12話 攻略本部での祝勝会
「十層ボス、アシュラ・ビースト討伐を祝して!乾杯!」
「乾杯!」
ヒューゲルが乾杯の音頭を取り、攻略に参加したメンバーがそれに答える。
レルゲン達は少し端の方の机で料理を食べてながら談笑している。
「それにしても、攻略本部までお祝いの料理を提供してくれるなんて太っ腹ですね」
ミリィが大きな肉を頬張りながら不思議そうな顔をする。
「それだけ今回の攻略に熱が入っていたのでしょう。死者が出なくて良かったです」
「セレスの回復魔術のおかげだな。攻撃魔術を使う魔術師はいたが、
今回のような強敵には治癒術師がいないと戦闘が回らないことをヒューゲルも理解しただろう。
ありがとう、セレス」
「いえいえ、頼られるのは好きですから」
ニコッと笑うセレスティアは、さながら教会に出てくる聖母の様にも見えた。
「私はもう少し最初から戦いたかったわ」
未だに始めに見学していたしていたことを根に持っているマリーが愚痴をこぼす。
「次からはバリバリ前衛として働いてもらうつもりだ」
「それはいいんだけど、私やレルゲンが始めから前に出ていれば後衛の術師が無駄に削られる事は無かったと思って」
「確かにお二人が最初から戦えていればもっと楽な戦闘にはなっていたと私も思います」
ミリィは相変わらず料理を食べる手を止めないが、ちゃんと会話には入ってくる。
沢山料理が口の中に入ったまま頬を膨らませてもぐもぐしている。
口の端にはソースが少しついており、
それを見たセレスティアが手巾を手にミリィの口元を拭いてあげていた。
「あっ!それ私が狙っていたやつなのに!ミリィ、口を開けなさい」
「嫌です!こういうのは早い者勝ちだって決まっているのです。止めて!頬を引っ張らないで!」
首を左右に振ってマリーから逃れようと、
左右に束ねられているミリィのピンク色の髪の毛がゆらゆらと揺られている。
見かねたレルゲンが追加の料理を頼む。
「すみません。この料理、追加を頼みたい」
「畏まりました」
攻略本部の一部を間借りさせてもらって祝勝会を開いている訳だが、受付の人は忙しそうだ。
こういう時につい念動魔術で手伝ってあげたくなる気持ちをぐっと堪えて、運ばれてくる料理を待つ。
すると、料理をレルゲン達の机に運んできたのは
担当受付のレインが両手に料理が乗ったお皿を持ってくる。
「お待たせ致しました。追加の料理になります」
「レインさん、ありがとう」
レルゲンが短くお礼を伝えると、レインがレルゲンの隣に座って手を握ってくる。
「こんなに苦労していた十層ボスの討伐を成し遂げたのは
レルゲンさん達のパーティが加入したからだと攻略本部内では持ちきりですよ。
今度個人的にお茶でもご一緒できませんか?」
マリーとセレスティアの眉が動き、表情はどこか固い。
この受付嬢、こうなる事をわかってやっている。
ミリィはというと食べていた手を止めて、急に冷たくなった雰囲気を感じ取り、
レルゲンと女性陣を目線で行ったり来たりしている。
「お誘いしてくれる事は光栄だが、既婚者なんだ。申し訳ない」
「そうですか。それは残念です_おや?そういえば初めてお会いした時にはいらっしゃらなかった方が」
レインがミリィに気づいて話しかける。
「新しく加入したミリィです。まだ加入してから日が浅いですが、
よろしくお願いします!」
「ミリィさんって確か……あ、いえこっちの話です。
レルゲンさん達と行動を共にするという事はそれだけで何か光るものをお持ちなんでしょう!
