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「……魔導師だと? おまえが?」

「……」


 怪訝そうな目が距離を詰める。

 あたしはなるべく視線を逸らさずにこくりと頷いて返した。


 あたしが知るこの国の情報は、シアから聞いた情報しかない。

 その中で目の前の海賊たちにとって有益になるもの。

 自分をここで殺してはまずいと思わせるもの。


『精霊は神官や魔導師達が言葉を交わすことができ、生きていく上での知恵や力を借りるんだ』

『だけど誰でも、ってわけじゃない。魔法や術や儀式には必ずルールがあり、素質と資格が要る』


 そう、きっとこの国でそういった類の人たちは、希少な存在のはずだ。

 この世界の人間でないとはいえ、自分にそういった力があるとは思っていない。

 だけどここに、このシェルスフィアに自分の意志で来た以上、何も持っていないとは思わない。

 不本意ではあるけれど、自分がもうただの普通の女子高生とは思えない。


 何よりここで殺されるわけにはいかないんだ。


 沈黙を破ったのは、すぐ目の前のレイズと名乗ったこの海賊船の船長だった。


「……なぜこの海域に?」

「…そう、いわれたから」

「……所属は?」


 所属?

 そういったものに属しているのが普通なの?

 やはりあたしにはこの国の情報が足りな過ぎる……!


