第一章 4話 魔術の基礎 改稿版
大会当日
大会のルールは魔法、魔術あり、真剣あり。
寸止めは必要なく戦闘続行不可能と審判が判断すれば試合終了。
実質初撃で致命的な一撃を負わせることができれば殺しもありの、
ほぼルール無用の地下闘技場にありがちな過激な大会規定だったはずだ。
だが、急遽真剣は木剣となり、
魔法、魔術も呪い系や再起不能になるレベルの攻撃魔法、魔術は禁止の
実質学生の大会でもやるのかというレベルのルールでの開催となった。
ここで魔法と魔術の違いについて簡単に説明しよう。
魔法とは、単純な命令や魔力変換の末に行使が可能なもので、
魔術とは、例えば魔法を複数組み込み複雑な術式を構築することを指すが、
この魔法と魔術との定義は実は曖昧で、
一般的には高い効果をもたらす術を魔術と呼ぶことが多い。
観客からはこのルール変更について大きくブーイングがあったが、ルールの再変更はないようだ。
第一試合から順調に試合は進んでいき、彼の出番がやってきた。
審判が試合の開始合図を行う。
『Bブロック第四試合、TKO有の予選をこれから始めます!』
彼の対戦相手はこの街の数少ない貴族の長男のようだ。
さすがは貴族、立ち振る舞いは剣術をしっかりと
修められている師匠がいるのだろうが、気になることが一つ。
貴族の息子から感じ取れる自然魔力の「色」
厳密には魔力に色はないのだが、
長く戦闘経験のある魔術師は相手の漏れ出る魔力を色彩化し
どんな戦闘タイプを好むだとか、
もっと言ってしまえば今何を考えているのか読み取ることができる者もいる。
彼は相手の思考まで読み取ることはまだできないが、貴族の息子はわかりやすかった。
(こいつ、どんな手段を使っても俺に勝つ、いや殺す気だな)
『試合、開始!』
最初に動いたのは貴族の息子だった。
開始と同時に彼に向って貴族が鋭く突進する。
先日戦ったユニコーンよりも突進速度は遅い。
余裕で躱そうとするが、振り上げられた剣は囮で体術による初撃を入れてくる。
右膝から彼の腹めがけて繰り出される蹴りを、右手で持った剣の柄で合わせて防ぐ。
初撃を防がれた貴族は『チッ』と小さく舌打ちをし、
追撃として剣で彼の目を正確に狙ってくる。
バックステップで横に薙ぎ払われた貴族の剣から最小限の動きで躱し、
一旦距離を取る。
初撃と二撃目を完璧に防がれた貴族は少し苛立った様子で彼を煽り立てる。
『ユニコーンを単独で討伐したと聞いていたがこの程度か!四段目の魔物も強くなさそうだな』
『そのユニコーンを討伐するときに君はいないようだったが、
君が倒しにくればよかったんじゃないのか?』
『はっ!これだから平民は何もわかっていない!
貴族の責務ということを!貴族とは、民草を守るもの!
魔物を倒すことが貴族の仕事ではない!』
『そうかい』
ご丁寧にそんなわかりきったことを説明し、そして奴のあの顔。
(やはり何かあるな)
その時持っている剣から鼻をツンと刺激する匂いに気づく。
注意して見ると奴の右膝をガードした柄部分から匂いが発生している
(これは腐食か?)
改めて貴族の装備を確認する。
(奴の装備、ずいぶんと珍しいものを使っているなとは思ったが、そういうことか)
明らかに対腐食性を元に設計されている。
両ひざにはテンザライト鉱石をあしらわれた、
腐食を軽減する加工がされている。
木剣の色も彼が持っている物より多少深い色をしており、
恐らく深緑の剣だろうと推測できる。
真剣よりはもちろん切れ味は劣るが、通常の木剣よりも軽くて取り回しがよい。
加えて、こちらも対腐食の性質を持つ。
通常は腐食攻撃を使う植物系の魔物を討伐するときに装備が溶け、
劣化するのを防ぐために用いられることが多い。
これは装備の性質を利用した、「毒装備」だ。
見たところ、テンザライト鉱石をあしらわれた両ひざと両肘、
深緑の剣以外に対腐食加工が施された様子はない。
躱すことはそう難しくないが、奴の持っている攻撃手段が腐食による攻撃だけとは限らない。
勝負を長引かせるのは悪手だ。
木剣同士で打ち合うのも得策ではない。
ユニコーンを討伐した威力では最悪奴を殺しかねない為、
最悪の場合はお尋ね者確定である。
ならばどうするか
木剣による打ち合いではなく魔術で、奴を殺さず無力化する。
『あの手でいくか』
彼が木剣を地面に突き刺すと会場がざわめく。
(諦めたのか…?)
