第三章 10話 コンセクティブ・フラッド
得意気に笑うレルゲンを見て更に思考が乱れていく。ナイトは一度落ち着くために深呼吸をするが、
この間にも魔力障壁が加速度的に速く、そして鋭くなっていくマリーが魔力障壁をどんどん破壊していく。
加速しきったマリーは今や分身して見える程だ。こうなってしまってはレルゲンといえど加勢しようとすると逆に邪魔になる。
「やあぁぁぁぁ!!!!」
剣が加速する度にマリーの気合いも上がっていく。
ナイトが保険のために用意した魔力障壁がもうじき全て破壊されるタイミングで全身から真紅の魔力が噴き上がり
「いい気になるなよ!」
口調が荒っぽくなり、衝撃派ではなく純粋な魔力衝突によりマリーが後方に吹き飛ばされる。
壁に勢いよく激突し、少しの亀裂が入るがマリーの意識はまだ失われていなかった。
ようやく回りを俊敏に動いていたマリーを止めることに成功し、ナイトに余裕が戻る。
「なまじ強いと大変ですね、おや?それにしても今のをもろに浴びてその程度ですか。レルゲン君、ではありませんね」
一拍おき、ピシッと額に血管が浮き出る。
「貴女…今、念動魔術を使いましたね?」
痛みを堪えながらも笑って見せるマリー。
「死になさい」
最後の一撃を入れようとするナイトにセレスティアがどの上位魔術にも属さない、しかし威力は上位魔術にも引けを取らない詠唱破棄の独自の魔術を発動させる。
「させません、マルチ・フロストジャベリン」
無数の氷でできた槍を空中からナイトに向けて放つ。
「そんなところにいたのですか。貴女までも…と思いましたが、これはどうやらレルゲン君ですね」
静かにレルゲンがセレスティアを地上に下ろし、マリーの治療のためにセレスティアが駆け出す。
「回復なんてさせませんよ」
念動魔術で強引に止めるが、それでも何とか前に進もうとするセレスティア。しかし身体を完全に固定されて進めない。
「ここからでは射程が遠くて回復魔術を使っても意味がありませんよ。大人しくそこで横たわる第三王女を見ていなさい」
ナイトがセレスティアからレルゲンに向き直る。
「ではレルゲン君、ついに一騎打ちです。私の懐に入れれば君の勝ち、こられなければ私の勝ちです」
「それはどうかな、まだ気が早いんじゃないか?」
「何を言っているのです?もう彼女達の加勢は不可能でしょう」
セレスティアからマリーへ伸びる、一本の魔力糸。否、逆だ。“マリーが伸ばした”魔力糸がセレスティアに繋がり、魔力的な繋がりを形成している。
「……!どこまでも貴女は余計なマネを!」
ナイトが念動魔術でセレスティアの身体を捻ろうとするが不発。それこそ本当にセレスティアの身体が“完全に固定されている”。
マリーにはナイトを上回る念動魔術は扱えない。となると…
「遂に私と同じ…いえ、私以上の念動魔術の使い手になりましたか。レルゲン君」
レルゲンがセレスティアを固定している間に、セレスティアがマリーに回復魔術をかける。
「エクストラ・ヒール。リジェネライト・ヒール」
マリーの傷が凄まじいスピードで回復していく。回復が終わってからセレスティアにかけていた固定の念動魔術を解除。
傷が治ったマリーが少しずつ起き上がり、愛剣を構え直す。
「何度立ち上がったところで結末は変わりません。次の魔術で全員切り刻んであげましょう」
ナイトが魔力を集中するために一度目を閉じる。
これを好気と見たマリーが突っ込もうとするが、レルゲン達三人の足元が地面と一体化するように氷で固められ、身動きが一瞬とれなくなる。
その僅かな隙とも呼べない刹那に魔力の集中が完了し、ナイトが再び目を開く。
「コンセクティブ・フラッド」
ナイトの腕に風が集まり、腕を真横に上げて“何か”を放つ。すると突然後衛にいたセレスティアの背中付近の皮膚が切り裂かれ、血が滴る。
焼けるような痛みが襲い、思わず膝をつく。瞬時に事態の深刻さに気づいたレルゲンがセレスティアにリジェネライト・ヒール発動の指示を飛ばし、
魔力糸でマリーとセレスティアに接続して矢避けの念動魔術を範囲を広げて“強固に発動”する。
「それで本当に防げますかね?」
最初は片手で発動した“何か”を今度は両手から無数に射出する、ように見える。
(どういう原理でセレスの背中に当てた?)
矢避けの念動魔術が作用しているところをみると、一発ずつ刃に似た何かを連続で射出していると考え、その軌道をどう描いているか割り出す必要があった。
(念動魔術で曲げているのか?それとも何か見落としているのか…?)
考えている間にも徐々に矢避けの念動魔の“発動回数”が増えていることを実感する。
レルゲンはこの変化を見逃さなかった。
一度念動魔術で弾いた攻撃が、何度か返ってきている。もちろん弾いた攻撃は幾つも壁に、空に抜けていっている物もあるが
あるポイントに攻撃の軌道を流していくと、念動魔術で弾く回数が増える。
つまり、同じ攻撃が何らかの方法で繰り返しループしている。
即座に割り出した地点にファイアボールを一つだけ射出すると、一度完全に消えてからあらぬ方向から再び現れる。
間違いなく“転移”させている。転移させる方法は一つ、ナイトが得意にしている魔法陣しかない。
(液体魔石を使って、念動魔術で空中に幾つも転移魔法陣を仕掛けているな…!)