 ヘタな嘘は命取りだ。相手を騙すなら真実を上手に混ぜなければいけない。何よりこれ以上の嘘はもう出てこない。


「……な、ない……!」


 また、沈黙。

 やはりムリがあるだろうか。

 信憑性は乏しいし何より怪しいのは自分でもわかる。

 ここで殺されてしまうんだろうか――


 その時、すぐ目の前でふ、と息を吐き出す音が聞こえた。


「――いいだろう。ちょうどこの船の魔導師がつい先日欠けたところだ。港に着くまでは、置いてやる」


 目の前の男の言葉に周りの船員であろう男たちがざわついた。

 思わず、息を呑む。

 信じてもらえたのだろうか。ひとまずは。


「港に常駐の魔導師に視させりゃ本物かは分かる。実際の判断はそれからすりゃあいい」

「いいのかよ頭!」

「イベルグで補充しようと考えてたんだ、金出さずに済むならこしたことは無ぇ」

「でも見習いつってたろ、海で溺れるようなヤツじゃ逆にお荷物じゃねぇか」

「いいさ、女の魔導師も貴重だしな。最悪――」


 その目が、細められる。

 本能的に感じる、値踏みするような目。


「生娘は高く売れる」


 その言葉の意味に、声音に、瞳に。

 ぞくりと背筋が凍る。今まで味わったことのない恐怖に身が竦んだ。


「……っ」


 ひとまずこの場での自分の命は繋ぎとめられた。

 だけど安全な場所などこの船の上には無いのだと悟る。

 違う、もしかしたらこの世界には――


『戦争が起こる。この国で』


 シアの歪められた顔が浮かんだ。

 少なくともシアがそれを望んでいないこと。それをなんとか避けようとしていることだけは分かる。

 シアは国王として、この国を守ろうとしている。

 あんな小さな体で、永く国を支えてきた柱と加護を失って尚。


 改めて思い知る。ここはあの、自分が生まれ育った平和な世界じゃない。

 無気力に生きているだけを許された、あの安穏な世界では。


「お前は俺に助けられた恩がある。船員では無ぇが客人でも無ぇ。恩義の分は働け。それがこの船のルールだ」

「……わかった」


 向けられたその目から逸らさずに、頷く。

 深い藍色の瞳だった。翳るその瞳に光は見えない。


「名は」

「……マオ」

「マオ、俺のことはレイズと呼べ。ひとまず立てるなら身なりを整えろ。ジャスパー! 湯を沸かしてやれ」


 叫んだレイズの声にひかれるように、男たちの隙間からひょっこりと小さな男の子が顔を出した。

 シアと同じくらいだろうか。かわいい顔立ちをしているけれど、この子も露出した肌の部分に青い刺青が覗いている。

 この子だけじゃない。よく見るとこの船の船員皆、だ。


「サー、キャプテン」

「ついでに船のルールを教えてやれ。その後俺の部屋に連れてこい」

「わかりました」

「いいか、ヤロー共。商品候補だ、手ぇ出すんじゃねぇぞ」


 言い置いたレイズが踵をかえし背中を向ける。

 その視線から逃れたことで漸くほっと力が抜けていくのを感じた。


 ――ひとまずは。

 守れたのだ。自分の身くらいは。


 周りに居た船員たちも好奇の視線を向けながらも、ぞろぞろと場を後にする。

 ジャスパーと呼ばれた男の子だけが、その場に残った。


「よろしく、ぼくはジャスパー」

「えっと、マオです。よろしく……」


 言いながら「立てますか?」と差し出された手を有難くとる。

 上手く力が入らなくて、よろける体をジャスパーが支えてくれた。


「体が冷えてる。温めなきゃ」


 案内された場所は船内のお風呂のような場所だった。

 木槽は大人ひとり分ほどの大きさで、そこに半分ほどお湯が張られている。

 立ち込める薄い湯気に、それから微かに花の匂い。


「先に湯に浸かった方が良いかな。体を温めないと。ただ体浸かったお湯で顔とか髪を洗いたくなかったら、先に洗った方が良いかもしれません。使える水は限られてますから」


 シャワーのようなものは見当たらないので、必然的にこの木槽のお湯ですべてのあれこれをしなければならないのだろう。

 ジャスパーから木桶と石鹸とタオルを受け取りながら不思議な気持ちでそれを見つめる。


 まさかお風呂に入らせてもらえると思っていなかったので有難いのが本音だ。

 海に落ちたという体は確かに冷え切っていて寒かったし、潮気で制服も髪もべたついていた。


 だけどこの世界で学んだことは、そうカンタンに油断してはいけないということ。自分の身の安全を、確実に保障されるまでは。

 こんな得体のしれない、ともすれば自分を商品だと言う海賊船の中で、裸になって良いものなのか。

 自分には武器ひとつ無いとはいえ、それはいよいよ逃げ場の無い選択だ。


 さきほど視界の端で見たこの船の船員達は、皆男ばかりだ。

 正直それが一番、こわい。

 あの品定めでもするような目が背筋を滑る。


「ジャスパー、訊いていい……? この船に女の人はいないの?」


 段差のある敷居に扉はなく、シャワールームの個室のように、頭と足はあちら側に丸見えだ。

 映画で見るような木製のウェスタンドアの片開き。押せば簡単に境界はなくなる。

 ジャスパーはその向こうで穏やかかに答えた。こちらには背を向けたまま。


「今この本船には、居ませんね。分船のアクアローゼ号やアクアリリィ号には数人居ますけど、男の方が圧倒的に多いです」

「……そっか……」


 おそらく、その場から動く気配を見せないジャスパーは見張りだろう。流石にそれはわかる。あたしから目を離そうとしないその意志を、イヤでも感じるから。

 かたかたと震えるのは、寒いからか、こわいからか。ぎゅっと肩を抱く。髪先から垂れる滴は潮の匂いがした。


 観念するしかない。この体では、いざという時逃げ出すにも不十分だ。

 そう腹をくくりジャスパーに背を向け、制服のスカーフに手をかけた時だった。


「……!」


 スカートのポケットから、振動を感じる。反射的にそこにある物を思い出し、いやいやと首を振った。

 いや、でも、まさか。

 そんな思いが思考を埋めながらも、おそるおそるそれに手を伸ばす。


 取り出したのは携帯電話。バイト先でもらった半透明のイルカのストラップがゆらりと揺れる。

 まだなお止まない着信のバイブ。その振動が鼓動をも揺らす。


 画面には七瀬の名前が表示されていた。



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