彼が右手の手の平に意識を向けると、初級魔法のファイアボールが浮かび上がる。
どうやら腐食攻撃に気づいたようだが、
防ぐ手段が遠距離攻撃か、全く分かりやすい奴だな!
とでも言いたげな不敵な笑みを貴族が浮かべる。
(ここからだ)
彼がもう片方の左手の手の平からウォーターボールが出現する。
「凍れ」
彼が命じるとウォーターボールが氷の塊に性質を変化させる。
この試合を見ていた金髪の彼女が思わず声に出す。
『二種同時の魔法行使に片方は性質変化、
それなのにファイアボールは安定して維持されている…』
『嬢ちゃん、あれが魔術戦の“基礎”だぜ。しっかり見ておくんだな』
白髪の剣士はどこか懐かしいものを見るように呟く。
左手の氷塊には魔力糸を接続させ、空中に固定し
右手のファイアボールも同様に魔力糸を接続しているが、接続本数がおよそ二十本。
一つの操作なら一本の魔力糸で事足りるが、今回は違った。
右手のファイアボールから更にファイアボールを連続で貴族の周囲に発射。
精密にコントロールされたそれは貴族めがけて直進したがどれも命中はしない。
それを見た貴族は更にニヤリと笑い
『何を始めるかと思えば、ファイアボールの連続射出か!それもどこを狙っている?』
無言で貴族を指さす。
『何を馬鹿なことを』
命中しなかったファイアボールが、貴族の周りを取り囲むように静止している。
発動から射出された魔術はその時点で「工程を終了」している。
本来空中で動きを止めるように追加で命令を出すことも、魔法を維持することも不可能。
それゆえ、目の前で動きを止めたファイアボールの挙動が
信じられなかった貴族は思考と動きを停止する。
注意していたはずの左手の氷の塊からも、意識ができなくなる。
『なんだこれは、一体貴様はなんなんだ!?』
『さあな』
一斉にファイアボールが貴族へ全方位から集中して直進を始め、
爆炎と共に濃い土煙を上げる。
『この程度、一発食らうことを前提に回避することは可能だ!』
『ああ、そうだろうな』
貴族がファイアボールの雨を抜ける先を選んだのは比較的層が薄い箇所。
それが罠とも知らずに。
逃げ込んだ先には先回りした彼が左手の氷の塊を前に構えている。
氷塊が彼の魔力によって形を薄く変化させ、貴族の四方八方を氷の壁で取り囲む。
『なんなんだ、こんなの知らない!ふざけるな!ここから出せ!!』
貴族の悲痛な叫びとともに、力任せに木剣を薄く張られた氷の檻に叩きつける。
何度も打ち付けられるが、氷の檻にはヒビどころか傷すらつかない。
『どうして壊れない!!』
『壊れないさ、その氷の檻は固定しているんだからな』
『何をわけのわからないことを!くそっ、くそぉ!』
『さて審判、俺はこれからこいつで奴をあの空間ごと焼くが、どうする?』
手には形状を大弓にされたファイアボールだったものに、
矢の形状に変化させたファイアボールを番える。
審判が観覧席の方をちらっと確認する。
すると開催の責任者が手を小さく上げる
『試合終了!勝者八番!』
わぁぁぁ!と歓声が上がる
曲芸じみた見たこともないだろう魔術の「応用」を目にした観客たちが沸き立つ。
『今の、先生も見たことある?』
『性質変化や形状変化は見たことはあるが、
空中で魔法を止めて狙いを途中で変えることは見たことがねぇな。
悪い嬢ちゃん、基礎とは言ったがあれは正真正銘の魔術だ』
『正真正銘の魔術…』
幼少期に魔術と呼ばれるものは見たことがあったが、
自由自在に魔法をコントロールし、
単純な魔法操作だけで複雑な命令を追加で出すことは見たことがなかった。
『まぁBグループの決勝に行けば奴と当たる。
そこで奴の本気を引き出して見せるさ』
歩みを止めた彼女を気にせず上機嫌で先を歩く白髪の剣士。