30話 深夜に及ぶ前哨戦
(あれが山斬りを可能にする剣…!)
レルゲンが黒龍の剣を初めて抜く姿を見たディシアは、不思議な気持ちになった。
あれが本当に山を斬ることが本当に可能にする剣なのかと疑問に感じる。
(見たところ魔剣なのは間違いないが、
感じられる魔力はさほど高くない。
普段から”もっと強力に魔力を発している剣”はヨルダルクにある…)
だが、珍しくないというだけで貴重な代物なのは間違いない。
やはり何かの間違いなのかとレルゲンに
尋ねようとしたディシアだが、すぐに評価を改めることになる。
レルゲンが赤く濃密な魔力を剣に込め、
漆黒の剣がレルゲンの魔力に応えるように刀身を伸ばしたかと思えば、
すぐに剣の大きさが元の大きさに戻り、深紅の輝きを放つ。
五段階目のヒュージ・スワンが無数に
飛来する中心点に狙いを定められた一撃は
深紅の線を描くように一本の閃光になり、
全体の八割ほど、おおよそ十五体もの
ヒュージ・スワンが一気に討伐された。
(山斬りを可能にするのは彼の膨大な魔力量と、一撃の圧縮が可能にしている…!)
もしも彼にヨルダルクの武器を与えたら、一体どんな戦力になるのか。
もはや国家級の戦術兵器になってしまうのでないかと危惧するのと同時に、研究者魂がその景色
をこのレルゲンと一緒に見てみたいと思う気持ちが
強くなっているのを感じていた。
残りのヒュージ・スワンはセレスティア
がほぼ全て討伐したが、何体か後ろに逃してしまう。
「すみません。フォローをお願いします!」
「任せろ」
レルゲンがヒュージ・スワンよりも
速い速度で回り込み、必殺の一撃で
もって全ての討伐を成し遂げる。
この様子を見ていたディシアは戦慄していた。
ヒュージ・スワンを討伐している
最中にも下を歩く魔物達は、
魔力糸で侵攻の幅を狭められ、
五本のウィンドカットを纏った剣は依然として討伐を進めている。
最早自動化と呼べるくらいには、
レルゲンは下に意識を飛ばしていないように
見て取ることができたからだ。
(やはり恐ろしい技術の上に成り立っていますね。
一体この若さでいくつの修羅場を乗り越えれば
ここまで洗練された魔術を行使できるようになるのでしょうか…)
滲む冷や汗を拭いながらディシアは高速で考えを巡らせる。
(彼は優しい面が強いですが、魔物や恐らく魔族も、敵と認識すれば容赦がない性格の持ち主。
一歩間違えれば戦争の火種にもなり得る危うさも持っている。我々ヨルダルクは王国と同盟国だから、
すぐには戦争とはなり得ないでしょうが、
もし私があの時に検問に行っていなかったときは、
最悪同盟の破棄や侵略行為とみなされて
このレルゲンという怪物と戦うことになっていたかもしれない。もしそうなっていればもう
”あの手”しか残されていなかったでしょう)
「セレス。貴女はとんでもない方と結婚しましたね」
「はい。ですが、彼の力はまだこんなものではありません。
カイニル・マクマニルというフィルメルクのダンジョンで出会った人物と戦ったときは、もっと本気で戦っていました」
「カイニル・マクマニル…
その名、どこかで聞いたような気が」
ここでレルゲンがセレスを呼んで援護を要請する。
「セレス。そろそろバフが切れる頃だ。
重ね掛けを頼みたい」
「わかりました」
すぐに会話を切り上げてレルゲンと自身にバフを再度かけ直す。
この様子を見ていたテクトは少しの焦りを見せる。
「地上の掃討は続けながら、空から仕掛けても全て撃ち落とすか!
素晴らしい戦力だ、レルゲン・シュトーゲン!
君は一人で一国分以上の戦力があると仮定して良いと認識を改めるよ。
四段階目の”雑魚”では君の神経を削ることすらままならないのであれば
四段階目を使った物量作戦は一旦中止し、
五段階目以上の魔物を生産することに全リソースを回すように変更しなければ。
今日のところは君の睡眠時間を削ることしかできなかったが、明日また君との勝負を預けることとしよう」
モニターの電源を切り、魔物の生産は全て第五・六段階目に固定されたことを示す
特殊な機材に似た赤い光が明滅していた。
それから既に解き放たれた四段階目と
五段階目を完全に討伐したのは深夜にまで時間がかかった。
「深夜までの討伐戦、お疲れ様でした。
一旦は魔物の追加は無さそうなので、仮眠を取ってしまいましょう」
「セレスもお疲れ様。今日はかなりくたびれたけど、明日からが本番なはずだ。
早めに休むとしよう。ディシア様も飛行酔いしていませんか?」
「ええ、私はずっと浮いていただけですから、特には」
一旦ヨルダルクのダンジョン街まで戻り、
無事な宿泊所を見つけて一泊する。
店員は既に避難していても抜けの空だが、
ありがたく使わせてもらう事にする。
マリーや王国には五日で戻らなければ侵攻が開始したと考えるように伝言を残したため、
問題はないが今もハクロウは指揮を取っているのだろうか。
またマリーは深域で無理をしていないかなど、考え始めると目が冴えてしまった。
それを心配したディシアがレルゲンの手を握って
「貴方は本日よく頑張りました。しっかりと"眠くなって"もらって明日に備えましょう」
「ああ、そろそろ寝るよ。ディシア様もあまり夜更かしはしないでください」
「ええ、私も眠ります。貴方が眠ったのを確認しましたら。お休みなさい、王国の英雄様」