6話 異世界人
剣闘大会が終わってからすぐ、ディシアは軽く引きこもっていた。
分かっていたとは言え、いざ自分を殺しにくる人物が現れると身体が震えていた。
植物園こと薬学研究所でカノンが心配そうにディシアのために紅茶を淹れていた。
「ディシアよ、おお可哀想に…私が心温まる紅茶を淹れて上げよう」
「お気遣いありがとうございます」
慣れた手つきで紅茶を淹れるカノンの表情も、どこかディシアに引っ張られるように多少暗い。
「最高級の紅茶が入りましたよ。それで?君の悩みの種はどこにあるんだい?聞かせてみたまえ」
出された紅茶を一口含み、ガラス張りから差し込んでくる優しい陽の光を浴びながら、ディシアが話始める。
「実は私を暗殺しに来た人物がいまして」
「また暗殺騒ぎか。続けて」
「恐らくですが、レルゲン様を危険視したヨルダルク側からの刺客かと。
更に私はここに滞在してから数ヶ月経ち、帰国の連絡もしていません。
反逆罪として処理されても文句は言えないでしょう。
最も、すぐに帰国していたとしても嫌疑をかけられて結末は同じだとは思いますが」
「つまり、何者かが既にこの国に入って、レルゲン助手とディシアを暗殺しようと企んでいる。決行の日は近いということか」
ディシアが無言で頷くと
「中々きな臭くなってきたねぇ…
平和な日常が帰ってきたと思っていたが、これも新王国の勤めか、よし!私から名案を授けよう!」
「名案ですか?」
「うむ、こういう時は騒ぎを大きくしてしまえば良いのだよ」
「大丈夫でしょうか…」
思いの外カノンは強い心を持っていることが分かり、ディシアは中々自分からは動けないため、カノンに頼ることにしたのだった。
後日、ディシアを含めた暗殺を食い止める作戦会議が秘密裏に行われた。
カノン、ディシア、レルゲン、マリー、セレスティアの五人のみで開かれた作戦会議兼
昼のお茶会は暗殺について話し合われるとは思えない和やかな雰囲気の下、行われる。
まず始めにレルゲンがディシアにもう暗殺者が紛れ込んでいるという確信は何処にあるのか問う。
「ディシア様、暗殺者が既にこの国に入っているとは、確信しておられるのですか?」
「はい。騎士レルゲンも既に何度か言葉を交わしていますよ。ショウコ・モガミです」
その場にいたディシア以外の全員が疑問の表情を浮かべるが
どうにもショウコがディシアとレルゲンの暗殺が出来る実力も、実行出来るだけの胆力を持ち合わせているとは思えなかったからだ。
「それは、ヨルダルクからの刺客がショウコで、彼女が持っているあの魔剣に関係があるのですか?」
ディシアが頷き、語り始める。
「今からお話しする事はヨルダルクの最重要機密の一つになります。大昔に、まだ召喚魔術が発達する前に、ヨルダルクである事故が起きました。
本来召喚魔術とは魔物を任意の場所に移動させたり、実際に手懐ける為の儀式陣に呼び出すことが殆どです。
その為、今でも召喚魔術と言えば魔物を呼び出すという認識が皆さんにも根付いていると思います。ここまでは皆さんよろしいでしょうか?」
ディシアが確認を取ると、話を聞いていた全員が頷き続きを促す。
「しかし、ある日魔物を呼び出す召喚魔法陣が何者かによって変更され、ある人間が召喚され
その人間は魔力を一切持たない代わりに、ある特殊な技能を持っていました。名を〈スキル〉と呼び、どの魔術、加護にも属さないのが特徴です。
その人間は相手の得意としている事や、おおよその強さ、経験によって〈スキル〉の増加が可能なようでした。
しかし、ある日突然〈勇者〉と名のついた〈スキル〉が発現してから事態が大きく動き始めます。
それまではただ単に少し強い一般人だったはずが、〈勇者〉を獲得してからは国家戦力、今の騎士レルゲンのように強くなったと聞いています」
全員がレルゲンの強さは〈勇者〉によるものなのかと感じて彼を見たが
「俺にそんなのはないぞ」
と一蹴し、マリーが
「そうよね」
と漏らす。
ディシアが続ける。
「当時のヨルダルクの研究者達は大いに喜びましたが、召喚された人物の素性を調べていくうちに
日本国という全くこの世界には該当しない場所からやってきたということが分かりました。
つまり、召喚されたのはこの世界とは全く別の世界、異世界人だったと言うわけです」
ここでレルゲンがディシアの話を遮るように止める。
「待ってくれ、イセカイジン?というからには、俺達がいるこの場所以外に他にも似たような世界があるって事か?」
「そうです。時代背景に誤差は見受けられましたが、間違いなくここでは無い何処か遠い場所から来たとお考えになってください。
ここからが本題です。
〈勇者〉が付与された異世界人は急激に多くの力を得た事で舞い上がり、人格が変わってしまう程でした。
そして程なくして"魔王"と呼ばれる"悪魔"が誕生し、世界は混迷を極めました。
これを見かねた泉の精霊が勇者に一本の聖剣を与え、勇者は精神的に落ち着きを取り戻し、仲間と共に魔王を討ち滅ぼして平和を取り戻したとあります」
黙って話を聞いていたセレスティアがディシアに疑問をぶつける。
「そこだけ聞くとディシアとレルゲンの暗殺と結びつかないのですが、どう関わってくるのですか?」
「それは…確証はありませんがヨルダルク側が聖剣をショウコ・モガミに与え、実際にこの中央までやってきたという状況証拠しかありませんが
ヨルダルク側からすると間違いなく私を最優先で消しにくるであろう事は国柄ですから予想できます。
騎士レルゲンに至っては可能なら息の根を、最低でも私の首は持って帰るように伝えられているはずです」
「俺もセレスと同じでショウコが暗殺をしにわざわざここまで来たとは考えられない。だけど御伽噺によく出てくる魔王についての事実は無視できないと思う。
仮にショウコが俺達の暗殺を目的にヨルダルクから遥々来たっていうなら、俺とディシア様は暫く一緒にいた方が出方を伺えるんじゃ無いか?」
「逆にレルゲンで暗殺を防げなかったら他に誰が護衛についても関係ないわ。私はレルゲンの案に賛成だけど、他の人はどうかしら?」
過去何度も自身の失脚を企まれ、それを阻止して見せたレルゲンに信頼をおいているマリーが周りに尋ねる。
「「異議なし!」」
「心強い申し出、ありがとうございます。では暫くの間よろしくお願いします。騎士レルゲン」
「いえ、俺も気になりますので問題ありません」
「あの、セレス…取って食べたりしないので、その笑顔はやめて下さい…」
「そんな怖い顔になっていましたか?」
「ええ、とっても」
全員が笑い合う事で今日の暗殺対策会議はお開きになる事になった。
「よかったね、ディシア君」
カノンが最後にディシアの頭を軽く撫でると、本心から安心したのかディシアは少し涙を流していた。