第一章 9話 五段階目の魔物 アシュラ・ハガマ 改稿版
『貴方の企みは潰させてもらったわ』
『お前に話すことは許可していなぁぁぃいいい!!!この卑しい雌豚がぁ』
今までの口調とは打って変わり、
中性的な声からドスの効いた男性の声へと変わる。
『いやぁあん、ワタクシッたら。いっけなーい!てへっ?』
(上空からすでに投擲していることに気づいたか!勘のいい奴だ)
幸い魔物の動きは鈍い、耐久力と、攻撃、防御力が高い
タイプだろうことは魔力反応を見ればわかる。
闘技場の上空は幸い何も障害となる建物がなく、
青々とした空が広がっている。
『そこからお退きなさい、アシュラちゃん』
(主人の命令には従うタイプだな)
『いやねぇ、不意打ちだなんて。せっかくのお祭りなんですもの。
もっと楽しみましょ?それに貴方、随分とこちらを探っているようだけど、
狙い通りにいくかしらね?』
『さあな』
投擲された剣がアシュラと呼ばれた魔物めがけて飛ぶが、
これを必死に躱そうと動く魔物。
空中で自動追尾された無数の剣たちは正確に魔物へと突き刺さる、はずだった。
重力と念動魔術を合わせた剣の雨は正確に魔物へと命中したが、
体を覆う甲殻のようなものが剣を弾いた。
ガキィイインン!!!
大きな衝突音が響き渡る。
まるで剣と剣が衝突したときに出るような轟音。
剣は衝撃に耐えられずに派手に火花を上げて粉々に砕け散り、
ユニコーンを屠った時以上の攻撃があっさりと防がれる。
残った剣は空中に帯同させていた二本の剣のみ。
『あっらぁ?アシュラちゃんが強すぎて、全く攻撃が通らなかったわね?
じゃあ次はこっちから行っちゃおうかしら!ここで息の根止めてやるわ、雌豚』
『あいつ、殺すわ。二回も、二回も雌豚って言った!』
『高尚な術が使えるようだが、用い道がいけねぇ。
老体に鞭打つときかね』
二人の絶対殺す宣言に、彼は少しだけ引いた。
『あら?やる気?
この五段階目のアシュラ・ハガマに勝てると思っているのかしら、ね!』
五段階目の魔物。
中央王族機構筆頭の近衛騎士団が束になってようやく足止めできる
強さの魔物と言っていいだろう。
その大人数で相手する魔物をたった三人で相手しなければならない。
加えて、まだどんな手段で攻撃を行うのかわからない仮面の男。
素人目にも、戦況は絶望的だった。
言い終わると同時に暗殺ギルドの長らしく
黒く塗りこんである暗器をこちら目掛けて投擲してくる。
マリーと白髪の剣士は足に魔力を集中し、
垂直に跳んで回避するが、彼は動かない。
『ちょっと貴方!躱さないつもりなの?』
彼が得意そうに口角を上げる。
(躱す“必要がない”んだよ)
彼目掛けて投擲された暗器が突き刺さる直前、
ぐにゃりと軌道を曲げ、闘技場の壁に突き刺さる。
『あらら、貴方、もしかして“矢除けの加護”をもっているのかしら?
いやねぇ暗殺者殺しじゃないの』
『なんの対策もなくここに立っていると思うか?』
『それもそうね。なら狙いはそこの雌豚ただ一人に絞っちゃいましょうかね』
『させるかよ!』
着地した白髪の剣士が瞬間的に加速し、
両腕を骨折しているとは思えない速度で木剣を仮面の男目掛けて振るわれる。
立ち振る舞いを見るに、白髪の剣士の一撃を真正面から受けることはできない。
完璧に決まったと思った矢先。仮面の男が靄のように消えていく。
『幻惑魔術か』
『正解!でも分かったところで対応はできないわよ?』
マリーと白髪の剣士が周囲を警戒する。
気配は消えていない、だが正確な位置が掴めないでいた。
魔法陣の位置を探る時と同様に、
一度切っていた魔力感知の感覚を闘技場全体に、
半円を描くようなイメージで展開する。
(こいつ、魔力感知を警戒しているか知らんが、自然魔力を一切遮断しているな。
だが、周囲の魔力の揺らぎを追えば…!)
魔力の揺らぎを追うとやはりというべきか、
マリーの方を狙うべくこちら側に近づいていた。
帯同していた二本のうちの一本を射出する。
驚いた仮面の男が幻惑魔術を中断し、
一旦距離を取るべくバックステップする。
『なんでわかった?』
口調が演技風から男性の声へと変わる
『勘さ、君はマリーを狙うといっていたからな』
『そんな馬鹿なことがあるか!俺の!
