31話 ボスラッシュ
昨日は遅くまで討伐戦をしていたレルゲン達だったが、朝早くから侵攻の対策をするために会議が開かれていた。
攻略本部兼、対策本部の長が現在の状況を整理する。
「現在はこちらにいらっしゃるレルゲン殿
のおかげもあって第一次侵攻は何とか押し返すことができた。
しかし、依然としてダンジョンを震源とした地震が続いていることから、まだ侵攻は続くと考えられる」
一時は避難した冒険者たちだが、魔物から取れる魔石を求めて。
またはこの非常事態を利用して武勲を立てようと考える者たちが少人数とはいえ集まっていた。
「集まってくれた勇敢な冒険者諸君には感謝する。
しかし、高難度ダンジョンとは危険度が全くの別物、更に危険な状態といっていいだろう。
再度の確認になるが、命がここで散っても構わない奴だけここに残ってくれ」
少しの沈黙。
尻尾を巻いて逃げる冒険者はおらず、長の表情が柔らかくなる。
「ようこそ、地獄の楽園へ」
ディシアが作戦の概要をみんなに伝える。
「作戦はこうなります。まず第一に集まって頂いた冒険者様方に最初の砦をお任せし、間を抜けた魔物をレルゲンとセレスティアに討伐して頂きます。
ですので、有り体に言ってしまえば」
冒険者の一人がつぶやく
「ガンガン行こうぜ?」
ディシアがニコッと笑い
「その通りになります。長からもありましたが大きな危険が伴いますので、命を大事にされながら討伐を行われても構いません。
後ろはしっかりしているので、
心置きなく戦って下さいという意識が伝わればよろしいかと」
冒険者達の士気は思いの外高い。
これなら多少はレルゲン達の負担も軽減されるとセレスティアは考えたが、レルゲンの顔は険しいままだった。
気になったセレスティアがレルゲンに問うと
「四段階目の魔物を引き上げたという事は、物量で押す方法を諦めたと考えてもいい。
だから、魔物の生産方法を数が減ったとしても五段階目以上に絞ったやり方で来るかもしれない。
そうなったら、俺はセレスとディシア様の安全を優先させてもらう」
それを聞いた一部の冒険者が少し機嫌が悪くなり、レルゲンを諫めるように悪態をつく。
「俺達はアンタ等に護られるためにここにいるんじゃない。勘違いはよしてもらおう。
例え五段階目だろうが六段階目だろうが
討伐経験のあるやつらが揃っている。
俺達は対等だ。そこは間違えないで頂こう」
「ああ、前衛は頼んだ。だがいつでも変わるからな」
手をひらひらと振りながらその場を後にする冒険者たち。
「全く、生意気な兄ちゃんだぜ」
笑いながらも攻略本部のテントを出た冒険者たちの表情は、戦場に向かう戦士の顔つきに変わっていた。
「昨日マインドダウンの寸前まで魔力を使い切ったとようですが、現在も魔力はまだ戻っていませんか?」
ディシアがレルゲンを心配するように声をかける。
レルゲンはマインドダウンの寸前まで魔力を使っていたことはセレスティアにすら話していなかったが、
ディシアにはなぜか知られていたようだ。
驚きはしたが、まだまだ謎の多い少女であるディシア・オルテンシアに気取られないように
「魔力は昨日時点で七割ほどは使ったが、マインドダウンの寸前まで使ってはいないぞ。
今の魔力量はほぼ全快状態だ」
と嘘の申告をする。
「本当ですか?」
ディシアがレルゲンの手に触れると、
セレスティアが少し顔をムッとさせる。
「ディシア、最近レルゲンに触り過ぎではありませんか?」
「いいえ?そんなことありませんよ?
