38話 心の魔術
「いくぞ」
レルゲンが勢いをつけてモンストルム・ファブリカへ飛翔しながら突っ込んでいく。
図体がでかい分、頭部から足元までには距離があることを活かし足元を這うように飛んで
かく乱すると、レルゲンの位置が正確に掴めなくなると考えたが、これは当てが外れる。
正確にレルゲンの飛んでいる位置から進行方向を予想しきったモンストルム・ファブリカの足がレルゲンを踏み潰す。
ドスンと地面が大きく揺れほんの少しの間静かになるが、白銀の剣で足ごと溶かしながら切断して脱出する。
足元を這うことを切り上げると、今度は一度距離を取ってから全速力で接近し、速度に振り切った戦い方に切り替える。
しかしこれも動きが単調になった分先回りした腕や足が自動的に迎撃してくるような感覚になる。
(単純な速さでもついてくるか)
レルゲンが速さに身を任せてモンストルム・ファブリカを白銀の剣で溶かしながら切り込みを入れては
忽ち回復されて元に戻っていくが、
これを鬱陶しいと感じたのか、核撃砲を連射することでレルゲンの動きを牽制するべく撃ち込んでくる。
核撃砲はレルゲンの念動魔術で軌道の変更が可能のため、
視界が塞がれるくらいの効果しか見込めなかったが、ここでもう一本の手が生やしたモンストルム・ファブリカは
王国に向かって核撃砲の一撃を放つ。
この場にいる全員が王国が焼き尽くされる未来を瞬時に想像したが、レルゲンは冷静に王国へ向かう核撃砲を観察していた。
瞬間的に、これは念動魔術の射程圏外だと考えたが、ある一言を思い出す。
「魔術の基本は、出来ると思う心なのです。答えはいつだって”ここ”にありますよ」
レルゲンは少し笑い、はるか遠くを進んでいく核撃砲に右手を伸ばす。
「曲がれ」
意志の込められた一言が現実をも浸食し、現実を引き寄せる。
王国に着弾すると誰もが予想した核撃砲は、着弾のギリギリで上空へ軌道を変更し、しばらく進んだ後に消えていった。
「この距離でも君の魔術は届くというのか!?」
「届かないなんて、誰が言った?」
初めて恐怖を覚えるタクト。
その表情には汗が伝っていたが、同時に想像できない光景を目の当たりにしたことで笑みを浮かべている。
「面白い!面白いぞレルゲン・シュトーゲン!
私は君に勝ちたいと強く思っていると告白しよう!」
「お前、本当にくだらない男だな」
(今までの奴の動き方、自動と手動を使い分けているな。
それに核撃砲の雨を降らせても一向に魔力が減少しない。間違いなくミリィが関係しているのが分かるが、
どうやって中から取り出す?)
レルゲンはミリィの救出方法を飛びながら模索していた。
赤い石の中にミリィがおり、魔力が際限なくあふれ出しているのは…
(赤い魔石は魔力の増幅機か!それはもはや魔物ではなく魔族に近いな)
赤い石が無くても核撃砲が使えるという事は、
石があればほぼ無尽蔵に打ち続けれるのと同義。
であれば、テクトは赤い魔石を傷つけられることすら嫌うはず。
(チャンスは一度切り…!)
再び全身が青い光に薄く包まれ、一度吹き上げる工程を省略し、相手に出来るだけ悟られないようにする。
しかし、テクトもレルゲンが何かをやろうとしていることに勘づく。
(魔力感知をすり抜けようと必死なようだが全て見えているぞ)
瞬間、レルゲンの動きを追っていた全モニターからレルゲンの姿が消える。
レルゲンが何かやろうとしたと感じたセレスティアの隠蔽魔術、ハイド・スペリアの発動。
(愛してる…!)
レルゲンの位置を懸命に探しているテクトだが、見つけられないため標的がセレスティアに向く。
「隠れたようだが、術師を始末すれば同じこと!」
核撃砲を発射するべく、モンストルム・ファブリカがセレスティアに手を向ける。
光が充足してゆくが、途中で光が拡散する。
「何が起きた?」
レルゲンが赤い石、”心臓部”の魔石に白銀の剣を何度も突き刺し、破壊を進めていたことに気づく。
「この鬱陶しいハエめ。そこを離れろ!」
(確定だな)
何度も突き刺された赤い石は熱で溶かされながらひび割れてゆき、あと一歩のところでテクトに気づかれた。
テクトが赤い石を前面に出していたのは、
レルゲンの黒龍の一撃を完全に防ぐ術を確立していたために出来た心の隙。
瞬時に赤い石をモンストルム・ファブリカの内部に収納し、扉を閉めることでレルゲンの追撃を防御しようとする。
薙ぎ払われた手を躱すために一旦距離を取り、様子を伺う。
(奴の中に入るためには、とっておきの場所が一つだけある)
テクトもレルゲンと同じく考えたのか、魔物が歩いてくる入口を閉じようとしていた。
爆発的に速度を上げられたレルゲンは衝撃派を纏いながらモンストルム・ファブリカの閉じかけている入口へと突っ込んでいく。
「届けぇぇぇぇええええ!!!」
全速力で突っ込まれた弾丸は、入口が締め切られる前に内部への侵入を転がり込むように果たした。
だが、そこで待ち受けてたのは特別な六段階目を含んだ魔物の工場の内部。
赤く光った眼光がレルゲンを囲み、抑えきれない殺意の籠った視線を向けてくる。
「お前ら、そこを今すぐ”どけ”」
レルゲンの言葉に応えた訳では無いが、魔物達は強制的に念動魔術で立っている位置を動かされ
咆哮すら上げることを許されなかった。
モンストルム・ファブリカの内部に繋がる一本の道ができると、レルゲンは急いで浮き
とんでもない速度でダンジョン内部を進んでいった。