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「……!」

「ぐずぐずすんな、さっさと済ませるぞ」

「えっ、な、なにを……!」


 いきなりぐいと手をひかれ、部屋の中に引っ張り込まれる。

 それからレイズはガチャリと扉の鍵を閉めた。


「どうして……閉める、の……」


 余計なことは訊かない方が良い。だけどあまりの恐怖に、声に出さずにはいられなかった。

 掴まれた手が痛い。振り解けない。

 蜂蜜色の髪の隙間から、またあの瞳。

 頭のてっぺんから爪先までその視線が這う。

 ジャラリと腕のブレスレットが鳴った。


「他のヤツらには、見られたくねぇことするからだよ」


 言ったレイズはそのままあたしの手を半ば強引にひき、部屋の奥にあったベッドに放った。

 ギシリと古いベッドの軋む音が、船の揺れに重なった。


「服、脱げ」

「……! や、やだ……!」

「……そうかよ」


 抵抗はすべて無駄だった。

 ベッドの上に組み敷かれて、どこからか出てきた布で腕を縛られた。


 レイズの頬にはついさっきあたしが引っ掻いた跡が赤く走る。

 縛られた腕はその報復だ。

 本当にあっという間にあたしは無抵抗にされる。


 しかめっつらのレイズは心底面倒くさそうに着たばかりのあたしの服を剥いだ。

 あたしは涙目で睨みながら、ぎゅっと唇を噛みしめる。


 縛られる前に、叫んだその後でまた強引に口を塞がれて、「舌噛み切るぞ」と脅された。

 普通逆だと思う、その脅し文句は。

 でもあたしはレイズにとって人質でも価値のある存在でもないので、当然だった。


 人工呼吸という建前のない、平常時にされたキスは衝撃的すぎて、一瞬の隙に今に至る。

 そんな場合じゃないけど。今さらだけど。

 本当にそんな場合じゃないことは、分かっているんだけれど。


 ――ファーストキスだった。

 海で溺れた後のやつあれこれはカウントしないと決めていただけに、ショックだった。


「手間かけさせやがって、別に痛くはねぇよ」

「……っ」


 その物言いにカチンときたけれど、言葉が出ない。

 文句を言ってまた強引に唇を塞がれるのがイヤだった。

 こわくて悔しくて、涙が流れた。

 ひかれるように唸るように、小さく言葉が漏れる。

 無意識に出た恨み言に近かった。

 睨んだ目が交差する。


「……見損なう……ジャスパーはあんたのこと、優しいって言ってたのに……!」

「は、海賊相手になに言ってんだ」


 それは、正論かもしれない。

 自分が、甘いのかもしれない。

 だけど理不尽だ。


 ひやりとした感触が腹を撫でる。思わずびくりと体が跳ねた。

 レイズも多くの装飾品を身に着けていて、指先や手首にもそれはたくさんあって。

 晒された肌にそれが不愉快だった。触られるのが、イヤだった。


「……何も泣くこと無ぇだろ。こんなのたいしたことじゃない。痕が残るわけでもねぇし」

「うるさい、もうあんたの言うことなんか信じない……!」


 体の輪郭をなぞるように撫でていた手が、心臓の上で止まる。

 どくどくと、熱く脈打つ鼓動。

 自分でも痛いくらいにそれを感じた。


 ギシリと、レイズが体勢を変える気配を空気越しに感じる。

 固く瞑った瞼の向こうで、もう見る気はなかった。


「……ガキに興味は無ぇが、なるほどベッドの上で泣かれると、それなりにそそる」


 ふ、と吐息が落ちてくる。

 それはどこか小馬鹿にしたような。

 それ次の瞬間ため息にかわる。


「仕方ねぇな、心臓だけでカンベンしてやる」


 呆れるように言ったレイズの言葉が上手く理解できず、間を置いてゆっくりと目を開いた。

 自分を見下ろすその藍色の目に宿る光は真剣な色。


 その手が一瞬、離れる。それから今度は同じ場所に指先が触れた。

 心臓の真上。


「……っ」


 肌をなぞるくすぐったさに、肩を竦める。

 冷たい。だけど装飾品の冷たさじゃない。


「動くなっつってんだろ」


 ぴしゃりと言われて、それからおそるおそるその指が触れている先に視線を向ける。

 レイズの腕が自分の胸に伸び、その指先が心臓の上の肌をなぞっていた。

 ゆっくりと押し付けられる指の感触が、次第に熱を帯びる。


 もう片方の手に何かを持っていることに今初めて気付いた。

 何かの容器だ。レイズの手の平に収まるくらいの、お椀のような器。

 そこに右手の指を入れ、また心臓の上に戻ってくる。

 ポタリと肌に落ちる液体の感触。


 それはここに来るまでに幾度も見た色で、そして目の前のレイズの肌にも多く刻まれている色だった。


「本来は日に焼いた方がもつんだがな。まぁどうせ水ですぐ落ちちまうけど」

「……い、刺青いれずみ……?」

「別に本当に彫るワケじゃねぇ。まじないだ。心臓や急所、肌の露出した部分に描くのが一番だが、そんなにイヤがるなら心臓だけにしといてやる。その代り極力肌出すなよ。もってかれるぞ」


 言いながらレイズは真剣な目で、おそらくその肌にもあるような複雑な紋様を慣れた手つきであたしの肌に描いている。

 あたしの心臓の、真上。

 守るために。


『マオのは、きっとキャプテンがいれてくれますよ。乗船の最初の儀式みたいなものですから』


 ジャスパーが言っていた言葉を思い出す。

 そうこれは、この船の船長であるレイズの、仕事なんだ。


「…………」


 どっと力が抜けるのを感じる。

 それから自分の思い込みの激しさと、想像力の逞しさに言葉を失った。


 一番最悪の想像をしていた。

 だけどレイズが与えてくれたのは、それとは正反対のものだったのだ。



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