40話 神山___山査子
カイニルはテクトがモンストルム・ファブリカの爆発に巻き込まれたのを見て
「逝ったか」
と一言だけ呟いた。
既にモンストルム・ファブリカから出現した魔物は全て動きが止まり
動かなくなった魔物を放っておくわけにもいかないため、マリーやセレスティアが後処理をしている。
しかし、ハクロウは真っ直ぐにカイニルを見つけてからは視線を外さなかった。
「カイニル・マクマニルか?」
「ええ、そうよ」
立ち振る舞いから分かる、かつての師匠___"コジロウ"とよく似た雰囲気を纏ったこの女性は
間違いなく世代が違うだけで同じ門下生の内の一人だろう。
腰に差してある刀を二本とも抜き、ハクロウが構えを取る。
「いざ、尋常に勝負を願いたい」
カイニルはハクロウの左腕が魔力糸で動かされている、念動魔術によるものだとすぐに分かった。
この老人のことは誰だか分からないが、お誘いとあれば答えるのが剣士としての嗜み。
「素敵なお誘い___ありがとう」
カイニルは一本のみ刀を抜き、腰には刀がまだ一本刺さったまま。
(なぜ二本目を抜かない?)
と疑問に思ったが、カイニルが中段に剣を構える姿は、
かつて自分に技を教えてくれた師匠が最も得意としていた秘剣と同じ構えであることに気づき、すぐに思考を切り替える。
風がまだ強く、魔物には騎士団が処理のために武器を振るっていたが、不思議と二人の周囲には人が寄り付かなかった。
それほどまでに周囲の人間は生存本能が働き、これより先に入ったら死ぬと分かっているかのような空間が形成されていた。
勝負は一度きり、やり直しの出来ない果し合い。
二人の口から同時に「秘剣…」と同じ言葉が発せられる。
カイニルが一本の刀で
「燕返し」
ハクロウが二本の刀で
「神山___山査子」
カイニルの刀は三つに分身するかのようにほぼ同時に繰り出された三連撃を
ハクロウの剣はカイニルの首元へ、クロスさせるように振り下ろし
重なったと同時に反対側へ更にクロスさせて刀を振るう四連撃を繰り出す。
技を出し合った二人がすれ違い、空気を共に斬り裂いた。
ハクロウの右肩口から腹にかけて深い切り傷が刻まれ、すれ違ってからしばらくしてから傷口が漸く自覚したかのように遅れて鮮血が迸り
白い左腕はバラバラに破壊されて、魔力糸が接続先を求めて揺らめいている。
「素敵な果し合い、最後にありがとう」
カイニルがハクロウに向けて言葉をかけると、カイニルの首元に一本の線が伸びてゆき
やがて首から上が胴から分たれる。
決着が着いたと一瞬安堵したハクロウだったが、信じられない光景を目にする。
首から上が無くなったのにも関わらず、切断面が蠢き、新しい頭部を再生しようとしている。
「加護の一種だろうが、ここまでくるともはや"呪い"だな」
残る一本の刀でカイニルに介錯しようと近付くが、胴部分のみとなったカイニルが自らの心臓部を刀で突き刺し、完全に動きを停止した。
分たれた頭部からは満足そうな、少しだけ哀愁が漂うような笑みを見せながら、カイニルは瞳を閉じるのだった。