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「宮本せんぱーい」
それは、ちょうどお昼を食べ終わった頃だった。
いつものように莉奈と由加里の三人で机を囲んで、来週にせまった文化祭の話をしていると、妙に甲高い声が教室に響いた。
ちらりと振り返ると、後ろの扉から教室をのぞいていたのは、くりんとした目のかわいい女生徒だった。見たことないな。リボンの色からして、1年生。ただ、その呼んだ名前が……
宮本?
「秋葉さん」
宮本ががたごとと立ち上がるのが聞こえて、あわてて正面に向き直る。けど、それでも背後から二人の会話が聞こえてきてしまった。
「いやだ、先輩。幸子って呼んでくださいっていってるじゃないですかあ」
甘ったれたような話し方が鼻につく。
「どうしたの、こんなとこまで」
「さっき、調理実習で作ったんですう。これ。先輩に食べてほしくて、一生懸命作りました! うふ」
なにか、がさがさと包みを渡している気配。あ、ども、とかなんとか、宮本がもごもご言っているのが聞こえる。
「それでえ、今日、一緒に帰れませんか? プリンのおいしいお店があるんですよお」
一緒に?! なんなの、この娘!
「あー、いや、今日は、その……そう! 拓巳と買い物に行く予定があって。うん。だめなんだ。な、拓巳」
「えっ?! あ、うん。そうだっけ」
「えー?」
わざとらしくふくれる声。
「じゃあ、明日は……」
「ほら、ちょっと今模試がたてつづけにあって、しばらく暇はないなあ」
「そうですかあ。残念です」
ちょうどその時、4限の予鈴がなった。
「じゃあまた、メールしまあす」
帰ったようだ。なんだったんだ、今の。
「みちる」
はっと気づくと、莉奈と由加里がじっとこっちを見ていた。
「あ、えーと、なんだっけ。文化祭の……」
「気になるのお? 今の娘」
由加里が私の背後を指さしながら聞いた。
とろんとしたしゃべり方はさっきの娘と一緒だけど、由加里のこれは生来の舌足らずのせいだ。断じて、あの娘と一緒じゃないっ。
「別にっ」
「今更私たちの前で無理しなくてもいいわよお。あれ、1年の秋葉さんね」
「由加里、知ってるの?」
思わず身を乗り出す。
「秋葉不動産の娘よお。付き合いはないけど、顔は知っているわあ」
ここ、私立鷹ノ森高校は県内でも難関の進学校だけど、歴史のある学校なのでお嬢様お坊ちゃまがごろごろいる。由加里は二ノ宮財閥の一人娘だし、宮本は老舗の布団問屋のあととり。私みたいな一般家庭の人間も多いけどね。
「なんで、その娘が宮本君に?」
莉奈が小首をかしげる。そうよね。私もそれを聞きたい。
「それはあ、本人に聞いてみればあ? ねえ、宮本」
由加里の視線を追って振り返ると、話題になっている当人がそこに突っ立っていた。
「あ?」
いきなり振り向いた私に、宮本はきょとんとして動きを止めた。
「何よ」
そんなつもりもないのに、どうしても声がとがる。
いけない、いけない。これじゃ、さっきのを私が気にしているみたいじゃない。