36話 二重契約
右手をすぐに再生させ、苛立ちと共に想像したばかりの片手剣を投げ捨ててため息をつく。
「はぁ……やはりこうなったか」
「どういう意味だ?」
「私を前に絶望しない人間は、遥か昔に一人だけだと思っていた。
だが、こうしてお前という異分子が現れた。
だからレルゲン。
本当の私を前に、絶望してくれるなよ」
魔力が小さな身体から溢れんばかりに噴出していく。漏れ出る魔力は充実し、押さえつけられない魔力の残滓が見えているだけに過ぎないだろう。
レルゲンは天叢雲剣を構え直していつでも反応出来るように構え直した。
ゴキ、ゴキュ……
バキ……
ヤマタノオロチの身体の中にある体構造が目まぐるしく変わる音が響き始め、遂にはその小さな口が大きく開かれて蛇の頭が九つ這い出るように飛び出してくる。
咄嗟に距離取るレルゲンだが、ヤマタノオロチは更に身体を肥大化させていき、遂には完全に全ての頭を再生させた姿がそこにはあった。
一度切りの完全顕現による身体の完全再生は、最初の総攻撃をなかったことにする。
(一人でヤマタノオロチの首を落としながら再生を阻害し、一人で攻撃を全て受け止めるのか。
笑えない冗談だ)
その時、空の彼方からヤマタノオロチへ向かって一つの光の矢が発射される。
巨大な矢は完全顕現したヤマタノオロチへ直撃し、大爆発と共に黒煙を上げた。
他国がヤマタノオロチ粛正に向けて動いたのだ。煙が晴れ、頭の一つでも潰れれば儲けものと考えていたが、甘かった。
全く傷一つ付いていない。
数ある頭の一つからレーザーを発射し、必死に飛んで逃げる鉄の塊を一瞬で溶かしてしまう。
光の矢の攻撃はかつてヨルダルクが中央に向けて放ったものよりも遥かに速く大きい。
それでも傷すらつかないとあれば、レルゲンに残されたのは全魔力を魔剣達に込め、エンチャントをかけていい勝負が出来るかどうか。
胸のポケットで静かに呼びかけを待っていた頼れる純精霊の名を呼ぶ。
「ウルカ」
「何?」
「契約だ」
「えっ?」
「これから俺はウルカともう一度契約する。
正規の契約方法だ」
「駄目だよレル君。それだけは絶対駄目」
「だが、そうでもしなければ奴を止める魔力はもう捻出できない。ずっとタダ同然で貰っていた魔力のツケが回って来たのさ。
だから今、俺ともう一度契約して欲しい」
「……分かった。でも何を対価にするの?
生半可なものじゃアレは倒せないよ」
「分かってる。
俺が差し出すのは二つ。
この戦いの後、今後一切の魔力行使の不能。
魔力は全てウルカに自動的に受け渡し、自発的な魔力運用は二度と出来なくなる縛り。
もう一つは、全てが終わった後、俺が一番手に馴染んでいるこの黒龍の剣を純精霊達に献上し、二度と手に触れることができなくなる縛りだ」
「もし破った時、レルゲンはどんな罰を受ける?
それによって得られる力は掛け算的に変わってくるよ」
「命を」
「……!! そこまでしなくても……いいじゃない!!
私はレルゲンが大切なの!
どうして貴方がそんなに頑張らないといけないのよ!私なら幾らでも力を貸してあげるのに!」
「ありがとう、ウルカ。
必要な時しか読んでやれなくてすまない。
これからは、もっと一緒にいよう」
ウルカはこぼれ落ちる涙を両手で拭いながら、何度も頷いた。
「それも契約に入れて」
「契約に入れなくてもそれくらいはさせてもらうよ」
「違うの。それが私の一番嬉しいことだから、多分もっと力を底上げできる」
「任せる」
「……では契約を。
汝、レルゲン・シュトーゲン。
私との二重契約を締結します。よろしいですね?」
「ああ、やってくれ」
「契約、完了。やっちゃえ! レル君!!」
レルゲンは一歩前に空中で踏み出し、黙って見ていた九本の頭を持つ龍に声をかける。
「随分と大人しく見ていたな」
「自らの命をかけて我と対峙することを選んだ誇り高き選択を邪魔するなど、するはずがないだろう」
「そうか」
契約によって得た莫大な魔力は、レルゲン以外には身体が持たないだろう。
はち切れんばかりの魔力を一本一本の魔剣達に通していくと、白く輝く高密度の魔力を持った剣と槍が八つ背後に帯同する。
完全体ヤマタノオロチと二重契約で力を一時的に貰い受けたレルゲンとの最後の戦いは、最初こそ拮抗するものの、少しずつレルゲンが押し始めていた。




