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秘蔵の品。

掲載日:2026/02/06


 古い商店街に古い宝石店がございまして。


 昔よくあった、時計店と一緒になった宝石屋さんですな。昭和の田舎ではよく見かけたものです。


 商店街の宝石店と言えば、いつお客さん来てるんやろ、と思うくらいいつも閑古鳥が鳴いておりましてな。いつ潰れるんやろいつ潰れるんやろ、と入ったこともない通りすがりの人たちもワクワク、もとい、ドキドキしておりました。


 さて、この古い寂れたしょーもない田舎の小さな宝石店には、実はデッカイ唯一無二のとんでもない宝石が置いてあると言われておりました。あまりにも希少価値なもんで、店の奥深く厳重に隠されて、この人ぞと認められたお客様しか見せてもらえないという、まことしやかな噂が流れておりました。


「どーせそんなこと言って、あれだろ?行き遅れの娘かなんかを『うちの箱入り娘です~、大事な秘蔵っ子です~』なんつってるだけだろ、あそこの爺さんばあさん。店主の歳からしたら、『箱入り娘』もそうとう年季の入った骨董品だぜ」


 最近は物騒ですからね。あれやこれやで個人情報を手に入れたヤカラが年寄りの家を狙ってたりするわけですが。そこに来るとそもそも噂の立っていたこの老夫婦の古い宝石店など良いカモで。


「とは言え、売れ残った宝石だの時計だの捌けばまあまあ金にはなるかもしれないし?」


 この男、偵察がてら一度、宝石店にどれくらいの物があるか探りに来たわけでございます。



「ごめんください」


 呑気なもので、客が入って来ても誰も出てこない不用心な店内。掃除はされているが、古びて曇ったガラスケースの中には、たしかにひとつふたつ昔の時代に流行ったような、古ーい映画の昔の男前が着けてそうなイカツイデザインの時計や、とんでもマダムが両手の指に全部つけてそうなデザインの指輪や、肩こりそうなデザインのネックレスがぽつぽつと並んでおりました。


「ごめんくださーい」


 再度奥に呼びかけるが、誰も出てくる気配はない。これは案外楽に仕事が出来そうだと思いつつ、男はガラスケースの中の時計や指輪をしげしげと眺めた。仰々しさのあまりちゃちなおもちゃにも見えるが、どうにも本物のようだ。これくらいデッカイ石の方が海外では捌けやすいし、時計も一部コレクターには売れそうである。うむうむ、これは案外良い場所を見つけたかもしれないぞと思いつつ、男はもう一度、今度は小さく呼びかけた。


「ごめん……」

「いらっしゃいませ」

「うわあ!!」


 もう出てこないだろうから帰ろうかなと振り返ったところで、店の入り口から現れた店主に男はのけ反るほどに驚いた。


「申し訳ございません。外に出ていたもので。なにかご入用で?」


 茶色いニットのベストにループタイをした白髪の細ーいおじいさんはごく穏やかに男に話しかけた。


「あ、いえ、あの。時計が、止まったので……」


 早鐘のように打つ胸を押さえながら、男は落ち着こうと用意していた腕時計を外す。それを受け取り、メガネをずらしてしげしげと店主は眺める。


「電池を変えればいいみたいですね。すぐ終わりますよ」


 言うなりすぐにガラスケースの向こうに回り、かちゃかちゃと作業を始めた。


 70代か80代。年相応に落ち着いてはいるが、細いからだとやや内巻いた肩からは力強く抵抗されそうな気配はない。楽な仕事になりそうだと踏んだ男は、少々欲が出てきた。


「ご主人。こちらに素晴らしい秘蔵の品があると噂で聞いたのですが」


「何をおっしゃいますやら。ごらんの通りの小さな時計屋でございますよ。置いてるその辺の宝石もほら、古くて今どきの若い人には見向きもされないデザインの物ばかりでございます」


「なんでも店の奥に厳重に隠してあるとか」


「……お客様はこの辺の方ではないですね。どちらからおいでで?」


「近くの会社と取引をしておりまして、半年ほど前からこの町に通っております。食事をしているときにたまたまこちらの話を小耳に挟みまして……」


「左様でございましたか」


「どうでしょう?見せていただくことはできませんか?」


「そう申されましても、お客様が聞かれました通り、門外不出の逸品でございまして」


 店主は手を止めることもなく穏やかに答える。


「そう簡単にお見せすることは……」


 どうやら本当にあるらしい驚きに、男は目を見開いた。こうなったら是非とも一度現物を拝んでおきたい。


「そこをどうにか!」


「ご覧の通りこのお店も古うございます。創業当時からあるその逸品が何故売れ残っているのか、どうかご想像いただきたい」


 修理を終えた時計から男に目線を移した店主は、恭しく頭を下げた。


「高いのですか?」


 男が訊くと店主は頷く。


「おいくらで?」


 店主は黙って2本の指を立てた。


「200万?」


「2億でございます」


「に、2億!?」


 声を上げる男を、店主は己の口の前に人差し指を立てて制する。


「しがない個人店でそれだけのものを取り扱っているものですから、それはそれは厳重に保管しております。ゆえに、絶対に購入されるというお客様以外にはお見せしないことにしております」


