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「……イリヤのこと、ありがとう。受け入れてくれて」

「ご命令ですから」

「そのことも、ごめんなさい。本当はあたしにそんな権限はない。シアはあたしに、命の危険がある時にあれで身を護れと言っただけだから。だけどあの場でああするしかなかった。あたしの言葉じゃ、クオンの心には届かないから」


 クオンが従ったのは、シェルスフィア王家の紋章の下にだ。

 それはもはやこの国最後の王族となった、シアの名の下に。

 自分が仕える主の為に、あたしなんかに折れたのだ。


「シアには、あたしから言う。シアに隠し事がしたいわけじゃないし、シアには全部報告するって約束だから。でもクオンがそれをすると、シアはイリヤを無視できなくなる。だからどうしても、あたしから話したかった」

「……貴女も、ジェイド様の従者でしょう」

「あたし? 違うよ、従者ってわけじゃない。あたしにはクオンとシアみたいな関係は築けないし、なろうと思ってもきっとなれない。だってあたしはこの世界の人間じゃないもん。シアの力になりたいし守れたらとは思うけど、多分きっと、その隣りに居ることはできない」


 選べば未来はいくらでも。イリヤにそう言った心に嘘は無い。

 だけど。

 選んじゃいけない未来もある。

 それもちゃんと、分かっていた。


「……ジェイド様を、お慕いしているのですか」


 クオンの口から出た言葉に、あたしは一瞬だけ固まって、だけどすぐに笑い飛ばす。


「まさか! いろんな意味でそれは無いよ。シアにはもっと相応しい人が居るだろうし、シアのことは好きだけど恋とか愛じゃない。流石にそれくらい、自分で分かってる」


 隣りに居るクオンの顔は良く見えない。

 あたしから視線を逸らしたのだから当然だった。

 だけどあたしの頭のてっぺんあたりに、クオンの視線が突き刺さる。


「……シアには、死んでほしくない。それだけだよ」


 一番確かなのは、それだけだ。

 シアに対するあたしの想いなんて、それだけで良い。


 選ぶ未来の中には例えばリュウが選んだように、この世界で生きていくとう道もあるのかもしれない。

 それを思う自分をもう否定しきれなかった。


 だって心はこんなにも、惹かれている。

 この世界での幾つもの出会いがきっとそうさせる。


 だけどそれはやっぱり、逃げに過ぎないのだ。

 もとの世界に戻りたくないと、自分の問題を棚に上げて。


 今のあたしはもとの世界に居場所を失くして、この世界に逃げてきただけに過ぎない。

 危険でも怖くても、自分にとって居心地の良い場所を選ぼうとしてる。


 だからこそシアをその理由にするのだけは嫌だった。

 それ以外の理由を、今の自分は気付いちゃいけなかった。


「ね、クオン。あたしが落とした結晶って、まだあるの?」


 わざとらしいかなと思いつつも、話題を変える。

 だけどそれは、ここに来た目的でもある。


「……ありますよ。いくつか床に散らばっていたのを回収しましたので。トリティアの力の貴重な検体ですし」

「検体って、それただのあたしの涙なんだけど……まぁいいや、ちょっと出して」


 クオンはあたしの言葉に素直に懐に手を入れる。

 それを確認してあたしもポケットに入れていたものを取り出した。

 クオンが差し出した手の平には、4~5コの雫が転がっていた。


「それに小さい穴、開けられる?」

「……できますが」


 クオンは疑問に思いながらも魔法で一瞬にして小さな穴を結晶に開けた。

 それをまじまじと確認してから、ひとつずつ持っていたテグスに通す。

 テグスはジャスパーからもらったものだ。


「練習しろって、言ってたでしょう? 他のは海水の結晶なんだけど、色も同じだし良かった」


 テグスの先には、既に十数個の結晶が通っている。

 透明なそれはやはり形は不揃いで、だけど大きさだけはなんとか統一できた海の結晶だ。

 そこにクオンが持っていたあたしの涙の結晶を追加して、テグスの端と端を持ち上げる。


「手首、出して」


 クオンは何も言わず裾をまくり、左手の手首をあたしに差し出した。

 拒否されたらそれで良いと思っていたけれど、されなかったことには内心ほっとした。


「船乗りはね、新しい乗船員に自分の身に着けていた貴石や装飾品を分け与えて、一人前になるんだって」


 あたしの手首には、ジャスパーからもらったブレスレットが今もまだある。

 ――お守り。

 海で守ってくれますように、って。


「貴石には程遠いし、お守りとしても効力はあまり期待できないけど……」


 クオンの晒された手首にそれをぐるりと巻いて、テグスの端と端をきつく結ぶ。

 月と星明りに僅かな光が反射して、少しだけ綺麗だった。


 水色の結晶のブレスレット。

 クオンが手首を自分の目の高さまで持ち上げて、見つめる。



「守ろうとしてくれて、ありがとうクオン」



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