5話 フィルメルクのダンジョン街へ
「まずはBランク昇級おめでとう!」
クーゲルがレルゲン達に祝福の言葉をかける。
異例の速さで昇級を続けるレルゲン達は、非公開で進めていたために煙たがれることはなく、当初の目的であった高難易度ダンジョンに挑む準備ができた。
しかしクーゲルの表情は祝福の笑顔とは別に、レルゲン達の報告と集まった魔石の量を気にしている様だ。
「赤い魔法陣のことも気になるけれど、ポップした魔物の量から考えると中難易度ではないのは確かだね。
狩場としては最適だけど、昇級試験場として使うのはもう少し考える必要がありそうかな。
ともあれ二つの不測の事態が発生した時に実力者のレルゲン君達が当たってくれてよかったよ」
「お礼はいいよ。こっちも換金で懐が温まったし。ただ赤い魔法陣について何か分かったら教えてくれ」
「それは勿論、分かったら共有させてもらうよ。 それで早速だけど、高難易度ダンジョン。受けてみるかい?」
一緒に来ているマリーとセレスティアを見ると、二人とも頷いている。
「あぁ、頼む」
「分かったよ。いくつか候補があるけど、どんなダンジョンがお望みかな?」
「出来るだけ開けている場所が多いダンジョンがいいな。具体的にはマリーが十分に動けるくらいに」
「なるほど、となると大規模なタイプになる。他のパーティとの鉢合わせの危険性も高まるが、それは大丈夫なのかい?」
マリーが一歩前に出てクーゲルを見つめる。
「覚悟しているわ。私もセレス姉様も」
「ふむ。ならこちらから言うことは何も無いよ。となると候補は二つだ。
一つ目は塔のダンジョン。最深部まで既に進んだパーティがいて便宜上は踏破済みとなるが、まだまだ旨味は残っているとされるところ。
二つ目も塔のダンジョンだけど、踏破率は半分といったところで、最深部まではまだまだ時間がかかると言われている。
危険度でいえばこちらの方が圧倒的に高く、最近のダンジョン乱立のうちの一つだ。
付近の地域は特需によってかなり繁栄されてきている、いわばダンジョンの街だね。
個人的には初めての高難易度ダンジョンだから一つ目を勧めたいが、おっと…その顔は既に決まっている様だ。お転婆な王女様方を持つと大変だね。騎士レルゲン」
「それはもう慣れましたよ。未踏破ダンジョンに挑戦します。こうなることが分かっていたんだろう?うちのお姫様をよく分かっていらっしゃる」
「さて、それはどうかな」
「場所はここからだとどれくらいかかる?」
「隣国のフィルメルクにあるダンジョンだからね。多少はかかる。馬車でニ週間といったところだろう」
馬車の速度にもよるが、レルゲンが念動魔術で飛んでいけば五日程で到着する距離だ。
飛翔魔術はそこまで使われていない、というより使える術師がそこまで多くない。
フィルメルクのダンジョン街まで飛んで行けば間違いなく目立つが、セレスティアの隠蔽魔術もある。
出来るだけ飛んで行った方が早く攻略を開始できるだろう。
女王から与えられた猶予は最大で二ヶ月間。
全て馬車だけで移動すれば半分の時間を移動に費やすことになり、これは非常に勿体無い。
「分かった、そこで問題ない。馬車だと遅いからギルドから書簡を出しても俺たちの方が到着は早い。
現地のギルドに遣いを出すなら直接俺が持っていくぞ」
「そうかい?ならこれから紹介所を書くから少し待ってくれ。出発はいつだい?」
「明日から行きましょう!」
マリーがもう待ちきれないといった表情で目を輝かせている。
セレスティアも準備万端のようで、コクコクと頷いている。
「勇ましいね。いい報告が聞けることを祈っているよ」
「頑張って下さい!レルゲン様達ならきっとできます!」
出発当日
王宮の屋上庭園で、三人が準備を進める。
魔石調査の時と同じ黒いローブの様な格好を身に纏い、いざ出発のタイミングで女王が見送りに来てくれた。
「セレスティア、マリー。そして騎士レルゲン。今回はダンジョンの攻略になりますが、未踏破のダンジョンと聞いています。