んん、ワタクシの幻惑魔術は完璧です。気配だって自然魔力だって!!』
ここで自分から戦術をペラペラ喋ってしまっていることに気づく。
諌めてから更に続ける。
『いいでしょう!そんなに早く死にたいのなら、
アシュラちゃん!やってしまいなさい』
『グガァァアアアア!!!』
アシュラ・ハガマが口元に魔力を集中し、光が集まっていく。
収束するまで後数秒といったところだ。
『白髪の剣士はそこを動くな!
マリー、さっき飛んだときの様に君を抱いて俺が躱す』
『えっ?!あ、あぁ抱えてね』
ここで何故か顔を逸らす。
『そうだ、だからちょっとの間失礼』
もう発射まで猶予がない。
収束し切った口元は臨界点を迎え、
マリー達に向けて放たれた。
マリーを抱えた状態で、念動魔術を己とマリー全体にかけ、
両足に魔力を集中させる。
踏ん張った地面が削れ、勢いよく加速する。
アシュラ・ハガマの熱線が逃げるマリー達を追尾しながら
横に薙ぎ払う形で追跡する。
放たれた熱線は闘技場の壁を溶かしながらマリー達に迫っていく。
(なんという速力)
敵ながら彼の速力に感心する仮面の男。
首の角度を変えるだけの射出、逃げた距離がおよそ90度に達した時に、
熱線の追尾が若干遅くなる。
(これを待っていたよ)
熱線の追尾が遅れた瞬間に最速でウォーターボールを氷に性質変化し、
念動魔術で棘状に形状変化。
「回って進め」
二重に命令された氷の棘が高速で回転しながら
アシュラ・ハガマの顔面目掛けて射出される。
途中に熱線の影響を受けて若干溶けたが、
棘状に形状変化させた事で溶け切ることはなかった。
アシュラ・ハガマの目に命中した氷の棘は粉々に砕け
『ガァアア!』
アシュラ・ハガマが苦しそうに呻く。
熱線は途中で中断され、マリー達は事なきを得た。
『あら、これでもダメなの』
マリー本人を守りながら戦わなければならないため、
本人と距離を離すのは危険だ。
そして、アシュラ・ハガマに対する攻撃手段がまだ確立出来ないことも問題。
マリーを下ろし、熱線攻撃をしていた時のアシュラ・ハガマを思い返す。
(奴の攻撃は大火力の熱線。
あれだけの溜めの短さを考えれば何かカラクリがあるはずだ。
加えて連射は恐らく無理。
他の攻撃手段として咆哮辺りが考えられるが、
二度の発声を聞く限り可能性から消していい。)
高速で思考を回す。
(それに奴の尻尾が気になる。
熱線中はもっと光ってなかったか?
尻尾の付け根は皮膚が見えていることから恐らく剣は入るはず)
…落とすか…
帯同していた剣に炎を纏わせ高速回転させる。
回転で炎が消えない様に纏わせた段階で、
念動魔術で炎を剣に固定する事を忘れずに。
ギュイイイン!と剣が風を切る音が響き、
高速回転させた事で炎の円が出来上がる。
回転量が限界まで引き上げられた後に剣を空に向けて射出。
あわよくばその剣を眺めてくれればその隙に切り掛かることも出来たが、
そこまで間抜けな奴ではなかった。
『あらぁ?また最初と同じ手かしら?芸が無いわねぇ。
炎を纏わせたようだけど無駄無駄。
アシュラちゃんは固ーい甲殻に覆われているから剣なんて刺さらないわよ』
『そうかもな』
飄々と返した彼に仮面の男が少し苛立ちを見せる。
『あーあ、折角忠告してあげているのに、馬鹿な子。
まぁそこも可愛いんだけどね』
『はっ!中央の爪弾きものがデカいおもちゃ貰ってはしゃいでいる様だが、
まるで使いこなせていないやつが何を言っている』
『何ですって?』
かかった。もうひと押し煽るつもりが、
最初の一言で簡単にかかった。
『わからない様だから教えて上げるけど、アシュラちゃんはねぇ!
