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ドルヲタ、悪役令嬢に転生する

作者: 貧血みかん
掲載日:2026/03/27

「エミリア、お前との婚約は破棄させてもらう」


 セドリック殿下は、そう言って隣の令嬢を抱き寄せた。その拍子に令嬢の大きな胸が揺れる。


「………理由を伺ってもよろしいですか?」


「必要か?」


 投げやりな王子の対応に、周囲からクスクスと笑い声が漏れた。


「私が彼女を選んだ。それだけだ。性悪なお前の嫁ぎ先も用意してやったぞ」


「嫁ぎ先……?」


「あぁ、隣国のセレスティアに行ってもらう。お前には似合いの国だろう?」


「………セレスティア王国…」


「異論はあるまいな?」


「………ございません」


 私は、淑女の礼をして大広間を後にした。

 未練なんてない。ここにはもう、私を必要としてくれる人なんていないのだから。


 隣国のセレスティア王国は、貧乏国と揶揄されるほど資源も金も乏しい国だ。


 私は、馬車の窓からぼんやりと景色を眺めた。


 今までずっと努力を続けてきた。

 国のために、殿下のために、その結果がこれだ。

 あの人が欲しかったのは、共に国を支える相手じゃない。ただ可愛い子が良かっただけ。

 あまりにも下らなくて笑えてくる。

 


「お待ちしておりました。エミリア嬢」


 馬車が止まり、扉が開いた。出迎えの青年を目にした瞬間、私は頭が真っ白になった。


 な、な、な、なんて………………麗しいお方!


 黄金の髪が陽光を受けてきらめく。

 整いすぎた顔立ちに見とれていると、不意に柔らかく笑われて──息を呑んだ。


 後ろに控える側近達もまた、信じられないほどの美形揃い。視界がやたら華やかだ。


 ドクン、と心臓が大きな音を立てる。


 そして次の瞬間、頭の中に不可思議な記憶が流れ込んできた。


 これは……………………前世の記憶?


 私は、日本という国で働く冴えない会社員で、重度のアイドルオタクだった。

 とにかく、三度の飯よりイケメンが好き。

 イケメンは正義。イケメンは神。


 全国各地に遠征し、グッズはもちろんコンプリート。毎回ライブで号泣し、推しの幸せを祈る日々。


 そう……私は推しに人生も給料も捧げる、重度のドルヲタだったのだ。


 そして今、目の前にいるのは伝説級の逸材っ!

 原石どころの話じゃない。もうすでに完成しかけているダイヤモンドと言っていいっ!


 ブワリと鳥肌が立った。


「……あの、エミリア嬢?」


 待って、その仕草がすでに尊い。

 これもう国宝でいいと思う。

 この角度だけで、ご飯三杯はいけちゃう。


 ダメだ……見なかったフリなんて無理!

 こんな逸材を黙殺するとか、人類にとって計り知れない損失だと魂が叫んでいる。


 こうなったら、もう……………私がプロデュースするしかないっ!



