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 幼い頃、いくつかの読んでもらったこども向けの絵本。

 お姫さまと王子様の、ハッピーエンドのおとぎ話。

 かわいくて誰からも愛される物語のなかのお姫さまに、女の子はみんな憧れてた。


 でもわたしは、お姫さまよりも魔法使いのほうが好きだったし、ただ王子様を待つよりも、自分で道を切り拓くヒロインのほうが好感がもてた。

 でも、今ならなんとなく、〝みんな〟の気持ちが分かる気がする。

 本物のお姫さまの姿を見た、今なら。



「これは、前回アズールフェル王族が公式訪問した際の映像です。もう2年も前の記録映像になりますが」


 薄く張った水面が、ゆらりとクオンの魔法を投影する。

 そこに映っていたのは、女の自分でさえ息を呑むほどの、美しい女の子。

 綺麗という言葉だけでは形容しがたい。

 洗練された金色の髪、ひとつの狂いもないような丹精な顔立ち、その微笑み。

 豪華でありながら主人をひきたてるドレスも、髪の毛先から流れるドレスの裾まで、まるで見えない光を纏っているように輝いて映った。


 このひとが、アズールフェルの第一王女。

 シアの、婚約者。


「アズールフェル・ラ・ミエル・シルビア様は、アズールフェル国王の唯一のご息女様になります」

「……まって、じゃあもし、シアがこの人と本当に結婚したら……国はどうなるの?」


 だって、シアは。

 シェルスフィアのさいごの――


「婚姻の条件は、陛下がアズールフェルに下ること。必然的に、この国はなくなります。もとよりこの婚姻を受け入れなければ、戦争によって亡ぼされる。だから陛下はこの婚姻を一度退けています。戦争をご覚悟で」

「じゃあ、どうしてこの人がこの国に?」

「分かりません。現・アズールフェル国王は、もとよりシルビア様に国を継がせる為のご教育をされてきたと聞きます。シルビア様自身も、幼い頃より国政に関心してきました。そのお覚悟のある方が、この時期にごく内密に来られた。おそらく戦争に関する何らかの交渉をしに来たのかと思われますが……」


 アズールフェルの、国王――


 ふと、何かが頭の片隅でひっかかる。

 そうだ、この言葉を、前にも誰かが言っていたような…



――『僕はアズールの王になる』



「……ジョナス、殿下」


 そうだ。確かにそう、言っていた。

 シェルスフィアを追われ、今はアズールに居るひと。

 国を手にいれる為、神の力を狙っている――


 シェルスフィア・シ・エル・ジョナス。


 シアの、お義兄さん。

 シアにとってたったひとりの、最後の家族。


 あたしの落とした呟きに、隣りのクオンの空気が冷たく張りつめるのを感じた。

 ピリピリと、その不安が。すぐ近くであたしの肌を刺している。


「……きっと、居る。シアに、会いに」

「……ありえません。城にはリズ様の結界があります。それにリシュカ殿も居ます。……ありえません」


 そう言ったクオンの語尾が、僅かに震える。

 否定しきれない悪い予感が思わず滲んで零れていた。


 伝染するようにそれは、あたしの胸の内側まで黒く溜まっていく。

 あの人は、国境の結界を越えてアクアマリー号に奇襲をかけた人物だ。


 喉元まで込み上げる不安に、思わずあたしはクオンの腕に縋った。


「クオン、クオンだけでも城に戻って……! クオンなら魔法で跳べるでしょう?!」

「……距離が、遠すぎます。魔力の消費が激し過ぎて、こちらに戻ってこられなくなります。私の、陛下から仰せつかった役目は、貴方を――」


 あたしの手を握り返すクオンの手に、見てとれる焦燥。

 誰よりも側に仕えたいのは、あたしなんかじゃないはずなのに。

 きっと誰よりもクオン自身が、その手でシアを、守りたいはずなのに。


「いいよ! クオンの主人はシアでしょう?! シアに何かあったら……!」


 もう殆ど、自分の感情の波に呑まれかけていた、その時だった。

 ふと、周りの音が一切止んで、自分の声すら聞こえない中、透明な羽音が耳に届いた。


『要らん。余計な心配だ』


 その場に居た全員が、声のする方――窓を振り返る。

 そこにはシアの、白いカラスが居た。

 淡く光を放つカラスが、その透明な瞳をあたし達に向けている。


「シア!」

『……よく戻ったな、マオ。顔を見れて安心した』

「シアこそ大丈夫なの……?! アズールの王女さまがきてるって……!」

『大丈夫、ではないが、お前たちが心配することではない。何よりこの城内で、おれが殺されるなんてありえない』


 シアの姿は見えないのに、その口ぶりにそう話すシアの姿が目に浮かんだ。

 いつもと変わらないシアの様子に、思わず安堵の息が漏れて全身から力が抜けるのが分かった。


『こちらのことより、お前たちこそ充分に気をつけろ。リズからの助言を伝える。北の海に今いる神は、マオ、お前の中にいるトリティアだけだ』

「……どういうこと?」

『それは分からん。本来なら海にはその海を領域とする海神が複数いる。ただ、何らかの理由でその海には今、結界どころか神の加護すら存在しない。海の魔導師達は、海の神の加護を触媒に魔力を引き出す者が殆どだ。力を制御するのも解放するのも、海神の加護と貴石を糧とする。今すぐ船の全員に、貴石を持たせろ。そこにマオの加護を施せ。神と神の力がぶつかったら、人間にはとても太刀打ちできない』

「ええと、難しくてよく分からないんだけど」

『クオンは理解したはずだ。クオンに従え。今日はもうこれ以上話す時間がない』


 言ったそばからその光が、失われていく。

 本当に取り急ぎの要件のみを、伝える為にきたみたいだ。


 だけどカラスが飛び立つ気配はないことから、おそらく以前のように交信はできずとも、カラスだけは交信魔法の媒体としてここに残るのだろうということが伺えた。

 なぜだかそれだけで無性にほっとした。


 そのカラスが最後に、始終空気に徹していたイリヤの方にくるりと視線を向けた。

 その瞳に、視線に、イリヤがぎょっと飛び上がる。


『お前がイリヤか』

「え、えぇっ?! そ、そうだけどぉ……っ」


 状況についてこれていないイリヤは、おそらく今自分が誰と話しているのかも、理解できていないのだろう。

 あたしの背中に隠れきれていない体を必死に小さく縮ませて居る。


『マオは必ず、お前との約束を守る。だからお前も、マオを守れ。話はそれからだ』


 その言葉を最後に白いカラスは沈黙し、シアとの交信は途絶えた。

 思わず3人、顔を見合わせる。それぞれ複雑そうな顔。


 それでも嬉しかった。ほんの少しだけでも、シアと話ができて。

 不安要素はいろいろあるけれど、でも。

 シアの声を聞けただけで、胸の内の不安が和らいだのも事実だった。


「――今のが、お前らの主人ってわけか」


 ふと沈黙に降ってきた、その声は。



「――レイズ!」



 いつの間にか薄く開いたドアの向こう。

 その藍色の鋭い瞳が、ひたりとあたしを見据えていた。



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