ワタクシが育てたのよ!生まれた時からずっとね!』
テイムモンスターの場合、テイムの手順は大きく分けて二通り存在する。
一つは時間こそ掛からないが、大掛かりな儀式魔術を発動させる方法。
もう一つは仮面の男が言っていた、生まれた時から時間を掛けて絆を深める方法だ。
時間をかける方法なら儀式魔術も幾つか簡略化させることができる。
五段階目ともなると、大掛かりな儀式でも時間がかかるため、
生まれた直後から調教する事を選んだのだろう。
『通りで攻撃が単調なわけだ。子は親に似るって言うしな』
『貴方から殺そうかしら』
(よし、注意が完全にこちらに向いたな)
『ファイア・ストーム』
グンタイイワシを纏めて討伐した魔術を再度発動し、
アシュラ・ハガマに攻撃する。
しかし大したダメージになっていないのが見て取れ、
付近にいた仮面の男が多少焦っていたくらいだ。
『こんな攻撃、アシュラちゃんには効かないって本当に分からないのね!
アシュラちゃん、やっておしまい!』
『ガァァァアアアア!』
先程の熱線と同じ構えで、光が口元に集中していく。
また尻尾の鉱石部分も同様に発色を始めていた。
(やはり尻尾は増幅器だな)
『今度は同じ様に行かないわよ。アシュラちゃんは熱線を分割できるの。
この意味、わかるわよね?どうする?命乞いでもしてみる?
まぁ、実際?どんなに許しを乞うても殺すけどね。アハハハハ!』
高笑いの刹那、上空から飛来した炎を纏いし回転刃が、
アシュラ・ハガマの尻尾の付け根へ正確に命中する。
甲殻以外の部位も並大抵の魔物よりも強靭だが、意識を逸らした後の一撃は、
呆気なくアシュラ・ハガマの尻尾を両断した。
『アシュラちゃん?!』
仮面の男の悲痛な叫びと共に、
アシュラ・ハガマが初めて痛みを伴った、籠った声を上げる。
『グゥゥオオオオォォォ……』
この瞬間を彼は逃さなかった。
アシュラ・ハガマに対する執着は今までのやり取りを見れば分かる。
(お前は絶対、その魔物を心配すると思ったよ)
仮面の男の注意が彼からアシュラ・ハガマに向いた瞬間、
仮面の男に魔力糸を伸ばし接着し、彼と仮面の男が直接接続される。
対象と直接繋いでしまえば、
それはもう彼と魔力的には一位胴体といっていい。
彼の大量の魔力が瞬時に仮面の男を覆い包み、
全力の念動魔術で後方に移動、もとい吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされた先には闘技場の壁、手加減なく壁に叩きつけられた仮面の男は、
小さなクレーターと共に血飛沫をあげる。
『がはっ』
消えゆく意識は当初の目的であったはずのマリーではなく、
アシュラ・ハガマに向けられていた。
(アシュラ、ちゃ、ん)
仮面の男が意図的に隠蔽していた魔力反応が一瞬戻り、
また徐々に消えてゆく。持って数分だろう。
宿主を失ったアシュラ・ハガマが腹いせとばかりに
暴れて狂おうと熱線を溜めるべく集中する。
しかし、どれだけの時間を使っても再度熱線を満足のいく威力で放つことは二度と…。
やはりあの尻尾の鉱石部分が魔力増幅器だった。
『切れた尻尾の付け根から攻めるぞ』
『ええ、分かったわ』
『後はボウズに任せる、俺は観客の手当てしてくらぁ』
手当が必要なのは白髪の剣士の方なのは間違いないが、
手負いとはいえアシュラ・ハガマの相手をするよりかは楽だろう。
五段階目の魔物だ。魔力自体はまだ健在に近い。
だが、殺傷能力を奪われた状態では攻撃手段はほぼ無いに等しい。
と思っていた。
限界を超えて一撃に全魔力を乗せた時のことを、彼は失念していた。
もう増幅器を失った状態では放つ威力など知れている。
宿主との連携を奪った今、もう脅威は去った。
そう安心していた。
『かましちゃって、アシュラ…ちゃ……ん』
そう言い残し、暗殺者ギルドの長は、二度と口を開くことはなかった。
宿主の最後の願いが、アシュラ・ハガマに届いたのか、
ただの自暴自棄なのかは定かでは無いが、
熱線を再度溜めるアシュラ・ハガマの全身が尻尾の増幅状態よりも眩しく、
強く発光する。
周辺の大気がジリジリと焼かれ、
超高温による暴風とも呼べる風が吹き荒れる。
急激な魔力反応の上昇にこの場にいた全員の反応が数秒遅れる。
怪我人の治療に向かって背を向けていた筈の白髪の剣士も思わず振り返る。
『なんだ、こりゃあ』
『ねぇ、これって』
『あぁ、火事場の馬鹿力だ』
『どうするの?』
不安そうに聞いてくるマリー
これだけの魔力の収束、間違いなく正真正銘最後の一撃だろう。
避けることも、恐らくできる。
だが観客は?住民はどうなる?
