24話 宣戦布告
それからレルゲンのマインドダウンが回復するまでの七日間
ミリィの意識は戻らず、二人暮らしのミリィの家族には事情を説明する手紙を攻略本部から出してもらった。
王国に戻る出発の朝までにギルドのカガリに挨拶を済ませ、フィルメルクを後にする一行。
今回はマリーとセレスティアの他にミリィとレインもいる。
魔力が戻ったとは言え、レルゲンの負担を考えて初日よりも日数がかかったが、
王国付近の地脈が流れている地点に差し掛かるまでは魔物とも遭遇することなく国境を越えていく。
王国領に入ってからというもの、マリーとセレスティア、レインの会話が良く弾んでいるようで
国に入ったことによる安心感とレインの人となりがようやく理解できたという事だろう。
「レルゲンさんは、三人目の奥さんについてどう思われますか?」
「なんだ急に」
危うく飲んでいたコーヒーを吹きそうになる。
「いえ、お二人から聞いた話によれば王国にはカノン様がまだいらっしゃるようではないですか」
「いや、カノンには申し訳ないがそういう目で見たことが無いな。あれは小さな俺の姉みたいな人だ」
「なるほど。それで、新しい奥さんを迎えるならどんな方が良いですか?」
「そもそも、新しく結婚するつもりは俺にはないよ」
「そうですか…ではこの話は終わりですね」
レインが残念そうに話しを打ち切るが、マリーとセレスティアは少し安心した表情を見せていた。
「そろそろ地脈からの魔力供給量が増える。あと一回飛んで休憩する時は注意を頼む」
「わかったわ。大方三段階目くらいでしょうけどね」
もうレルゲンがいなくても大抵の敵は何とかなるはずだ。
出来るだけマリーとセレスティアに任せてレルゲンは魔力を全快に戻すことに努めることに。
レインも空を飛ぶことに慣れたのか、気持ちよさそうに風を切っている。
いざ王国が遠目から見えてくると地脈から溢れ出てくる量がマリーとの里帰り時より多くなっている気がしていた。
そのため、マインドダウン状態から脱却しつつあったレルゲンの魔力が忽ち回復して行き、全快まで後少しというところまで来ていた。
「このまま屋上庭園に降りようと思う。ミリィとレインは初めての王国だろうから、
拘束されないようにセレスの方から女王に事情を説明してもらいたい」
「わかりました。お二人の安全は私が保障します」
徐々に速度が落とされて行き、優しく屋上庭園に降り立つ。
すると影部隊の一人が屋上の影から現れてレルゲン達を向かい入れてくれた。
「セレスティア様、マリー様、そしてレルゲン様。長旅お疲れ様でございました。
お連れ様も遠路遥々お越し頂き、主にかわり御礼申し上げます」
「ご丁寧にどうもありがとうございます」
レインがお辞儀をして影との挨拶を済ませ、まずは報告の為に女王の私室に案内される。
セレスティアが扉を軽く叩くと、中からダクストベリク女王が「どうぞ」
と短く入室を認める。
「只今戻りました。お母様」
セレスティアとマリーを確認するや否や、公務中だったであろうペンをすぐに置いて二人に歩み寄り、強く抱きしめた。
「よくご無事で帰ってきました。二人共」
「お母様、苦しいです」
マリーが女王の腕を優しく掴む。
すぐに女王は周りに人がいる事を思い出してすぐに愛娘を解放するが、二人の肩に手を置いて
「騎士レルゲン。二人を無事に連れ帰る任務。大義でした」
「はっ、それが私の使命ですので」
騎士令を取り、女王に向かって挨拶を返す。
「そしてそちらのお二人は?」
「私からご説明させて頂きます…こちらは、、」
セレスティアが二人の素性について説明する。またダンジョンの最終ボスを討伐した事
乱入者が現れて攻略が途中で打ち切りになったことを伝えると、女王は一つの手紙をセレスティアに渡した。
「恐らくそのテクトと名乗る人物からだと思いますが、国にこんな書状が届きました」
セレスティアが中身を確認し、読み上げる。
「王国民諸君、私はダンジョンの創設者である。
そちらにいるレルゲン・シュトーゲン殿。そしてその一行の皆様。
私はこれより、そう近くない未来に王国へ魔物の軍勢と共に攻め入ることを正式に宣言する。
私が欲しいのは王国に流れる魔力あふれる地脈に他ならない。
血を流すことは私も望まない未来だ。
即時に国を明け渡すのであれば進軍は止めることは可能だ。いい返事を待っている。創設者Tより」
この宣戦布告にマリーは怒りを抑えきれないでいた。
「戦いたいっていうならやってやろうじゃない」
「私もこの宣戦布告文は看過できません。すぐに対策本部を設立することを進言いたします」
愛する娘達の力をまた借りなければ王国の未来が脅かされてしまう現状に、女王は無力感に苛まれていた。
「魔物の数は予想ができますか?騎士レルゲン」
「はっきりとは申し上げられませんが、敵は高難易度ダンジョンの魔物を操って攻めてくるものだと思われます。
数にすれば1万は下らないかと…」
「四段階目以上の魔物が1万以上ですか…分かりました。
これより早急に対策本部を設立。王国の騎士団に事態の説明をし、各国に調査に向かわせている”特別騎士”にも召集をかけます」
影部隊が女王の命令が出された瞬間、影へと消えてゆき特別騎士という密偵までも集めるというのだから、
文字通りの総力戦となるのは間違いないだろう。
急遽ハクロウ騎士団長が王国の騎士に召集をかけ、情報の共有をする。
「敵は四段階目以上の魔物が一万以上。
これはここにいる副団長のレルゲンによる見立てだが
これよりも数が多い可能性があることも心に留めておいてくれ」
この情報を伝えられた騎士団の面々は弱気な反応を見せる。
「俺たちだけでどうやって戦えばいいんだ…」
「俺たちだけで勝てるのか?」
ここで弱気な騎士団員にハクロウが喝を入れる。
「お前らが負けたら国は誰が護る?民は誰が護る?大切な家族は一体誰が助けてくれるんだ?
