15話 フェンリルと深域ダンジョン
いざ召子の〈魔物召喚 優先度:高〉を試す日がやってきた。
場所は大事を取って深域のナイトが基地を建設していた場所の平原で行われた。
一応全員分のバフをかけ終えて、召子が魔物召喚のボタンを押すと、一つのポップアップが表示される。
注意、一度実行すると再実行までに一ヵ月を要します。本当に実行しますか?
迷わず「はい」を選択すると、赤い召喚陣が空中に現れて、そこから姿を見せたのは一匹の白い犬のような小さな生き物だった。
「なんか可愛い動物が出てきたな」
とレルゲンが呟くのはスルーして、女性陣達が盛り上がる。
「「きゃー!かわいいー!」」
現れたまだよく分からない生き物をマリーとセレスティアがわしゃわしゃと撫でると、動物は最初怯えた反応を見せたが
マリー達に敵意が無いことが分かるとゴロゴロと声を出して甘えているようだった。
ひとまず戦闘になる事はなかったという事で、持ってきた黒龍の剣は鞘に納めて召子に確認する。
「どんな生き物かわかるか?」
「今プロパティを開きますね。うーん、フェンリル…フェンリル!?」
召子が驚きの余り声を上げたが、それを聞いていた二人の手まで止まり、本当にフェンリルなの?といった表情を向けるが
「ワン!」
と元気な返事をするだけで、見た目は本当に愛くるしいただの犬だった。
フェンリルの存在を知っていた召子は恐る恐る手を伸ばすが、人懐っこいのかすぐに召子の手の匂いを嗅いで、尻尾を振るのだった。
レルゲンもフワフワの毛並みを触ってみたくなったのか、召子と同じように手を伸ばす。
するとレルゲンだけには歯茎を見せて精一杯の威嚇を取るのだった。
コレを受けたレルゲンは若干落ち込んだが、態度には出さずに手を引っ込めた。
「レルゲン、早速嫌われたわね」
マリーがにやにやしながらレルゲンをからかう。
レルゲンはちょっとバツの悪そうな表情になり
「好き嫌いで俺の事は嫌いだっただけだ。こんなこともある」
召子がフェンリルを抱いて話しかける。
「お前は一体どこから来たの?」
「クゥン?」
召子の問いになんて言ってるの?といった具合に首を少し傾げ、知能の高さを伺うことができる。
「それにしても名前が無いと可哀そうだよね。シロ…は安直すぎるか。うーん。フェンリルだからフェン君はどう?」
「クゥン?」
「お前の名前はフェン君だ、フェン君!」
呼びかけるとフェンが大きな声で
「ワン!」
と鳴いて、自身の名前を自覚する。
すると、パーティメンバーの一覧に〈フェン〉が追加されて、レベルまで表示される。
表示レベルは40。
召子と同じレベルで驚きはしたが、その見た目で同レベルとはやはり伝説の狼だけあるなと納得する。
フェンは召子の肩に乗ると顔を召子に頬擦りし、親愛のアピールを取った。
それを見たセレスティアがレルゲンに
「ちょっと羨ましそうですね」
と言うが、レルゲンは否定しながらも
「俺にはウルカがいるからいいさ、な?」
「そうね!私がいればもう小さいのは要らないわ」
小さいながらも胸を張るウルカに二人は笑うのだった。
何事も無かったため、そのまま深域の探索に出ることになったが、今日も深域は普段より魔物の量が少ない気がした。
流石に気づいた前を歩くマリーがレルゲン達に声をかける。
「昨日は偶々かと思ってたけど、やけに魔物の量が少なくない?」
「そうだな。水龍にも確認したが、理由は分からないそうだ」
「魔王のこともあるし、何か影響しているのかしら」
「可能性はあるだろうけど、今はなるべく奥まで行って、帰りは俺の魔術で帰ればいいさ。
印も既に打ってきてるし、迷う心配もない」
そこから召子のレベルが60に上がるまで、深域でなんとか見つけた魔物を倒し続けると、フェンにある変化が起きていた。
「レルゲンさん。フェン、なんか大きくなっていませんか?レベルも55まで上がっていますし」
「確かに小型から中型になったって感じだな。レベルが100になればもっとデカくなるんじゃないか?」
「フェン、大きくなっちゃうの?」
「ワンッ!」
フェンに乗せられた声の圧が若干上がっているのを肌で感じながら、元々戦力補強のために召喚したとはいえ
可愛い犬形態はすぐに終わってしまいそうだと召子は相反する気持ちに苛まれていた。
それを見たレルゲンが
「多分だけど、大きいからこその可愛さもきっとあるさ」
とフォローを入れると召子はレルゲンにお礼を返して、更に目標だったレベル100を目指して更に強くなろうと決心する。
しかし深域というのに効率が悪い。一度探索を開始してから魔物に遭遇するまで一時間以上かかる。
これには流石にマリーが文句を言い始め、セレスティアも少しモヤモヤしているようだ。
「全然いないじゃない!これならまだダンジョンの方が良くない?」
「そうですね。しかしここからの高難易度ダンジョンともなると一番近くて二つ隣にあるアレクサントライトですから仕方ありませんね」
「なぁ、やっぱり深域なのに魔物が少ないのってなんか変じゃないか?」
レルゲンが周りに確認を入れると、マリーとセレスティアが力強く頷く。
「前にもフィルメルクのダンジョン付近であったけど、これってもしかして」
セレスティアがレルゲンの思考を先読みし、代わりに答える
「付近にダンジョンが新しく出来た?」
「可能性はあると思う。ちょっと探しながら進んでみよう」
暫く進んでいると深域であるのにも関わらず、周囲の魔力が綺麗に無くなっている箇所にたどり着いた。
これは本格的にダンジョンが近いことを現している。
まず気づいたのはフェンだった。
急に「ウゥゥ…」と泣き始め、何処か威嚇するような声で唸る。
少し開けた、不自然なまでに綺麗な円形の遺跡跡のような場所が見え
下には赤い魔法陣が光り輝いており、踏めば恐らくダンジョンに飛ばされるであろうことが容易に想像できた。
「召子、これは転移の魔法陣だ。うっかり踏んだり触らないようにしてくれ」
「分かりました。言われなければ触っていたかも…」
「さて、一旦帰るか。そのまま挑戦するか___恐らくテクトが作った物ではなくて自然発生した物だと思う。ここまで来られるとも思わないしな」
「挑戦したい!」
マリーが見たことないものに目を輝かせていると、セレスティアは反対のようで
「挑戦するのは私も賛成ですが、一度数日国を空ける旨を伝えた方がいいと思います」
召子はというと
「皆さんにお任せします」
と一歩引いた立場に、最終的にはレルゲンが決めることになりそうだ。
「一旦戻ろう。ここにも印を置いておくから、すぐにまた来れるさ」
「分かったわ、早くお母様に許可をもらいに行きましょう!」
レルゲンが遺跡の近くに印を置いて、この日は一旦帰還することに。水龍にも一応ダンジョンがあった旨を説明しておき、王国に帰る。
あっさり許可が降りるかと思いきや、女王は難色を示していた。
「ギルド未登録の、恐らく高難易度よりも遥かに危険なダンジョンである事は間違いありません。
いくらあなた方が強くなったといっても、すぐに許可は出せません」
慎重な判断だ。魔法陣も青ではなく赤い、恐らく特別な六段階目は覚悟しておいた方がいいだろう。