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 イリヤは一瞬だけ目を丸くし、それから呆れたように笑った。

 それは出会った時のあの笑顔に少しだけ似ている気がした。


「バカだね、マオ。ボクとあなたとでは生きる世界が違う。ボクらは人と海の間に生まれた存在だから。だからきっと一緒には行けない」

「世界が違うっていうなら、あたしだってこの世界の人間じゃないよ。こことは違う世界からきた。だけど一緒にいられないってことは無い。それはきっと、選ぶか選ばないかだけなんだよ」


 そう、結局はそうなんだ。

 選ぶのは、自分なんだ。


「少なくともあたし達は、今この世界で出会えたんだから。一緒に居る未来だって、あるかもしれない」


 それはレイズが必ず会いに来ると言ってくれたように、それを思う希望の導だ。

 望めば叶う未来のひとつだ。


「……ボクにはそんな未来ないよ。生まれた時から使命を継ぐ為にしか生かされてこなかった。それ以外の生き方を知らない。役目を終えたらきっとボクは海に消える。そういう運命なんだ」

「……どうして? それを終えたなら今度こそ、自由に生きればいいじゃない。もう何にも縛られずに」

「そこに生きてる保証はない。ボクらは存在こそが禁忌だ。だから国にすべてを奪われ、裏切られ、滅ぼされた。そうした歴史と真実をボクは継いでいる。ボクはもう……この国の人間は信用できない」


 そっと伏せられたイリヤのその目にはもう燃えるような色はなかった。

 イリヤを縛るものはもう何も無いはずなのに。

 だけどそれは目には見えない鎖のようにイリヤの自由を、未来を、縛っている。

 そうだ、あたしには。その責任がある。覚悟が要る。


「……分かった。じゃあ、あたしもいっしょに背負う」


 未来は必ず来るものだし、選ぼうとすればいくらでも、あたし達には道が用意されている。


 あの世界での学生生活は、そんな猶予期間みたいなものだった。

 道を踏み外さなければそれなりに、保証された未来が約束されている。

 ひどく甘やかされたやさしい世界。


 だけどここはそうじゃない。

 自分のしたことには必ずけじめと責任が生じる。


「だってあたしがイリヤを買ったんだもん。イリヤが抱えているもの全部込みで、あたしのモノにしたんだよ。イリヤがちゃんとあたしのモノになってくれるなら、その荷物はあたしが半分持つよ」


 いつも差し出せというレイズ。

 すべてを背負おうとするシア。

 大事なものは決して手離さないクオン。


 この世界の人たちは、自分の生き方を持っている。

 それはひとりで生きていく為じゃなく、誰かと共に在り続ける為の生き方だ。


「誰にも奪わせない。縛る鎖は断ち切ってあげる。ひとりで死なせなんかしない。イリヤが生きる場所を、隣りに望む人を、自由な未来を見つけるまで。イリヤを決してひとりにはしない」


 今のあたしを、みんなはどう思うだろうか。

 無責任だとクオンは怒る気がした。

 無鉄砲だとレイズは呆れるだろう。


 ――シアは?

 何も持たないあたしを、何ができるかもわからないあたしのことを、必要としてくれた、シアは?


 あの時差し伸べられた手を、きっとあたしは払うことなどできなかった。

 どんな状況でも、どんな立場でも。

 きっと、忘れない。


 あの時のあなたの思いに、報いる為に。

 あたしはこの世界でできることをやろうって決めた。

 もう、決めたの。ちゃんと自分で。


「イリヤじゃないとダメなの。イリヤの力が、必要なの。だから――あたしがあなたの傍に居る」

「……それって、打算だよね」


 あたしの言葉にイリヤが僅かに息も漏らした。

 呆れたように僅かに緩んだ口元が、少しだけ震えているように見える。

 だけど俯いたイリヤの表情は、よく見えない。


「ズルいね、マオ。ボクの運命は、生まれた時から孤独と共にあった。もうこの世界にボクを愛してくれるひとは誰も居ない。同じ種も、血を持つ者も、いにしえの友さえも。それでも傍に、居てくれるというの? みんなみんな、去っていってしまったのに。すべてボクに押し付けて、ボクを置いていってしまったのに。ボクの価値はもう……利用されるか死ぬしかない。何故ならボクの存在が禁忌だから。争いの種となり、海の均衡を崩す……そんな時代に、ボクはひとり生まれてしまったから」


 ぽたりと滴が床に染みを作る。それは後から後から重なって、思わずあたしは手を伸ばした。

 イリヤの口から、言葉は止まない。


「人の手に落ちたら自ら命を絶てと、母が死ぬ時に言い残した。少なくとも王族にボクの存在がバレたら間違いなく殺される。王家はボクの存在を許さない。母はそれを恐れていた。ボクという存在が、歴史の表に出るのを。母がボクに残してくれたのは、古い呪いだけ。血だけで繋いだ盟約と、しきたりと、恨みと……それだけをボクに植えつけて、母は死んだ。そうして永い時を経てようやくボクらの一族は呪いから解放されたのに……ボクはひとりでは、生きられない。だから、死ぬしかないのに……だけどボクは、それができなくて……だってボクはまだ……!」


 その華奢な身体を抱きしめる。

 温もりと命の宿る、その体。

 ひとには等しく、生きる権利がある。

 自由がある。


「死にたくなんかない……! ボクだってこの世界で、生きる場所が欲しい……! ボクが、生きていてもいい場所が……!」


 きっとイリヤが生きる世界は、この戦争の果てにある。

 シアの、戦いの果てに。


「死なせない。あたしがきっとそこへ、イリヤを連れてってあげる」



 シアはすべての国民に、共に生きようと言ったのだから。

 あたしは彼の力になる。きっと。



―――――――…



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