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「え……?」

 宮本の腕から逃れようともがいていた私は、耳に入ってきた言葉にぴたりと動きを止めた。


 今……なんて?


「俺のこと嫌いでもしょうがないけど……これだけは信じて。俺が一番大事にしたいのは、高瀬なんだ」

「だ……って、秋葉さんは……?」

「昨日、ちゃんと話した。好きなやつがいるから、困る、って。納得してくれたと思ってたから、さっきのはびっくりした」

 じゃ、あれは、秋葉さんが勝手に……?


 へなへなと足から力が抜けて、その場に座り込んだ。それでも宮本が私を離さなかったから、二人で一緒に暗い廊下へと座りこんでしまう。

「高瀬が、好きだ。ずっと。それだけ伝えたかった」

 私の肩に顔を伏せて、宮本がはっきりと言った。

 好きって……私を? 

 体中から力が抜ける。

 じゃ、宮本の言ってた「話」って……


「……そ、よ…………」

「え?」

「嘘よ……嫌いなんて……」

 何も考えられなかった。ただ、涙が流れる。

「私も、宮本が好きなの……」

 耳元で息をのむ気配がして、宮本が顔をあげた。

「本当に……?」

「うん」

「本当に!?」

 腕をほどいた宮本が、わたわたと私の前に回った。

「本当に、俺のこと……?」

 思いっきり目を見開いた宮本は、ドレスアップしていてもいつもの宮本で。

 そう。これが、私の好きな人。

「好き」

 ぽかんとした顔が、服装とアンバランスで妙にかわいい。

 そう思ったら、今度は笑いが止まらなくなった。


「そ、か。……そっか」

 呆けたような顔で、宮本も、ぺたんとその場に座り込んだ。私につられたのか、宮本も笑いだす。ひとしきり二人で笑うと、宮本が微笑んだまま言った。

「やっぱり高瀬は、笑っている方がかわいいよ」

「何言ってんのよ。今日の宮本はおだてすぎ……」

 言いながら自分の頬に手をあてて、はっ、と思い出した。

 そういえば私、今日ばっちりとメイクしてたんだ!


「やー! 見ちゃだめ! メイクが……!」

 あわてて、両手で顔をかくした。

 ひややややややー、さんざん泣いちゃったよ。今私、どんな顔してんだろ。

 その私の両手首を、宮本がそっとつかんだ。

「顔、見せてよ。大丈夫、きれいだから。な? ……みちる」

 ふいに、名前を呼ぶから。

 両手を静かに開かれても、抵抗もできなくて。

 宮本の顔が近づいてきても、目を閉じることしかできなくて。


  ☆


「ここにいたのか」

 中庭の片隅に拓巳たちをみつけて、宮本は声をかけた。大音量のBGMの中で、大勢の参加者達が踊っている。夜の中庭は、ライトで照らされて昼間のように明るかった。その明るさの中から少しだけ離れたところに、3人はいた。

「みちるはあ?」

「更衣室にいる。二ノ宮に来てほしいって。ずいぶん泣いたから化粧直して欲しいんだってさ」

「誰が泣かしたの?」

 ぎんっ、と由加里ににらまれて、宮本が肩をすくめる。

「俺。でも、そのあとちゃんと笑わせたから」

「ならいいわあ。ちょっと行ってくるう」

「あ、私も行く」


 由加里と莉奈はそれ以上聞くこともなく、連れだって校舎の中へ消えた。宮本の隣をすれ違う時に、二人とも無言で笑顔を彼に送った。それにやはり無言の笑顔で答える宮本に、拓巳がその口元を指さす。

「それ」

「はい?」

「お前もふいとけ。ついてるぞ、口紅」

 ばっ、と宮本があわてて腕で口元を隠す。そのままごしごしとシャツの袖で唇をぬぐった。

 しばらくは、二人で何も言わずに踊る影たちを見てたたずむ。

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