- 10 -
「え……?」
宮本の腕から逃れようともがいていた私は、耳に入ってきた言葉にぴたりと動きを止めた。
今……なんて?
「俺のこと嫌いでもしょうがないけど……これだけは信じて。俺が一番大事にしたいのは、高瀬なんだ」
「だ……って、秋葉さんは……?」
「昨日、ちゃんと話した。好きなやつがいるから、困る、って。納得してくれたと思ってたから、さっきのはびっくりした」
じゃ、あれは、秋葉さんが勝手に……?
へなへなと足から力が抜けて、その場に座り込んだ。それでも宮本が私を離さなかったから、二人で一緒に暗い廊下へと座りこんでしまう。
「高瀬が、好きだ。ずっと。それだけ伝えたかった」
私の肩に顔を伏せて、宮本がはっきりと言った。
好きって……私を?
体中から力が抜ける。
じゃ、宮本の言ってた「話」って……
「……そ、よ…………」
「え?」
「嘘よ……嫌いなんて……」
何も考えられなかった。ただ、涙が流れる。
「私も、宮本が好きなの……」
耳元で息をのむ気配がして、宮本が顔をあげた。
「本当に……?」
「うん」
「本当に!?」
腕をほどいた宮本が、わたわたと私の前に回った。
「本当に、俺のこと……?」
思いっきり目を見開いた宮本は、ドレスアップしていてもいつもの宮本で。
そう。これが、私の好きな人。
「好き」
ぽかんとした顔が、服装とアンバランスで妙にかわいい。
そう思ったら、今度は笑いが止まらなくなった。
「そ、か。……そっか」
呆けたような顔で、宮本も、ぺたんとその場に座り込んだ。私につられたのか、宮本も笑いだす。ひとしきり二人で笑うと、宮本が微笑んだまま言った。
「やっぱり高瀬は、笑っている方がかわいいよ」
「何言ってんのよ。今日の宮本はおだてすぎ……」
言いながら自分の頬に手をあてて、はっ、と思い出した。
そういえば私、今日ばっちりとメイクしてたんだ!
「やー! 見ちゃだめ! メイクが……!」
あわてて、両手で顔をかくした。
ひややややややー、さんざん泣いちゃったよ。今私、どんな顔してんだろ。
その私の両手首を、宮本がそっとつかんだ。
「顔、見せてよ。大丈夫、きれいだから。な? ……みちる」
ふいに、名前を呼ぶから。
両手を静かに開かれても、抵抗もできなくて。
宮本の顔が近づいてきても、目を閉じることしかできなくて。
☆
「ここにいたのか」
中庭の片隅に拓巳たちをみつけて、宮本は声をかけた。大音量のBGMの中で、大勢の参加者達が踊っている。夜の中庭は、ライトで照らされて昼間のように明るかった。その明るさの中から少しだけ離れたところに、3人はいた。
「みちるはあ?」
「更衣室にいる。二ノ宮に来てほしいって。ずいぶん泣いたから化粧直して欲しいんだってさ」
「誰が泣かしたの?」
ぎんっ、と由加里ににらまれて、宮本が肩をすくめる。
「俺。でも、そのあとちゃんと笑わせたから」
「ならいいわあ。ちょっと行ってくるう」
「あ、私も行く」
由加里と莉奈はそれ以上聞くこともなく、連れだって校舎の中へ消えた。宮本の隣をすれ違う時に、二人とも無言で笑顔を彼に送った。それにやはり無言の笑顔で答える宮本に、拓巳がその口元を指さす。
「それ」
「はい?」
「お前もふいとけ。ついてるぞ、口紅」
ばっ、と宮本があわてて腕で口元を隠す。そのままごしごしとシャツの袖で唇をぬぐった。
しばらくは、二人で何も言わずに踊る影たちを見てたたずむ。