26話 ディシア・オルテンシアとの出会い
王国にある宮殿の入り口で出発の準備を確認するレルゲンとセレスティア。
今回は秘密裏に行われる任務ではない。
そのため正面から出発することに。
「確認になりますが、もしも既にヨルダルクから進軍が開始されていた時は、私とレルゲンは敵の数を減らしながら後退戦を行います。
五日でここに戻らなかったら既に進軍が始まっていたとお考え下さい」
女王が頷き、レルゲンに一通の手紙を渡す。
「ヨルダルクは警備がかなり厳重なので、この王国の印がある書状を持って正面から入って下さい。
くれぐれも空から直接入らないようにお願い致します」
「お預かり致します。では陛下、マリー。行って参ります」
「行って参りますお母様。マリーはあまり団長殿を無理させないように」
「分かっているわお姉様。次にハクロウ先生と会う時は魔力糸制御が完璧になっているはずよ」
それを聞いたハクロウが焦った表情になる。
「おいおい勘弁してくれよ嬢ちゃん…」
全員が笑い、表情を引き締め直したレルゲンとセレスティアは出発までもう秒読みだ。
マリーが再度、レルゲンとセレスティアに声をかける。
強がってはいるが、いざ別れの時となるとどこか胸の騒めきを抑えられなくなった。
「レルゲン、セレスお姉様。無茶はしないで下さい。どうかご無事で!」
二人がマリーを抱きしめ、優しく頭を撫でる。
その様子を見ていた女王はどこか微笑ましそうだ。
レルゲンがセレスティアを抱え、徐々に空中に浮かんでいく。
加速していき、あっという間に見えなくなる様子を見ていた女王は
川の水質調査に向かった時とは別次元の速さになっていたレルゲンを見て驚きを隠せなかった。
半日間休み無しで飛んでいたレルゲンは、現在地を確認するためにも一度地上に降りる。
おおよそ半分くらいまで来ていればいいと思っていたレルゲンだが
セレスティアによるともう七割程の距離を進んできていたようだった。
抱えられるとここまで速いのかと思いながらも、セレスティアはレルゲンの成長した姿を肌で感じることができ、納得していた。
レルゲンが以前マリーに教えていたマインドダウンで器を破壊したことによる最大魔力量の上昇を聞いた時には正に目から鱗だったが
この方法には弱点があるとも聞いていた。
元々の魔力の器が大きければ大きい程、一度の器の破壊による反動が大きくなり
そもそも魔力を限界以上に使う頻度も落ちる。
そのためマリーの時は何度も器の破壊が出来たが、レルゲンが器を破壊した時には治るまでの時間が膨大なものとなったのだ。
つまり、生死を覚悟したカイニルとの戦いによる経験値と
マインドダウンによる最大魔力量の上昇は、レルゲンをさらなる高みへ連れて行ったということだ。
「最初は数時間で一度休憩を挟んでいましたが、今ではだいぶ慣れたようですね」
「セレスを抱えて飛んでいるのもあるけど、最大魔力量がかなり上がったからな。
もうカイニルとの戦いで魔力が尽きることもないはずだ」
「では、仮にヨルダルクでカイニルと対峙した時は安心して見ていられますね」
「期待してもらってるところ悪いが、今まであった純粋な剣士で恐らく一番の実力者なのは間違いない。
正直今の俺でも勝てるかは少し怪しいぞ」
「いつにもなく弱気ですね。それでは王国の未来が心配になってしまいます。ちゃんとして下さい」
初めてセレスティアに軽く怒られ、少し驚いた表情をしたレルゲンだが
確かに王国の未来は自分の手に掛かっている。自覚が足りなかったと反省し、セレスティアに感謝する。
「ありがとうセレス。俺が勝てないと王国の誰がカイニルを止めるんだ___だよな。いい喝が入った」
「いいえ、支え合ってこそですから」
「さぁ、休憩もそろそろ終わりにして、早いところヨルダルクの国境まで行こう。
この分なら陽が落ち切る前までには着きそうだ」
「はい。ではまた抱えて下さい」
飛ぼうとした瞬間に抱えたセレスティアが耳元でレルゲンに囁く。
「愛していますよ。自慢の旦那様」
「俺もだ」
再びの飛翔でヨルダルクの国境まで直接飛んで行き、飛来物だと思った衛兵達が驚いて一度戦闘体制に入った。