誰もいないぞ。俺達しかいないんだ!
前向いて、ちゃんと自分の手で未来を勝ち取ろうじゃねぇか。そうだろ!」
「お、おぉそうだ、身近な、大切な人を護れるのは俺達自身じゃないか!」
「やってやろう!どんなに数がいても関係ない!俺達ならやれるはずだ!」
ハクロウが対策本部の天幕から出てくる。それを外で聞いていたレルゲンが驚いたと正直に伝える。
「あんた、あんな激励の言葉なんて掛けられるんだな」
「ガラじゃないだろ?」
「ああ、そんなご立派なことを言うやつではないな」
二人が軽く笑う。
表情が戻ったハクロウはレルゲンに正直な所、勝算があるのかと問う。
「勝算は高くない。むしろ数%もあればいい方だ。特別騎士の力量にもよるがな」
「いや、特別騎士なんて名前で呼んじゃいるが、問題児集団を聞こえよく呼んでいるだけさ。
王国に戻ってくるかすら分からないぞ」
「なら始めからいないものとして考えて作戦を立てよう。
王国に魔物が来てから対処しているようでは遅いからな。
まずは魔物の進軍開始地点を発見する必要がある」
「こちらから仕掛けるつもりか」
「発見次第、王国までの道のりでできるだけ魔物の数を減らす必要があるな。
途中にカイニルの介入もある。知っているんだろ?」
「ああ、同時期に俺に剣術を指南してくれた師範の門下生の一人だろう。
ただ、今頃は俺と同じくらいの年齢のはずだが、ボウズから聞いている容姿と外見が一致しないな」
「時にハクロウ。新しい左腕の調子はどうだ?」
「まだ、慣れている途中だが、悪くねぇよ」
「そうか、まさかナイトの置き土産が役に立つとはな」
「それもそうだが、まさか俺にも魔術を使って戦う日が来るとはね。長生きはしてみるもんだ」
新しいハクロウの左腕は真っ白な人形のような形をしており
腕の内部は肩口から伸ばされた魔力糸の白い光が覗いている。
手を試しに握って閉じる動作をレルゲンに見せると
「結構いい感じじゃないか」
動作性は悪くないように見えるが、戦闘になったときは一瞬の迷いが命取りになる。
完璧に扱えるようにならなければ、ハクロウは後衛で指揮を取ることになるだろう。
「ここから一番近い高難易度ダンジョンはどこになるんだ?」
「隣国のヨルダルクと女王陛下からは聞いているぜ」
「ヨルダルクか…」
ヨルダルク国は有名な研究者を多く輩出している研究機関的な意味合いが強く、便宜上は国として認められているが
黒い噂も多く聞く。
ナイト・ブルームスタットが最後に見せた人間の魔物化の実験記録も基をたどればヨルダルクの研究が発端なのだ。
研究所にいるカノンにこの話をすれば、間違いなく私も行くと言って
聞かないだろうことは容易に想像できるので黙っておくことにする。
そもそもの話だが、研究機関が集まっているヨルダルクの首都と高難度ダンジョンがある場所では地理的には大きく離れている。
おおよそにはなるが、レルゲン達が向かったフィルメルクのダンジョン街と王国以上の距離だ。
今、仮に高難度ダンジョンから魔物達の進軍が開始されていたとしても、一か月以上はかかる計算になる。
この一か月という時間はある種絶妙で、新しい手段を用意できるかもしれないギリギリの期間とも言える。
国に攻め込まれる時に警戒するべきは第一の手段は、国の機能を落とすための手段。
ナイトが王国に魔方陣を展開する際にも行った兵糧攻めが最も有効である。
最優先で警戒するべきはこの兵糧攻めにあるだろう。
考えることが山積みの対策本部の夜は、まだまだ長くなりそうだ。