だって貴女の旦那様は"嘘つき"なんですもの」
「どういうことですか?」
セレスティアがレルゲンに聞くが、これ以上事態がややこしくなる前に白状する。
「確かに昨日、俺はマインドダウン寸前まで魔力を使った。
魔力もまだ七割程しか回復していないのも事実だ。
ただ、そんなに触られるとセレスに小言を言われるのも仕方ないでしょう」
「それは確かにそうですね。失礼しました」
あっさりと謝るディシアを見て、セレスティアはまだ面白くないような微妙な表情になる。
しかし、それよりもレルゲンが魔力の使い過ぎを黙っていた事の方が問題だった。
「レルゲン。魔力の受け渡しなら私に言ってください。
万が一マインドダウンになりでもしたら対抗手段がなくなってしまいます」
「見通しが甘かったかもしれない。悪かったよ」
「とりあえず、魔力は私から渡します。魔力糸、繋いで下さい」
言われるがままセレスティアに魔力糸を繋ぎ、魔力の受け渡しを行う。
癒えたレルゲンの魔力は八割程までに回復し、セレスティアの魔力も全快から八割程になる。
魔力糸で魔力の受け渡しが完了してから暫くの時間が過ぎてお昼過ぎになった所で、攻略本部に一報が入った。
まるでレルゲンとセレスティアの魔力が全快に戻るのを"待っていた"かのように。
「敵襲です。その数およそ百程!
しかしどれも五段階目以上、ボス級の魔物の群れです!」
全員が朝、レルゲンが言っていた通りの展開になった事で視線を送ったが、それを気にすることなく
「行こう」
と一言だけ皆に声をかけて部屋を出ていく。
あまりに落ち着いているレルゲンを見て周りの冒険者達も慌てることなく部屋を後にする。
街を舞台にボス攻略が各方面で行われている。
レルゲンとセレスティア、ディシアは上空で待機して戦況を見守る。
空から直接見れば、カバーに入るまでの時間が大幅に短縮されるからだ。
地上の冒険者達も高いプライドを持っており、
我先に魔物を討伐するのではなく、
あの子生意気な青年に魔物を絶対通さないという意思が宿っていた。
結果的に突っ込み過ぎるのでもなく、引きすぎるのでもないいい塩梅になっていたのだが、
レルゲンはそれに気づくことはなく、ただレベルの高い攻略戦を見ていた。
しばらく膠着状態が続いた後に、
一つのパーティに五段階目のボス級の魔物が複数固まり、徐々に後退してゆく。
(ここで奴に頼ったら恥だ…!)
無理に突っ込もうと駆け出した冒険者の前にセレスティアが降り立ち、微笑みながらも前を向く。
「カバーします!」
「すまねぇ!」
セレスティアを送ったのは訳がある。
皆レルゲンに頼らないように意固地になっている中で、
無理に力を貸せばそれこそいつ終わるのか分からないこの戦いに軋轢が生まれかねない。
その為、助けられる回数を増やし、
セレスティアでも対応が難しくなった時にレルゲンが助けることが、ここでは必要な手順だった。
事前にセレスティアにはこの手順を伝え、
負担を強いることを快く受けてくれたが、時間が経つに連れて、汗をかく量が増えてゆく。
レルゲンはその間、放たれたヒュージ・スワンを一匹残らず討伐していき、地上の監視を続けていた。
その様子を見ていたディシアが、空に浮かされながらもレルゲンへ声をかける。
「中々難しい局面ですね。冒険者達は貴方が介入するのを何とか阻止しようと躍起になっている」
「今でこそ五段階目だから何とかなってはいるが……来たぞ。六段階目だ」
ここで六段階目の龍種の一つであるラグーン・ドラゴンが全身から水飛沫を上げながら進んでくる。
五段階目の複数相手ですら手一杯の冒険者は、
六段階目の強力な魔物と、加えて足場を悪くする水の二重苦に悪戦苦闘する。
これ以上はパニックになると状況を考えたリーダー格の冒険者が「くそっ!」と言いながらもレルゲンの方を見た。