しかし、すぐに王国からの書状を渡し、セレスティアが身分を明かし
「失礼致しました。
しかし、いきなりの要人訪問ではおもてなしすることは出来ず、一度国の中心にあります研究都市までご同行願います」
「それだと遅い。悪いが研究都市に寄っている時間はない。
君たちの国にあるダンジョンから魔物が大量に行軍してくる可能性があるんだ」
「ですが、それでは私達はいくら要人とはいえここでお止めする他ございません。ご容赦を下さい」
最悪全て峰打ちして押し通るか?とも考えたが
セレスがレルゲンを目で制す。
「では、皆さんには申し訳ありませんが、眠って頂きます」
神杖を構えて睡眠の魔術を唱えようとした時に待ったをかける人物が現れる。
「お待ち下さい。セレスティア様」
「そのお声は、ヨルダルクの___」
「お久しぶりですね。そちらの国では色々とあったようですが、カノンは元気ですか?」
「はい。未だにヨルダルクの研究者に負けないように頑張っていますよ」
「そうですか。いつかまた再開できることを楽しみにしております」
「それで、ヨルダルクの"最高意思決定機関"のディシア様はなぜ国境付近にいらっしゃるのですか?」
「詳しくはお伝え出来ませんが、"神託"により
「遠方より飛来客あり。それは国にとって大事なものとなるだろう」とありまして
来るとしたらここだと思い、私自ら赴いたということです」
「神託ですか___しかし助かりました。貴女がいればこの衛兵に乱暴をしなくて良いのですから」
「それ程までに緊急の事態なのですね。分かりました。それで、そちらの方は?」
「私の夫であり、王国の副団長でもある…」
レルゲンが一歩前に出て、騎士令を取る。
「レルゲン・シュトーゲンと申します」
レルゲンを不思議そうな目で見るディシアというヨルダルクの要人は、レルゲンに近づき
「初めましてセレスの旦那様。私はヨルダルク最高意思決定機関の一人___ディシア・オルテンシアと申します」
足が悪いのか、杖をカツカツとつきながらレルゲンに令を取る。
白いショートカットに近い髪の毛がふわっとなびいており、少し甘い匂いがする。
「なるほど、それ程までに強い自然魔力量。セレスが心惹かれるのも分かる気がします」
セレスティアがディシアに現在の状況を伝え
ると
「神託は間違いなくこの事だとは思うのですが、ダンジョンに行くとなると、私も一緒にいく必要がありますね。騎士レルゲン、私も連れて行って頂くことは可能ですか?」
「可能です」
「ではダンジョンまで私も同行致します。よろしいですね?」
セレスティアを見ると、頷くのでディシアも連れて行くことにするが、一言だけ断りを入れておく必要があった。
「連れて行くことは構いませんが、ダンジョンが既に魔物で溢れていた場合は
ディシア様には私と常に行動を共にして頂く必要があります。それでもよろしいでしょうか?」
「それはなぜですか?」
「恩身をお護りできる人物が私しかいないからです」
「では、私の命は貴方に一旦預けましょう。よろしくお願いします。騎士レルゲン」
「承りました」
レルゲンが騎士令を返すと、衛兵達が言葉を挟んだ。
「ディシア様。それでは恩身の安全が保障できません。もう一度お考え直し下さい」
「いいえ、私は騎士レルゲンを信じるのは勿論ですが
ここにいる友人のセレスティアを信じているのですよ。言葉を慎みなさい」
年齢的にはセレスティアとそこまで変わらないとはいえ、高みに登り詰めた権力者。
レルゲンは言葉から発せられる圧は重みを感じ取っていた。
「はっ、失礼致しました」
思いの外あっさりと引き下がる衛兵達。多少疑問に思いながらもレルゲンはディシアに念動魔術をかけて
高難度ダンジョンのある街まで飛んで行く。間も無く陽が落ちる頃合いだろう。
なるべく速度を出してここまで来たが、陽が落ち切る前にダンジョン街まで飛んで行くために一層速度を上げる。
まるで龍種のような速度で飛んで行くレルゲン達を見た衛兵は、流れ星を見ているような気分になっていた。