どうか無理はしないで、無事に帰ってきてくることを第一になさって下さい。重ねてになりますが騎士レルゲン」
「はっ」
「二人をよろしくお願いします。何度も国を救ってきた貴方を信頼し、今回は二ヶ月の猶予を与えました。
貴方の任務はダンジョン攻略よりも二人の安全を確保することが最優先事項になります。
あなた方は式をまだ挙げたばかり、これからが始まりなのです。その事をお忘れなきよう」
「承知致しました。お任せ下さい」
騎士令をし、女王に頭を下げる。
「ではお母様!行ってきます!」
「行って参ります」
二人が女王と抱擁を交わし、暫く抱き合ったまま背中をポンポンと叩く。
今までは家出や有事の際など、女王も思う所があったのだろう。その時間を埋めるかのように、噛み締めるように愛娘達を抱きしめている。
「では、皆さん。お気をつけて」
二人がレルゲンの念動魔術で飛んでいく。
その姿は雛鳥が巣から旅立っていくような、そんな親鳥にも似た気持ちだと女王は感じていた。
魔石龍の元へセレスティアを運んでいた頃よりも格段に念動魔術の制度が向上している。
その証拠に一度に飛んでいける距離が三倍以上に伸びていた。この分なら五日と言わず三日で着くだろう。
「やっぱり気持ちーい!」
マリーが風を受けて綺麗な髪がなびいている。
セレスティアは流石にお姫様抱っこをせがむことはなかったが、気持ちよさそうな表情をしている。
技術が向上した念動魔術は、速度が速くなったことに加えて受ける風圧も減衰させる工夫が出来るまでに。
ナイトの狙い通りと言われれば癪に触るが、確かに度重なる修羅場でレルゲンは大きく成長していた。
三時間近く飛んで行き、一旦休憩するために地表へ降りる。
今回は非公開ながらも極秘任務ではないため、火を使った野営が出来る。
簡単にファイアボールで拾ってきた薪に火をつけて、軽く暖まりつつも携行食でお腹を満たす。
マリーとセレスティアも持ってきた椅子に腰掛けて談笑している。
予定よりかなり早めにフィルメルクに到着しそうだ。
フィルメルクといえば古風な民宿が有名で、海産物や山菜などの特産物が多く、この特産物は王国にも行商人が取引に来ている。
新しいダンジョン街にもどんどんと店舗が新規参入していき、これから発展して行こうという街らしい。
どこか王国とも似ているが、椅子に座って談笑している二人はフィルメルクで何をするか話し合っているのだろう。
姉妹で楽しそうに話している二人を脇目に、レルゲンは目を閉じて少し仮眠を取ることに。
セレスティアがレルゲンの寝顔を覗き込んで、起こさないように声の大きさを下げる。
マリーもレルゲンに気づいたのか、クスクス笑っている。
外にいる時に寝るなど今までなら考えられなかったが、マリーとセレスティアが近くにいることで安心して眠っている。
(こうして見ると、まだ子供みたいな所がありますね)
レルゲンの髪をセレスティアが撫でる。
「熟睡してる?」
「えぇ、もう少し寝かせてあげましょう」
それから時間が経ち、中々起きないレルゲンにセレスティアが声をかける。
「レルゲン、そろそろ出発しましょう」
「すまない、どれくらい寝てた?」
「一時間程ですね。可愛い寝顔でしたよ」
「自覚が足らなかった。すまない」
「いいのです。今まではずっと気を張っていたのですから。むしろ嬉しいのですよ?
私達を信頼していることが伝わってきましたから」
「なんだか恥ずかしくなってくるからやめてくれ」
二人とも微笑ましい笑顔を向けてくる。
大袈裟かもしれないが、この笑顔を見ていると二人と結婚して良かったと考えるのだった。
荷物を片付けて再度飛んでいく。
途中幾つか小さな街があったが、住民達に迷惑がかからないように夜は野宿を選択する。
川沿いで魚をレルゲンの念動魔術で釣り上げ、夕食は川魚の焼き物に。
マリーがレルゲンに魔力糸による釣り方を習っていたが、流石に糸の操作が難しかったのか、釣り上げることはできなかった。
それから飛んでは少し休み、野営をし、また飛んでを繰り返して、目的のフィルメルクのダンジョン街には後少しといったところまできていた。