーとか……
「高瀬?」
呼ばれて我に返ると、山ちゃんが目の前にいた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
ふと周りをみれば、クラスメイトの目が全員私に注がれていた。
いつの間にか、4限が始まっていたんだ。