34話 七段階目
レルゲン達が数分飛翔した後に見たものは、信じられない光景だった。
ダンジョンの「位置」が変わっている。否、動いていると表現した方が正しいだろう。
「何が…いや、ダンジョンが歩いているとでもいうのか…?」
「そんなの、あり得ません…!」
悲鳴にも似た声をセレスティアが上げる。
尚も一本ずつ歩を進めるが、余りにも一歩が大きいからかゆっくりに見える動きですらかなりの速度が出ている。
セレスティアは余りに信じられない光景に身体を振るわせ、レルゲンの声が届いていなかった。
「…レス、セレス、セレスティア!」
ハッと我に帰り、レルゲンを見る。
「今はもう俺たちしかこの暴走したダンジョンを止められない!やるしかないぞ!」
「はい!すぐにバフをかけ直します!」
額からはまだ汗が滲んでいるが、セレスティアは何とか思考を切り替え、レルゲンにバフをかける。
バフが乗り切った後、レルゲンが腰を落として二段階目の全魔力解放をする。
全身から青い炎にもにた魔力が噴き上がり、
すぐに黒龍の剣へ刀身の光を最初から伸ばさずに込められる。
碧く光った黒龍の剣を横に薙ぎ払い、一線の一撃を放つと、ダンジョンの外壁が貫通して動きを止めるダンジョン。
「やりましたね!」
とセレスティアが安心した様に喜ぶが、レルゲンの表情は変わらない。
(本当に今の一撃で、こいつは止まるのか…?)
刹那、貫通した部分が根を張る様に塞がって行き、完全に修復される。
その様子を見たセレスティアは、更に焦りの表情を見せる。
「傷が…!」
「剣で駄目なら、動きを封殺する」
無数に魔力糸を出し、歩みを進めるダンジョンへ接続する。
魔力糸無しでも強固に発動出来る念動魔術による固定を、更にブーストするかの如く魔力糸を使った直接接続によって動きを縛ってゆく。
ギリ、ギリと鈍い音を響かせながら完全に動きが止まり、安堵の表情を浮かべたセレスティアだが、
レルゲンを見ると鼻から血が絶え間なく流れ出ていることに気づく。
すぐに止血の意味も込めて回復魔術をかけたが、たかが鼻からの出血を止める事が出来ない。
早まる鼓動が、セレスティアの心を押し潰してゆく。
(どうして血が止まらないのですか!)
レルゲンが限界を迎えて魔力糸を解除すると、再び歩みを再開する巨大な建造物に似た"何か"
ここでテクトがレルゲン達に向けて声をかける
「素晴らしい力だ!しかし早々に策が尽きたと見える。
大人しくこの七段階目のモンストルム・ファブリカの道を空けるがいい」
「モンストルム・ファブリカ…」
ディシアが魔物と呼んでも良いのかすら分からないこの異形な魔物を口に出しているとテクトがディシアに声をかける
「やぁ、ディシア・オルテンシアじゃないか。ヨルダルクは今も健在そうで何よりだ」
「私は貴方を資料でしか知りませんが、貴方は私を知っている様ですね」
「勿論知っているとも、これから"踏み潰す国"の要人なんだからね」
「やはり、ヨルダルクへの復讐ですか」
「復讐…復讐か、ある側面から見ればそう映るだろう。しかし、私はそんな事に興味はない。
ただ、私の研究が正しいことを、私を追放した者達に教えてやることこそが目的なのだよ」
「本当に貴方は資料で見た通りのつまらない男ですね」
「何だと?」
歩みを進めていたモンストルム・ファブリカが停止したかと思えば、
四角い形状から一部が裂ける様に分かれ、手のような物をディシアに向ける。
「核撃砲、今の彼に凌げるかな?」
瞬間的にレルゲンが王国の方へセレスティアとディシアを連れて飛翔する。
セレスティアは何も言わなかったが、表情は暗い。
ディシアは表情を変える事なくモンストルム・ファブリカを見つめ続けた。
核撃砲が発射され、レルゲンはこれを辛くも交わすが、熱を伴う光線の熱さが三人を軽く焼き、当たれば即蒸発。威力の高さを伺う事が出来た。
死の光が連続して放たれ、上下左右、あらゆる角度へ飛び続ける事で回避するが
幾らモンストルム・ファブリカから回避しても、機械的にレルゲン達を追撃してくる。
レルゲンが逃げる先に選んだのは、上空の更に先にある雲の上。
逃すまいと更に大量の光がレルゲン達を追いかけたが、何とか無傷で雲の上に到着し、光線の矢が止まる。
「一度王国に帰って報告しよう。ディシア様はどうする?と言っても王国に一緒に連れ帰らないと命の保障は出来ませんが」
「ええ、それで構いません」
雲の上を暫く飛んでテクトが操る魔物から完全に離れてから下降し、一直線に王国まで丸一日をかけて帰還する。
帰還したレルゲンの報告を聞いた女王は、眉間に皺が寄りながらも
ディシアと表情が暗いセレスティア、目に軽いクマが出来ているレルゲンを見て一言
「無事に戻ってきただけで大義でした」
と労いの言葉をかけるのみだった。
レルゲン達の帰りを心待ちにしていたマリーは、レルゲンを見るや抱きついて
「お帰りなさい!」
と労うのだが、様子のおかしいセレスティアと、立っているのがやっとのレルゲン
そして見知らぬ女を連れて戻ってきたことで何かがおかしいと察する。
「何があったの?」
と尋ねるマリーにレルゲンが簡単に説明する。
「家族がここまでやられたからにはきっちりお返ししてやるわ。
でも、まずはゆっくり休んで___セレスお姉様も」
それで、貴女は誰なの?といった視線を向けるマリーにディシアが軽く挨拶をする。
杖を足の前に出し、黒のスカートを反対の手で摘み頭を下げる。
「私はヨルダルクの最高意思決定機関の一人、ディシア・オルテンシアと申します。
第三王女のマリー・トレスティア様とお見受けします。以後、お見知り置きを」
(セレスお姉様から前に聞いたことのあるヨルダルクの天才児…)
「こちらこそよろしく___うちの旦那が世話になったわ」
「ええ、何度も助けていただきました。レルゲンには感謝しています」
ここでマリーが少し顔を歪ませる。
マリーの後ろにいるハクロウが肩に手を置き、振り返ったマリーに向けて首を振る。
マリーがはぁーっと大きく息を吐いて思考を切り替え、レルゲンの身体を支えながら後にする。
部屋に戻った三人はすぐに眠り、先に起きたマリーは自身の魔力を慣れた魔力糸捌きで、優しく二人に流し込むのだった。