「いや、そこまで言われたら是非とも見たいですよ」


「申し訳ございません」


 店主はゆっくりと頭を下げた。


 男はしばし店主のつむじを眺める。


「……ここに2億のお宝が本当にあることを、私が誰かに漏らすとは考えないんですか?例えば悪い人にとか」


 店主は頭を上げるとにこりとほほ笑んだ。


「保管は厳重ですので」


 そこまで言われると是が非でも現物を見てみたくなった男。盗んでしまえばいいのだが、とにかくその『厳重な保管』方法とやらが気になる。


「買う、と言えば見せてくださるんですね?」


「口約束ではとても……」


「現金を持ってこいとでも?」


「それが一番確実ではございますが」


「ですが、買い手もやはり現物を見てからではないとなかなか決心はつかないでしょう。だから売れ残っているのでは?」


 にやりとする男に、店主は口角を上げた。


「そうなのです。そこでこちらも少し譲歩いたしまして」


 店主はガラスケースの中からひとつ、いかにもな立て爪のダイヤモンドリングを取り出した。


「前金としてこちらを購入していただければ、奥にお通しすることにいたしました」


「奥?前金?」


 いくつか疑問に思いながらも、男はリングの値段を確認する。200万と書いてあった。決して安い買い物ではない。


 だが。


 本当にあるかわからないがその2億のお宝をいただいてしまえば今渡す200万など安いものだし、そもそも数日後に盗みに入ってしまえば渡した200万も店内の宝石・時計も全部自分のものである。


「わかりました」


 男はビジネスバッグの中から100万円の束をふたつ取り出すと、ポンポンと、ガラスケースの上に揃えて置いた。




「では、こちらに」


 恭しく促されて、靴を脱いで上がった部屋は、店続きの畳敷きの四畳半。ちゃぶ台やら茶箪笥やら置いてあって、なんとも生活感が愛おしい。田舎のひいじいちゃんひいばあちゃんちがこんなだったと思いつつ、男は懐かしさできょろきょろと見回してしまった。


「どうぞ、おすわりください」


 店主に勧められるまま、ちゃぶ台のこっち側に敷かれた座布団に男は正座する。


「ご遠慮なく、楽になさってください」


 言われたので遠慮なく男は足を崩し、胡坐をかいた。


「いらっしゃいませ」


 すぐ隣の狭い台所から、おばあさんが桜の花の香りのするお茶を丸盆に乗せてしずしずと出てきた。湯の上にはピンク色の桜の花が柔らかく花びらを広げている。


「変わったお茶ですね」


「このたびはおめでとうございます」


「え?」


「そしてありがとうございます」


「あ、どうも」


 思いがけない祝福に疑問が湧いたものの、つづく謝意に宝石を買う契約が成立したからかと男は納得する。


「ではまず商品のご説明からいたしましょう」


 そう言うと店主は茶箪笥の一番下から、A4ほどの茶封筒を取り出した。そうして中から取り出した紙を1枚1枚説明しながら男の前に差し出した。


「こちらが宝石の鑑別書及び鑑定書でございます。世にも希少なピンクダイヤモンド。10カラットございます」


「10カラット!?」


 男は驚くと、すぐに真顔になった。


「とは?」


「重さにすると2グラムほどですか」


「これはまたずいぶん軽いですね」


 少々薄ら笑う男に、店主も薄っすら笑い返す。


「ピンクダイヤモンドは希少ですゆえ、どんなに安くとも1カラットを越えれば300万円以上はいたします」


「だとしたらご主人。ますますぼったくりでは」


 悪い顔をして笑う男に、店主は涼やかにほほ笑んだ。


「カラーダイヤモンドの価値は色の濃さでも決まります。当方のピンクダイヤモンドは最も希少と言われるレッドダイヤモンドと見紛うばかりの濃さで、角度によってはレッドにも見える不思議な石なのでございますよ」


 言いながら店主はダイヤモンドの写真を数枚、男の前に広げた。


 一般的なLサイズの写真の真ん中でキラキラと光る丸いダイヤモンドは、ピンクだったり濃ゆいピンクだったり。たしかに中には赤く見える物もある。


「まあ、でもご主人。写真で見るより実物を見た方がこちらとしても納得できるのですが」


 男がシブい顔を写真から店主に上げると、店主は手のひらで先を制した。


「ご覧の通り非常に透明度も高く、美しい色合いをしておりまして、さらに繊細なブリリアントカットを施しながらも、原石の良さをそのまま生かして直径2センチの球体に形作られております。さながら一見飴玉のような風合いをしておりまして」


