ドルヲタ、悪役令嬢に転生する
「エミリア、お前との婚約は破棄させてもらう」
セドリック殿下は、そう言って隣の令嬢を抱き寄せた。その拍子に令嬢の大きな胸が揺れる。
「………理由を伺ってもよろしいですか?」
「必要か?」
投げやりな王子の対応に、周囲からクスクスと笑い声が漏れた。
「私が彼女を選んだ。それだけだ。性悪なお前の嫁ぎ先も用意してやったぞ」
「嫁ぎ先……?」
「あぁ、隣国のセレスティアに行ってもらう。お前には似合いの国だろう?」
「………セレスティア王国…」
「異論はあるまいな?」
「………ございません」
私は、淑女の礼をして大広間を後にした。
未練なんてない。ここにはもう、私を必要としてくれる人なんていないのだから。
隣国のセレスティア王国は、貧乏国と揶揄されるほど資源も金も乏しい国だ。
私は、馬車の窓からぼんやりと景色を眺めた。
今までずっと努力を続けてきた。
国のために、殿下のために、その結果がこれだ。
あの人が欲しかったのは、共に国を支える相手じゃない。ただ可愛い子が良かっただけ。
あまりにも下らなくて笑えてくる。
「お待ちしておりました。エミリア嬢」
馬車が止まり、扉が開いた。出迎えの青年を目にした瞬間、私は頭が真っ白になった。
な、な、な、なんて………………麗しいお方!
黄金の髪が陽光を受けてきらめく。
整いすぎた顔立ちに見とれていると、不意に柔らかく笑われて──息を呑んだ。
後ろに控える側近達もまた、信じられないほどの美形揃い。視界がやたら華やかだ。
ドクン、と心臓が大きな音を立てる。
そして次の瞬間、頭の中に不可思議な記憶が流れ込んできた。
これは……………………前世の記憶?
私は、日本という国で働く冴えない会社員で、重度のアイドルオタクだった。
とにかく、三度の飯よりイケメンが好き。
イケメンは正義。イケメンは神。
全国各地に遠征し、グッズはもちろんコンプリート。毎回ライブで号泣し、推しの幸せを祈る日々。
そう……私は推しに人生も給料も捧げる、重度のドルヲタだったのだ。
そして今、目の前にいるのは伝説級の逸材っ!
原石どころの話じゃない。もうすでに完成しかけているダイヤモンドと言っていいっ!
ブワリと鳥肌が立った。
「……あの、エミリア嬢?」
待って、その仕草がすでに尊い。
これもう国宝でいいと思う。
この角度だけで、ご飯三杯はいけちゃう。
ダメだ……見なかったフリなんて無理!
こんな逸材を黙殺するとか、人類にとって計り知れない損失だと魂が叫んでいる。
こうなったら、もう……………私がプロデュースするしかないっ!