「宝飾品をすべて売却します」


「……はい?」


 城に着いてすぐ、私はそう宣言した。

 持参したドレスも宝石も、すべて資金に変える。


「それから、歌と踊りと演技の講師を呼んで下さい」


「エ、エミリア様? 一体何をなさるおつもりです?」


 戸惑う側近たちをよそに、私は挑むように笑う。

 もうすでに方針は決まっている。

 戦略も売り方も、脳内で徹底的に練り上げた。


「あなた達を──トップアイドルにします!」 


「トップ……アイドル…??」


 最初は、信じきれない様子だった彼らも、歌や踊りが上達するにつれて、次第に熱を帯びていった。

 特に、ルシアン殿下は誰よりも真剣に取り組み、側近達も負けじと食らいつく。

「剣の修行より厳しいな…」と言って汗を拭う彼らの瞳には、やがて小さな炎が灯もり始める。


「違います! 視線はもっと、こう! 一人一人のファンを射抜くように!」


「はいっ!」


「その笑顔、最高ですわ!」


 気付けば私は、かつての推し活以上の熱量で舞台指導をしていた。衣装を整え、振付けを考え、構成を綿密に組み立てていく。

 役者たちも必死だ。足の豆が潰れ、セリフが飛び、立ち位置を間違えるなんてこともあった。

 時にはぶつかり合い、喧嘩し、笑い合いながらも共に高みを目指していく。


 そして、迎えた初公演。


「大丈夫! あなた達ならいける!」


 静かに幕が上がる。


 会場に歌声が澄み渡り、物語が紡がれていく。

 演目は、王子と側近たちによる『禁断の愛』を描いたミュージカル。

 麗しい青年たちの圧巻な踊りと洗練された演技。

 甘く淡い恋心は儚く散って、物語は終焉を迎える。


 幕が下りて、シン……と静まり返る会場。

 

 そして、


「きゃあああああああああああっっ!!」


 歓声が爆発した。


 鳴り止まない拍手と、総立ちの観衆。

 涙を流す婦人たちが続出し、あまりの衝撃に言葉を失い、その場に崩れ落ちる令嬢も少なくなかった。

 

 この日を境に──全てが変わった。


「グッズが売り切れです!」


「追加生産を急ぎなさい!」


「次は握手会を!」


「サイン会も併設しましょう!」


 ライブやミュージカルを公演すれば、こぞって大貴族や大商人が押し寄せ、やがて、世界中を巻き込んだ一大ムーブメントとなった。


 推し活で国が救われるなんて、誰が思っただろう。

 かつて、貧乏国と蔑まれたセレスティアは、いつしか大陸有数の繁栄を誇る国家へと変貌を遂げる。



 そんなある日、私を追放した祖国の王子、セドリック殿下がやって来た。


「久しいな、エミリア。今すぐヴィルデアに戻れ。我が国は魔物被害で逼迫している。お前のその金稼ぎの手腕を発揮してみせろ!」


 相変わらずの命令口調に高圧的な眼差し。

 とても人にものを頼む態度ではない。

 私は、ゆっくり息を吐いた。


「……お断りします」


「な、なんだと?」


「ヴィルディア国のためには働けません。私にはもう、何よりも大切な推しがいるので!」


 ちらりとルシアン殿下に目をやると、舞台を終えたばかりの彼は、心配そうに私を見つめていた。


 セドリック殿下が喚いているが、どうでもいい。

 ここには、私の守るべき推しがいる。

 今や、このセレスティア王国こそが私の国なのだ。


 その夜、ルシアン殿下に散歩に誘われた。

 夜風に混じって、甘い薔薇の香りが鼻をくすぐる。

 月光に縁取られたルシアン殿下の横顔は、ステージの上よりもずっと幼く心細そうに見えた。


「エミリア嬢、貴女には感謝してもしきれません」


「殿下、何をおっしゃいますか。私は、好きでやっているだけですわ」


 これは、紛れもない本心だ。

 推しが光り輝く姿を見るためなら、私はどんな苦労もいとわない。

 すると彼は、少し困ったように笑った。


「ですが、そろそろ、次を考える頃合いです」


「次……ですか?」


「ええ、次です」


 宝石のような瞳が、じっと私を見つめた。

 月影に浮かぶ真っ直ぐな眼差しに、心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。


「私は、舞台から降りようと思っています」


「………え?」


「この国には、次の世代が育っていますから」


 確かに、私たちの成功を見て多くの若者が夢を抱いた。才能ある『卵』たちが、今まさに育っている。


「だからこれからは、共に彼らを支えてくれませんか? その、私の隣で……」


「殿下の……隣で?」


 ルシアン殿下は、顔を真っ赤にして私の手を握る。


「エ、エミリア嬢っ! 私は貴女が好きです。どうか私の妻となって、共にこの国を支えて下さいっ!」


 なんて誠実で、なんて不器用なプロポーズ。

 とっさに私は「はい、喜んで!」と、どこかの居酒屋のような返事をした。



 数年後。新たなスターたちが舞台に立つ裏側で。


「次の企画どうします?」


「そうですね、新ユニットを……」


 かつてのアイドル王子は、今や敏腕プロデューサー。

 そして私は今日も、彼の隣で全力で推したちを輝かせているのである。


最後までお読みいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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