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『一応防護の魔法をかけてあるが、一回きりしか発動しない。それに時間が経つにつれ効力はなくなる。剣だけでも無いよりはマシなはずだ。護身用に持っておけ』
片手の平に収まる柄。同じくらいの真っ直ぐな刀身。
果物ナイフほどの、細身の短剣だ。だけど果物ナイフなんかとは違う。
柄には装飾の石が嵌めこまれ、月明かりに煌めく銀色の刃。
思わずため息が零れるくらい、綺麗な短剣だった。
『裏を見てみろ。紋章があるはずだ』
「……うん、ある」
くるりと裏返すと、金属の柄に深く刻まれた紋様があった。
どこかで見たことがある気がする。
『シェルスフィア王家の紋章だ。いざとなったらそれを翳せ。おれの名を使っても構わない。身を護れ』
きっぱりと言い放ったその声音に、胸が疼いた。
シアがここまで自分の身を案じてくれていること。
一国の国王である自分の名を容易に貸せるものであるはずがないその名前を、はたから見たら一介の小娘に過ぎないあたしに、預けてくれた。
その心にじわりと涙が滲む。
刃を鞘にしまい短剣を強く胸に抱いた。
シアの心に報いたい。
それが心の内に浮かぶ。
「……約束する。死なないよう、努力する」
『……ああ、信じている。港へはいつ着く予定だ?』
「2日後、イベルグ港って言ってた」
『わかった、迎えの者を出す。船と船長の名は?』
「船は、アクアマリー号。船長は……フルネームじゃなくていい? 覚えることたくさんあって忘れちゃったの。船長の名はレイズ」
『はは、マオらしいな』
それからふと不安になって口に出す。
レイズは海賊で、シアは国王だ。
「シア、この世界での海賊の扱いって、どうなってるの……? やっぱり犯罪者なの? あたしこの船には助けてもらった恩があるの」
『……そうだな。現状の国内での海賊たちの立ち位置は、少し複雑だ。いま説明してやれる時間もない。ただ、安心しろ。マオの恩人ということは気に留めておく』
シアの返事にほっと胸を撫で下ろす。
良かった、映画や小説みたいに、捕まってひどいことをされたらどうしようと思った。
それからはっと無意識に握っていた胸元の違和感に、漸くこの世界に再び来た目的を思い出した。
「そうだ、シア! ネックレスを見なかった? 石が付いている……ここで失くしたとしか思えない。死んだお母さんのお守りなの、それを見つけたくて、あたしはここに来たの……!」
あたしの目的。
それだけはどうしても、取り戻したいもの。
白いカラスは沈黙している。
失くしたと気付いたあの絶望的な気持ちが、胸に蘇る。
ここになかったらもう、二度とこの手に戻ってこない。
それから少しの間を置いて、シアの落ち着いた声がようやく返ってくる。
『それならおれが持っている。バルコニーに落ちていた。青い石だろう?』
「……! そう、それだと思う、良かったやっぱりここにあったんだ……!」
シアの答えにあたしは思わず力が抜けて、そのまま床にお尻を着く。
いろいろと張りつめていた気持ちがゆっくり解けていく。
「それ、シアに預けておくね。持ってて、次に会えるまで。あたしは別のお守りをもらったから、だからあたしがこの剣を返すまで、代わりにして」
『……わかった。そうしよう。お前の大事なものは、おれが預かる。必ず無事で会おう、マオ』
シアの言葉にあたしは微笑む。
それからその言葉を最後に、白いカラスは何もしゃべらなくなった。
だけどカラス自体はまだここに留まっている。
まるで本当に生きているみたいに、その透明な瞳にあたしを映して。
交信が途絶えたら消えるかと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
もしかしたらそういう魔法なのかもしれない。
このカラスが居てくれれば、またシアと連絡がとれる。話ができる。
それはシアが見守ってくれているということだ。遠く、離れていても。
そう思うと、涙が出るくらいに安心した。
潜り込んだベッドで夢も見ずに、あたしはあっという間に眠りに落ちていった。