頑張って下さいね!」
「はい!」
「時にレルゲンさん」
「何ですか?」
「今後の攻略は貴方の助力が必要不可欠です。
どうか最後までここにいてくれると助かります」
「期限があるが、俺達はそのつもりで攻略を進めていますよ」
「そうですか!これからもよろしくお願いします」
再びレルゲンの手を握ろうとしたレインの手を横から半ば強引にマリーが握り返し
「レインさん、よろしくお願いしますね。色々と」
「ええ、よろしくお願いします。マリー様」
ふふふと不敵な笑みを浮かべる二人。
それを見たレルゲンは小さくため息をつくのだった。
レインが席を外し、マリーが愚痴をこぼす。
「折角いい気分でお祝いしていたのに、
レルゲンに色目使ってるのホント気に食わないわ」
「手を握るのはやめて欲しいですね」
セレスティアもまさかレインがレルゲンに対してあの様な行動を取るとは
考えていなかったのか、少し怒っているようだ。
「修羅場だぁ…てなりましたよ。
レルゲンさんが流されたら私どうしようって思いました」
「さすがにあれは俺もちょっと引いた」
「ですよね!」
「そうよね!」
全く…と言いながら炭酸の効いた柑橘系の飲み物を一気飲みするマリー。
「あっ、美味しい。すみません、これおかわり下さい」
空いたグラスを渡すと、ヒューゲルとアスタがこちらにやってきた。
「やぁレルゲン君達、楽しんでくれているかな?」
「さっき泥棒猫が通ったわ」
「ん?」
ヒューゲルがレルゲンに説明を求めるが、レルゲンが片手をあげて
「あぁ、こっちの話」
「そうか…レルゲン君達のパーティにはボス攻略戦のお礼を言いたいと思っていたんだ。
本当に君達のお陰で攻略できたと言っていいと俺は考えている」
「いいさ。優先して素材を譲ってもらったことだし、
俺達からは何も言うことはないよ」
「助かる。また組むことがあったらぜひ助力を頼みたい」
ヒューゲルが右手を出し、レルゲンは一言「あぁ」と答えてそれに応じた。
アスタはマリーとミリィに向き
「すまなかった」
一言だけ残し、ヒューゲルと共に去っていった。
それを聞いたミリィは驚いていたが、
レルゲンはそんなに不思議はないだろうと言い、ミリィに向けて補足する。
「実際アシュラ・ビーストの突進の速度が弱まったおかげで
俺とマリーの二人だけで止められたと言っても良いくらいだ。
十分に働いてくれていると思うぞ」
「えへへ、光栄です」
嬉し恥ずかしの表情を隠すためにミリィは
再度運ばれてきた料理に手をつける。
マリーもミリィに取られないように一緒になって手を伸ばしていた。
それを微笑ましいと感じながらも余り料理に
手をつけていないセレスティアにレルゲンが声をかける。
「口に合わなかったか?」
「いえ、どれも美味しく頂いていますよ」
「そうか、もう家族なんだ。あまり気にしなくても良いんだぞ」
一瞬顔が赤くなったが、すぐに表情を戻して
「こういう時だけ夫の表情を見せるのはずるいです」
と返し、再び料理に手をつけるのだった。
折り返し地点の十層の攻略が済んだが、
まだレルゲン達が挑戦し始めてから五日目の出来事だった。
先はまだまだ長いがミリィが新しく加入し、
攻略の速度はまだまだ上がっていくだろうと感じるところがあった。
「みんな、料理を食べながら聞いてくれ。
まだまだ時間はあるが、明日から早速十一層の攻略を進めていこうと思っているんだが、
どうだろうか?」
「「「賛成!」」」
「じゃあ今日はしっかり休んで、明日からまた頑張っていこう」
ミリィは節約のために安めの宿を使っているようだが、
セレスティアがミリィを自分達の宿に招待する。しかしミリィは首を振り
「流石にそこまでお世話にはなれませんよ。
また明日からよろしくお願いします!」
と残し、走って自分が借りているであろう宿屋街に向かって消えてゆくのだった。
「遠慮は要りませんし、お代なんて取りませんのに」
セレスティアが少し不満を漏らしたが、レルゲンがフォローを入れる。
「ミリィにもプライドがあるんだろう。
俺はミリィが来れば毎日の風呂騒ぎが無くなるからありがたいんだけどな」
「それは私も困るので、やっぱりミリィさんは自身の宿に泊まるべきですね」
「変わり身早過ぎないか?」
ふふふとセレスティアが笑い、レルゲンもそれに釣られてつい笑ってしまっていた。