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―――――…


 水桶いっぱいに、不揃いな結晶が溢れていた。

 少し前に、マオが作った結晶だ。クオンはそれを眺めて目を細めた。


 この世界の人は、特に魔導師はそれを″貴石”と呼ぶ。

 形は不揃いでも海の神の力を経て精製されたそれは、海で採れる貴石よりもはるかに魔力を有している。


 海で採れる貴石は″神の鱗”と呼ばれ、剥がれ落ちる拾いもの――つまりは不規則に落とされる魔力の欠片。副産物に過ぎない。

 意図して加護を込める貴石を、自分はこれまで知らなかった。今目の前に見るまで。


 当たり前だ。神と接触をできるのは、これまで唯一王族のみとされてきたのだから。


「……本当に、″神の力”……なんですね」

「なにをいまさら」


 落としたクオンのつぶやきに、イリヤがあきれたように返す。


 もとは海水、作ったのはまだ半人前の神(マオ)

 それも未だクオンにとっては完全には理解し難いのだ。


 マオが、ただの神を宿す依り代ではなく、神そのものだあなどと。


 確かにそれまでマオの力として認識していたトリティアの魔力と気配は、今はマオを離れつつあった。

 それとは別の、自分たちとは異なる異質な気配を肌で感じている。

 それがマオという未知なる神の存在だというのは、自分の中には受け容れがたい事実だった。


 体は人より、魂は神より分け与えられた今まだ覚醒しきらぬ神。

 そんな存在がかつていただろうか。この世界に。

 古くからた神々でなく、この海に新しい神が生まれるなどと。

 そんな歴史を、自分は知らない。


 今自分は、とんでもない瞬間に立ち会っているのではないか。

 そんな気にさせられる。何かとてつもないことが、この海で起きているのだと。

 

 頭の中で考えを巡らせながら、クオンは結晶の桶からそれを手の平にひと掬いし、それぞれに魔法で小さな穴をあけ、すぐ脇の別の桶に移す作業を繰り返していた。

 目の前でイリヤは鼻唄混じりでその穴のあいた結晶にひとつずつテグスを通し、程よい長さで端を結んでいく。

 貴石のブレスレットのお守りであり、これだけでも強固な盾となるだろう。

 船の船員の数だけこれを用意するのが今日の目標だった。

 

 そしてもうひとつ。

 護りのまじない刺青いれずみ

 実際に彫るのではなく、顔料に特別な染料を混ぜて色持ちを良くしたもの。

 それを露出する肌や身体の急所に紋様としていれ、海では魔除けのまじないとしているらしい。


 船乗りたちの暗黙の儀式で、この船の船員の体にも多く見られていたものだ。

 通常のそれにマオの結晶を砕いて溶かしたものを混ぜ、刺青をいれる。

 

 この加護は、そう容易く侵せないだろう。

 例え海の神といえども。


 マオと自分でそう結論付け、マオは刺青用の顔料作りにと結晶の半分を持ってレイズの元へ行ったきりだ。

 貴石のブレスレットを作る作業を、自分とイリヤで引き受けた。

 船員は全部で30人も居ない。

 地道に見えた作業も、そろそろ終わりそうだ。


「マオと、クオンと、それからボク。それぞれの魔力を介して作られた貴石のお守り。強固で豪華だ。高く売れそう」


 無邪気に言ったイリヤがブレスレットを光に翳す。

 彼女の力は本物だ。今までは不審だったその存在だが、認めざるを得ないだろう。

 彼女が歌うと、貴石が躍るのだ。その身に宿す光として。


「……なぜ、あの話をマオにしたのですか」

「なぜって?」

「今マオは、表にこそ出さずとも、不安定です。いたずらに不安を煽らないで頂きたい」

「あは、クオンもマオのこと、よく見てるんだねぇ」


 ころころと、鈴のころがるような笑い声。

 一緒に居ると身に滲みて感じるようになった。

 声を取り戻して以降のイリヤは、おそらく日に日に魔力が増している。

 声と共に、他に封じられていたものがあったのか。


 彼女の魔力は声に乗る。

 周りの者にも影響を与える声。

 かつての神が魅入る声音。


「言ったでしょう。伝えるのがボクの役目だと思った。だから伝えた」

「……マオは、少なくともこの国を見捨てることはしませんよ。あなたも分かっているでしょう」

「国王さまに惚れてるから?」

「……!」


 イリヤの言葉に、思わず詰まる。

 マオの為に、ジェイド様の為に。

 何か返さねばと思うのに、何も返せない。


 イリヤはマオとジェイド様の関係を深くは知らないはずだ。自分も話していない。

 ただこの国を救う為に、異世界より招かれた存在と、それを喚んだ国王。そうとしか。


 イリヤのことは、マオが突如自分の世界に戻った際に自らジェイド様に伝えた。

 マオの意向も汲んだ上で、業務報告ではなく個人として。

 イリヤの存在と今後については適宜様子見、保留というのがジェイド様の判断だ。


「……マオにその気はないと。そう言っていました」

「まさかクオンそれ本気で信じてるの? それとも気付かないふり? 今ここでマオの心を繋いでいるのは、会えない王さまと、かろうじて傍でマオをこちら側にろうとするレイズの存在だよ。だけど皮肉だね。レイズの想いは、マオに神さまとしての自覚を強くした」

「……こちら側、とは」


 この世界のことだろうか。

 マオはやはり、はやくもとの世界に戻りたいと、そういうことだろうか。


 答えを出せない自分に、イリヤはまたおかしそうに笑った。

 その細い指先で、残った結晶のひとつを摘まみ上げる。

 日の光に反射するそれと、異様なまでに美しいイリヤの横顔。まるで人ならざる者のような――


「トリティアがもうすぐマオの体を離れる。そうしたら後はマオの心次第になる」


 イリヤは、それを。

 おもむろに開けた自らの口の中に、ぽとりと落とす。


 思わずその光景に目を瞠る。

 こくりとその細い喉が鳴り、それから服を捲りあげて肌を顕わにした。


 そこには淡く光る青い紋様。

 レイズがイリヤにいれていた、呪。

 貴石と刺青が加護を強くするとは、こういうことなのか。 


「なるほどね、レイズもきっとこれで気付いたんだ」

「……どういうことですか」

「神から零れるもの、貴石をその身に宿す。それが崇拝、信仰の体現。レイズもマオの結晶を食べたんでしょ、きっと。レイズならやりそうだもん。また勝手にキスでもしたんじゃないの、マオが弱ってるとこにつけこんでさ」


 不服そうに言い捨てているが、そういう自分はどうなんだ。

 そして、キスとは。

 また、とは。


 イリヤの突拍子もない行為と発言のせいで、上手く言葉すら出てこない。

 だけど次の瞬間、イリヤがふとこちらに視線を向ける。

 琥珀色の瞳を、まっすぐに。


「この世界に居る限り、マオは選ばなきゃいけない。人として生きるか、神さまとして信仰を糧に生きるか。神さまになんかなっちゃったら、そこはボクらの手の届かない世界だ。マオは戦っちゃいけないんだよ。力を持っちゃいけない。この世界の為に、自分を捨てる必要なんてないんだ。恐怖を植え付けないでどうするの。自分の力に奢って、すべてマオに頼って、本当にマオに救ってもらうつもり? マオには帰る世界があるのに。売られたボクを救ってくれたのはマオだ。ひとりの人間、偽善的で、でも優しい、ひとりの女の子の心だ。神の力なんかじゃない。ボクはマオを死なせたくない。クオン、あなたは? マオにここに、居てほしくないの」



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