「まあ。たしかに」


 写真で見るとキラキラしているからそうでもないが、実物を見ると確かに飴玉に間違えそうな見事な球体と大きさである。


「そしてこちらが当家のひとり娘になります」


「はあ?」


 突然差し出された黄ばんだというかセピア色っぽく退色した古い女の子の写真に、男は写真の宝石より目を丸くした。


「はあ?」


 寅さんの映画に出てきそうな古いファッションに身を包んだ5歳ぐらいの女の子の写真と店主を男はもう一度見比べた。


「はあ?」


「実は」


「やっぱり!」


 言いかけた店主を男は大きなため息と共に制止した。


「こんなこったろうと思ったんですよ。あれでしょ?なんだかんだ『うちの一番のお宝は娘です~』みたいなこと言い出すんでしょ?ないんでしょ?こんな宝石。娘が秘蔵品なんでしょ~?にしても、普通最近の写真とか見せない?こんな、昭和初期みたいなふっるーい写真見せられてもさー、そりゃあ売れないよ。売れねえっつーかそもそも買えねーもん。お金出せねーよ。犯罪じゃん、こんな子供の写真見せられてさ、お金払ったらさ」


「近いけど違います」


「近いんかーい」


 店主は今までと変わりなくごく落ち着いた声で説明を始めた。


「こちらの宝石。値の張る物ゆえ普段はもちろん厳重に金庫に保管していたのですが……。あれは娘が5歳の時でございました。お得意様にこの宝石をご覧いただいたあと、うっかり金庫の鍵を閉め忘れてしまったのです。前々からこの宝石に興味を持っていた娘が勝手に持ち出し、庭で空にかざし、そのキラキラと輝くさまを楽しんでいたようなのです」


 ちょっと雨漏りのシミのある古い天井からぶら下がる、まだ蛍光灯かもしれない紐の付いた傘付き天井灯を見上げる店主を見ながら、失くしたんだな~と男は呑気にオチを読む。池に落として鯉が飲みこんだか、蟻に持って行かれておむすびと交換したか。


「赤く輝くその光に娘は魅了されてしまい、『美味しそう』と……」


 エア飴玉を指先でつまみ、蛍光灯にかざして口の中に入れる店主に男は目を剥いた。


「食った!?」


「飲みました」


 手品のように店主は両手を開いた。


「いやいやいや、5歳でしょ!?2センチでしょ!?無理でしょ!」


「不可能を可能にするところが子供の伸びしろでして」


「いや、なに落ち着いてんの!病院には!?」


「もちろん行きまして。時間が経てばウンコと一緒に出てくるはずだからと」


「出た!?」


「待てど暮らせど60年」


「65なの!?いや、出てないの!?いや、60年待ってるの!?」


「モノがモノだけに、迂闊に手術などして取り出したお医者さんや看護師さんに『いや、そんなもの入ってませんでしたよ~』なんてネコババされるのも悔しく」


「いやいや!子供の健康の方が優先でしょう!?」


「こちらが診断書とレントゲン写真になります」


 店主が新たに差し出して来たレントゲン写真には、胃の中に居座った石がたしかに写っている。


「これ、早く出さないとヤバいんじゃないの……?」


 強盗を企んでいる男とは思えない気の使いようである。


「娘が少しでも苦しい思いをするのならすぐに病院へ連れて行くつもりではあったのですが、様子はいつもと変わりなく」


「ホントに~?」


「日が経つにつれ私たち夫婦も考えるようになりまして」


「ほう。いよいよ病院へ?」


「宝石も娘も私たち夫婦にとってはかけがえのない大事なものには違いない。宝石は金庫に入れていてもいつ盗まれるともわからない。娘もいずれ年頃になれば悪い男に騙されるかもしれない。宝石も娘も、素行も家柄も良く、お金に困らない、しかるべきちゃんとした人のもとへお渡しできればどんなに幸せなことか……。そうだ!娘も宝石も同じ人のもとへ嫁がせればいいんだ!」


「なんか、過保護の方向がズレてきてるね」


「このまま娘と宝石、セットで嫁に貰っていただける人を探そう!」


「嫁入り道具に宝石持たせるんならともかく、セット売りって」


「じゃあ、もうこのまんま、娘のお腹の中に宝石入れたまま嫁に出しちゃえ!」


「宝石出してからにしなさいよ!」


「出すとまた保管が大変だし、動く金庫だと思って」


「本っ当に父親なの?やってることヤバい博士だよ?」


 