そんなこと、推測するまでもなく決まっている。
大虐殺だ。
意を決する。
今までとは打って変わって真剣な顔立ちになり、優しく、少し笑う。
『マリー、少し下がって、俺の後ろに。……そこでいい』
『どうするつもりだボウズ!』
『アンタもそこから動くな!俺はコイツの攻撃を受け切る!』
『待って!そんなことできるわけが!』
彼が振り返る。
『マリー、大丈夫だ。俺を信じろ』
彼の決意を感じたのか、それ以上は言わない。
全魔力、解放。
全身から赤い魔力が噴き出る。
共感覚で赤く見えるのではなく、
純粋に魔力濃度が高すぎるために色が現実に変化する。
大気が震え、周辺の重力が増したように錯覚するような、
とても濃い、濃密な魔力放出。
五割の消滅魔術を感じさせない強さで体外に漏れ出る魔力。
これより先は考えない。未来のことは考えない。
今この命がけで放たれる灯を、全身全霊をもって相対する。
臨界点を超え、アシュラ・ハガマが放つ閃光は、
彼と同じく赤を描きながら光線となって迫る。
全魔力を解放した分を両腕と両足に集中させる。
集中された手足に赤い魔力が出口を求めて揺らめくが、
決死の力を振り絞り霧散しないように引きとどめる。
光線が迫る。
武器はもういらない。
余計な小細工も、もういらない。
ギリっと奥歯を噛みしめ、噛みしめる力が強すぎるあまり歯が削れる。
超速度で放たれた光線を、目を見開いて正確に素手で受け止める。
魔力で超絶強化された手ですら、焼け、爛れ、血が噴き出る。
あまりに一瞬の出来事でも、
彼にとっては永遠に思えるような時間が過ぎていく。
しかし、心は折れない。
もう、“あんな結末”は嫌だ。
俺はもっと先に行かなくてはならない。
『こんなところで、負けてられないんだよ!!』
彼の意志に呼応するように、更に全身から赤い魔力が噴出してくる。
『おおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!』
限界を超えてなお、雄叫びを上げ、先へ、更に先へ。
後半はもう声にならないほど、喉が千切れるほど叫び、
その声を効いたマリー達は魔獣の咆哮を連想する。
手の平で受け、握りつぶすように光線を掴む。
質量をもたないはずの魔力と光線。
迸る魔力の本流に、彼の魔力が包みこむように染み込んでいく。
もう力が入らない腕と踏ん張る足。
それでもアシュラ・ハガマの光線は命を燃やし、放たれ続ける。
お互いに限界は近い。
限界の先で光線を掴む、感覚を
『捕まえた』
全光線の流れを掴みきり、
握られた光線を上空へと向けるべく両手を引き上げる。
ぐにゃりと軌道を曲げられた光線が、はるか上空へと突き向ける。
もうアシュラ・ハガマが光線の軌道を変えることはできない。
彼が空間を固定し、光線を仮想質量として定義し、
そして上空への道を作ることで、曲がり続ける現実を引き寄せる。
行き場を変更された光線は上空の雲を突き向け、
大気圏を突破し宇宙空間をしばらく直進したのちに消滅。
キラキラと魔力の欠片が降り注ぐ。
彼の周囲の地面は光線の熱で削れ、そして焦げ付いている。
魔力の残滓を糧に赤い炎が数か所から発生し、
燃やすものを探しているかの如くメラメラと燃え続ける。
アシュラ・ハガマは絶命することと引き換えに光線を放ち続け、
消滅後に本来出現する魔石でさえも存在しなかった。文字通り燃やし尽くしたのだ。
彼の「後ろ」を除いて。
全身火傷まみれになりながらも、彼女を護りきったのだ。
もう限界をとうに超えている彼は地面に仰向けに倒れこむ。
全身煤だらけになりながらも、マリーがにこっと笑いながら
『ありがとう。私を命がけで護ってくれて』
『ああ、無事か。はは、それはよかったよ』
安心した彼はそのまま意識を失い、
力が抜けた彼の頬をマリーが優しく撫でるのだった。
『頑張ったな、ボウズ。嬢ちゃんの命の恩人か。感謝するぜ』
その様子を見ていた、闘技場の入り口付近から見つめる影が一つ。
『見事だ。強きお人よ。
お嬢様をお護りになった件、全霊をもって陛下にお伝えしなければ』
瞬間、影が溶けるように消えていく。