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3



――――――…



 船員の一室を借り受けたそこが、アールとリュウの部屋だ。

 申し訳程度のノック後、返事も待たずに開けられるドアから室内に入る自分たちに、リュウは視線だけ向けてまた手元の本へと戻す。


 部屋の隅のベッドでアールは今もまだ眠っている。呼吸はしているものの、一度も目を覚ましていない。

 今後どうなるかは、誰にも分からない。一応船医が診たものの、外傷はなく処置のしようがないとのことだった。


 リュウは簡素なテーブルと椅子に腰かけて、本を読んでいた。

 異国の言葉で書かれたそれはどんな内容かすらも分からないし、興味もない。


 ふたりの所持品はその本と身に着けていた服以外すべて取り上げられ、部屋には結界も張ってある。リュウの魔力も簡易的ではあるが封じている。

 そう脱走もできないと諦めているのか、抗う素振りも脱走する素振りもここ三日見せていない。


 アールの意識が戻らない以上逃げる気はないのだろう。

 リュウは彼を置いてはいかないと立証済みだ。アトラスとの戦いをもって。


「……せめて借りぐらいは返して頂きたいものですが」

「また尋問? 飽きないね。きみ達も」


 つい零したひとり言に、リュウは目も向けずに返す。

 仮にも敵であるふたりを、助けたのはマオだ。

 仲間を、自分の命を奪おうとしていた相手を、マオは見捨てなかった。

 せめてそれに報いる気はないのか。


 リュウは一切、情報を喋らない。すべて拒否で黙秘。

 本国の状況が分からないならせめて、敵国の情報を少しでも掴みたい。そんな思いはリュウに煙に巻かれている。


 半ばリュウから情報を聞き出すことは諦めてしまっているのが現状だ。

 もはや捕虜の様子確認と、結界の状態確認の為だけにこの部屋を訪れていると言っていい。


「……聞きたいことが、あるんだけど」


 ぽつりと。零したのは隣りに並んだイリヤだった。

 リュウはちらりと視線を向けたものの、無言で続きを促す。


 イリヤは若干むっと頬を膨らませ、だけどすぐに肩を落とした。

 皆、疲弊している。怒る体力すらもったいないのだ。


「きみが着ている服……もしかしてマオと、同じもの?」

「……!」


 イリヤの口から出た言葉は、自分には予想外のものだった。

 本人は至って無反応。否定も肯定もしない。


 確かにリュウは異国の服を着ている。纏っていたローブは没収したので、現状はそれがより明らかだ。

 我々の国とも、アールが着ているようなアズールの服とも少し違う。

 異国だとは思っていた。けれど、まさか。


「……何故そう思う」


 本から目を逸らさずに、リュウがイリヤに問う。

 その失礼な態度にも、イリヤは冷静だった。


「マオの服にあった紋様と、同じものがきみの服にもあるから」


 答えたイリヤに、リュウは鼻を鳴らしパタンと勢い良く本を閉じた。

 「ただの校章だ」と、小さく呟いて。

 それからようやく、体をこちらに向ける。


「そうだ。俺はマオと同じ世界、おそらく同じ場所から来た。それが何だ」

「帰らないの? おそらく機会はあったんでしょう。きみには膨大な魔力もセレスも居る。トリティアがあちらの世界との扉をいくつも繋いでいるのを、感じていたはず。その瞬間とききみなら帰れたはずだよ。なのに、どうして」

「帰りたければとっくに帰っている。俺は自ら望んでこの世界に居る」

「うそ」


 間髪いれぬイリヤの言葉に、ようやくリュウがその心を覗かせた。

 苛立ちと憤り。イリヤをきつく睨みつける。


「だったらどうして、その服を脱がないの。棄てないの。未練の証拠でしょう。それから、これも」


 イリヤが手に持っていたのは、手の平サイズの鉄の箱。

 鉄とは違うものだとは分かっているが、この世界にはないそれは、確かマオも持っていたものだ。

 一度だけ見せてもらったことがある。

 リュウの所持品の中にもあったそれ。自分は気にも留めなかったが――


「マオが、言ってた。これはまだ、自分の世界と繋がっているって。マオのは、こっち」


 言ってイリヤがもう片方の手を翳す。色や形は多少異なるが、同じものがそこにあった。

 マオの世界での、通信媒体。その仕組みは自分達には全く理解できないが。

 リュウがを大きくし、食い入るように見つめている。


「きみもまだ本当は、繋がっているんじゃないの。断ち切れていないんじゃないの」

「……バカな。特に深い意味はない。便利だから、棄てていなかっただけ。服もそうだ。何を勘違いしているか知らないが……」

「きみにまだ未練があるのなら……! マオを連れてもとの世界に帰ってよ! これ以上マオが、傷つく前に……!」


 イリヤの叫びに、リュウが目を丸くした。

 ぼろぼろと。その琥珀色の瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。


「マオはきっと、優しいから……! また勝手にボクらの責任を負って、命を背負って。そうしてきっと、戦線に立つ。戦争が始まってしまったら……マオはボクらを置いてはいかない。絶対に。でも、それじゃあ……!」


 ぐ、と。知らず拳に力が篭る。 

 イリヤの言う通りだ。


 きっと、マオは。

 もうこれ以上失わない為に、誰かを傷つけない為に。

 自分を傷つけるのだ。

 一度失った恐怖故に、今度こそその身を呈してでも。


 だけど、そんなこと誰も望んでいない。

 少なくともこの船の上に居る者は、誰も。


 イリヤは感情を鎮めるようにはあ、と息を吐き出してから、ごしごしと自分の袖で涙を拭く。

 それから、リュウの顔をまっすぐ見据えた。

 リュウもその瞳を逸らさない。


「これが本当に大事なものじゃないのなら、ボクが海に棄ててあげる。だけど返して欲しいなら……取引だよ、リュウ。もし、その機会があった時……できれば戦争が始まる前に。マオをこの世界から逃がしてあげて。連れて帰って。家族のいる、もとの世界に」




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