「お母さん。娘を呼んできて」


「あ、やっぱり奥さんだったんだ」


 お茶を出してくれたおばあさんが消えるとすぐにおばあさんよりかは幾分若いおばあさん、もといおばさんが出てきた。


「末永くよろしくお願いいたします」


 四畳半に入る前の台所でおばさんは美しく三つ指をつく。


「いやいやいや、待て待て待て」


 かぶっていた猫などすっかり脱ぎ捨て、素が出てきた男は乱雑に拒否する。


「何をお願いされてるのかちょっとよくわからない」


「この店の秘蔵の品をお買い上げくださるということで」


 店主も、台所にいるおばあさんも正座して三つ指をつく。


「いやいやいやいや。いくらなんでも。ほら。年の差っていうか」


 さっきの話を聞く限り、おばさんの年齢は65歳。金のわらじを履いてでもとは言うものの、いくらなんでも歳上過ぎると男は尻込みした。


「ご安心ください。手前どももそれほど鬼畜の所業を行おうとは思っておりません」


「鬼畜ってわかってんだ。嫁にやること」


 頭を上げて穏やかに言う店主に男は少しホッとする。


「ぱっと見た限り、お客様のご年齢は30なるかならないか。手前どもの娘とは30以上の歳の差とお見受けいたします」


「そうそう。年の差婚も珍しくない世の中だけどさ、そうどこにでもある話じゃあないよね」


「つまり、どうあがいても先に逝くのはうちの娘」


「あんた、自分の娘のことよくそんな風に言えるね。てかもっと先に逝くからね、あんたの方が」


「娘を荼毘に伏すときの喪主はもちろんお客様」


「いや、だから娘の前で本人荼毘に伏すとか」


「お骨を拾い上げるついでに宝石も拾っていただければ」


「ええええ……」


「あとはウハウハ、若い娘との再婚が待っていると」


「だから娘の前で」


「宝石を現金に換えようが若い後妻の指輪にしようが、あとは旦那様のお好きなように……」


「あんたまで!!」


 言いながらおばさんは頭を下げる。


「僭越ながら2億円というのはお客様の財政状況と本気度を計らせていただくための方便にございます。娘を貰っていただけるのでしたら、その指輪代の200万円だけで結構でございます。そしてその指輪を、娘のエンゲージリングにしてはくださいませんか」


 男はよくよく考える。30以上も年上の嫁など俄然お断りしたいところだが、確かに店主の言う通り、確実に自分より先には死ぬわけで。なんなら一緒になってすぐ、事故でもなんでも装ってナニしてしまえばいい。

 嫁に貰わずすぐにでも強盗に押し入って店内の宝石を根こそぎ頂くことも考えたが、おばさん殺して腹の中から2億円の宝石取り出すのも難儀な話だ。それより素直に嫁に貰っといて無難にこの店ごと相続させてもらった方が良い。


「よし、わかった。嫁に貰おう!」


 膝を叩いて決断した男に、店主とおばあさんとおばさんは「ありがとうございます~!」とひれ伏した。


 かくしていったん帰って改めて嫁を迎えに来ようと思っていたら、すぐに連れて帰れと店主が言う。


「そう言って、気が変わって迎えにいらっしゃらなかったお客様もいらしたので」


 店主の後ろでさめざめと泣くおばさんが鬱陶しくて、しょーがねーなと男はおばさんの手を引いて店を後にしたのでありました。




 5分後。


「ただいまー」


「わっ!今日はまた早かったね」


 すぐに帰って来た娘を、店主はちょっと驚いただけですぐに迎え入れる。


「外に警察いたよ」


「なんでまた」


「あの人、強盗の常習犯だったみたいで、尾行されてたみたい」


「ひゃー。そりゃあまた物騒な相手に当たったもんだ」


「お邪魔しますよ」


 口先だけで店主が驚いていると、強面の警察官が店に入って来た。


「これはこれは、お仕事お疲れ様です」


「またお嬢さん出戻って来たみたいで。今回秒速だったんじゃないの?」


「いやはや、本当に縁の無い娘でお恥ずかしい」


 店主も娘も肩をすくめて頭を掻く。


「まあ、今回は殺されそうにはならなかったからよかったようなものの」


「本当に毎度毎度、あの手この手で娘を殺そうとする男たちばかりで……」


 ふうとため息をつく店主の横で娘はうんうんと怯えて見せる。


「これで何十回目だい。いい加減、新手の結婚詐欺じゃないかって言われてるよ」


「結婚詐欺だなんて人聞きの悪い。ただ、秘蔵の品の話をすると指輪が売れるだけなんですよ。娘ごと」




    おしまい




次回こそ狸の〇ンタマの話です。

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