「宝飾品をすべて売却します」
「……はい?」
城に着いてすぐ、私はそう宣言した。
持参したドレスも宝石も、すべて資金に変える。
「それから、歌と踊りと演技の講師を呼んで下さい」
「エ、エミリア様? 一体何をなさるおつもりです?」
戸惑う側近たちをよそに、私は挑むように笑う。
もうすでに方針は決まっている。
戦略も売り方も、脳内で徹底的に練り上げた。
「あなた達を──トップアイドルにします!」
「トップ……アイドル…??」
最初は、信じきれない様子だった彼らも、歌や踊りが上達するにつれて、次第に熱を帯びていった。
特に、ルシアン殿下は誰よりも真剣に取り組み、側近達も負けじと食らいつく。
「剣の修行より厳しいな…」と言って汗を拭う彼らの瞳には、やがて小さな炎が灯もり始める。
「違います! 視線はもっと、こう! 一人一人のファンを射抜くように!」
「はいっ!」
「その笑顔、最高ですわ!」
気付けば私は、かつての推し活以上の熱量で舞台指導をしていた。衣装を整え、振付けを考え、構成を綿密に組み立てていく。
役者たちも必死だ。足の豆が潰れ、セリフが飛び、立ち位置を間違えるなんてこともあった。
時にはぶつかり合い、喧嘩し、笑い合いながらも共に高みを目指していく。
そして、迎えた初公演。
「大丈夫! あなた達ならいける!」
静かに幕が上がる。
会場に歌声が澄み渡り、物語が紡がれていく。
演目は、王子と側近たちによる『禁断の愛』を描いたミュージカル。
麗しい青年たちの圧巻な踊りと洗練された演技。
甘く淡い恋心は儚く散って、物語は終焉を迎える。
幕が下りて、シン……と静まり返る会場。
そして、
「きゃあああああああああああっっ!!」
歓声が爆発した。
鳴り止まない拍手と、総立ちの観衆。
涙を流す婦人たちが続出し、あまりの衝撃に言葉を失い、その場に崩れ落ちる令嬢も少なくなかった。
この日を境に──全てが変わった。
「グッズが売り切れです!」
「追加生産を急ぎなさい!」
「次は握手会を!」
「サイン会も併設しましょう!」
ライブやミュージカルを公演すれば、こぞって大貴族や大商人が押し寄せ、やがて、世界中を巻き込んだ一大ムーブメントとなった。
推し活で国が救われるなんて、誰が思っただろう。
かつて、貧乏国と蔑まれたセレスティアは、いつしか大陸有数の繁栄を誇る国家へと変貌を遂げる。
そんなある日、私を追放した祖国の王子、セドリック殿下がやって来た。
「久しいな、エミリア。今すぐヴィルデアに戻れ。我が国は魔物被害で逼迫している。お前のその金稼ぎの手腕を発揮してみせろ!」
相変わらずの命令口調に高圧的な眼差し。
とても人にものを頼む態度ではない。
私は、ゆっくり息を吐いた。
「……お断りします」
「な、なんだと?」
「ヴィルディア国のためには働けません。私にはもう、何よりも大切な推しがいるので!」
ちらりとルシアン殿下に目をやると、舞台を終えたばかりの彼は、心配そうに私を見つめていた。
セドリック殿下が喚いているが、どうでもいい。
ここには、私の守るべき推しがいる。
今や、このセレスティア王国こそが私の国なのだ。
その夜、ルシアン殿下に散歩に誘われた。
夜風に混じって、甘い薔薇の香りが鼻をくすぐる。
月光に縁取られたルシアン殿下の横顔は、ステージの上よりもずっと幼く心細そうに見えた。
「エミリア嬢、貴女には感謝してもしきれません」
「殿下、何をおっしゃいますか。私は、好きでやっているだけですわ」
これは、紛れもない本心だ。
推しが光り輝く姿を見るためなら、私はどんな苦労もいとわない。
すると彼は、少し困ったように笑った。
「ですが、そろそろ、次を考える頃合いです」
「次……ですか?」
「ええ、次です」
宝石のような瞳が、じっと私を見つめた。
月影に浮かぶ真っ直ぐな眼差しに、心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。
「私は、舞台から降りようと思っています」
「………え?」
「この国には、次の世代が育っていますから」
確かに、私たちの成功を見て多くの若者が夢を抱いた。才能ある『卵』たちが、今まさに育っている。
「だからこれからは、共に彼らを支えてくれませんか? その、私の隣で……」
「殿下の……隣で?」
ルシアン殿下は、顔を真っ赤にして私の手を握る。
「エ、エミリア嬢っ! 私は貴女が好きです。どうか私の妻となって、共にこの国を支えて下さいっ!」
なんて誠実で、なんて不器用なプロポーズ。
とっさに私は「はい、喜んで!」と、どこかの居酒屋のような返事をした。
数年後。新たなスターたちが舞台に立つ裏側で。
「次の企画どうします?」
「そうですね、新ユニットを……」
かつてのアイドル王子は、今や敏腕プロデューサー。
そして私は今日も、彼の隣で全力で推したちを輝かせているのである。
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