ここでナイトもレルゲンが隠蔽魔術で見えなくした転移魔法陣の存在に気づいたことを感じ取る。
(短時間でそこまで割り出しますか…!さすがレルゲン君ですね)
レルゲンが転移魔法陣の位置を割り出したところから、念動魔術で破壊しよう右手を伸ばす。
しかし、度重なる矢避けの念動魔術の自動発動で神経がすり減っていき、遂に念動魔術の発動が疎かになりつつあった。
これは無意識か、はたまた意識してかはわからないが、三人の中で一番初めに念動魔術が切れたのはレルゲン自身だった。
掲げられた右腕は綺麗に切断され、黒龍の剣を握ったまま転がっていく。
ナイトが上手くいったと笑みを浮かべるが、その切断された右腕が持つ黒龍の剣の刀身が急激に伸び、刀身が黒く光る。
「切り飛ばした腕が自らの意思で魔力を剣に込めているとでもいうのか」
よく見ると一本、半透明の糸のようなものがレルゲンの切断された腕とレルゲン自身に繋がっている。
「来い…!」
レルゲンが切断された腕を呼ぶと、糸が巻かれるように右腕の切断面へと近づき、そして結合される。
疎かになりつつあった自身の矢避けの念動魔術を完全に解除し、矢避けに使っていた分の神経を右腕の手術に集中する。
念動魔術で切断された腕に血液を巡らせ、魔力糸で血管や神経、骨に至るまで縫い付ける。
手術が完了するまでの間もレルゲンは不可視の刃に斬られ続け、全身から鮮血が奔るが
どれだけ痛みが襲って来ようとも、セレスティアが回復をかけてくれると信じて手術を続けた。
手術が完了し、セレスティアに合図を送る。
合図を待っていたセレスティアは瞬時にエクストラ・ヒールでレルゲンを回復し、レルゲンが確かめるように右手を開き、そして閉じる。
(よし)
この間、ナイトはただ不可視の刃を転移魔法陣に流し込むだけで、殺傷能力の高い魔術は使ってこなかった。否、使えなかったのだ。
ここまで短時間とはいえ無防備だったレルゲンに最後の一撃を打ってこなかったのは、並行して運用された複合魔術による魔力の大量消費が起因している。
腕が元に戻った瞬間、黒く発光している黒龍の剣を振りかぶり、振り下ろされた剣から発する最大威力の光線攻撃がナイト目掛けて突き進んでいく。
だが、後少しのところで光線が止まる。ナイトが自身を守るために、事前に仕掛けておいた転移魔法陣がレルゲンの放った光線を吸い込もうとする。
少しずつ魔法陣に光線が吸い込まれていくが、魔法陣を形成している隠蔽魔術が剥がされ、陣を維持している文字に亀裂が入る。
後少し、後少しの威力が足りない。
レルゲンは一度放った光線を維持しつつ腰を落とし、再度集中する。
イメージするのはアシュラ・ハガマの時に感じた全魔力を解放した後の二段階目の魔力解放。
レルゲンの身体を温かい感覚が包み込んでいく。全身に感覚が広がった時、爆発的に最大魔力量が上昇し、それを全て剣に込める。
すると剣がレルゲンの魔力に応えるように共鳴を始め、黒から群青色に近い色へ変化し濃い青色の光線となってナイトの転移魔法陣へと向かっていく。
再びの均衡はなかった。魔法陣を完全に破壊し、ナイトの魔力障壁を易々と突き抜けて全身を包み込んでいく。
レルゲンが放った青い光線は勢いが収まることなく後方の木々や山々を轟音と共に飲み込んでいき、更地と化すまでの威力に昇華していた。
飲み込まれたナイトは腹から下の下半身が完全に消し飛んでおり、絶命まで秒読みといったところだ。
口からは血が垂れ、上半身からも絶えず血が流れ出ている。それなのにナイトはまだ諦めていなかった。
「何をする気だ」
レルゲンが問うがナイトはこれに答えず、笑いながら懐に手を伸ばし一つの魔石を手にし、それを口に運び一息で飲み込む。
「グオオオォォォォォォ!!!!!」
ナイトから発せられた声は、もはや人のものではなかった。魔物の咆哮にも似た声がレルゲン達に向かって発生した暴風とともに拘束し、身動きが封じられる。
その間にもナイトだったものの肌が紫色に変化し、肉は肥大化し、一本の角が生える。
それはカノンと共に見た、“人間の魔物化”とも呼べる姿だった。
異形とも呼ぶべき姿に変貌するナイト。しかし徐々に暴風が収まり、肥大化した肉と共に爆発的に上昇した魔力が落ち着きを見せ始める。
「ガッ…グオォ…こ…こんな程度で、私を乗っ取れると…思わない…事です」
苦しみながらも、自我を集めるように人の言葉を話し始める。どちらが身体の主導権を得るのかせめぎ合いの最中だったが、完全にナイトの自我が戻ってきた。
吹き飛ばした筈の下半身は修復され、皮膚から浮き出た血管が鳴動するように虹色に光る液体を運んでいる。
「ついに人間を辞めたか」
「えぇ、あのままでは貴方に勝てない。まさかこんな奥の手まで出すことになろうとはね!
だが素晴らしい!素晴らしい力だ!!
これこそ私の求めていた理想!これならもっと早くからこの姿になっていれば良かったと感じるほどですよ、レルゲン・シュトーゲン」
「本当にそんな姿になる事が理想なのか?ナイト先生」
「今更先生と呼んだところで貴方達には私の正しさを証明するために死んでいただきます。
まだ上があるんだろう?出したまえ」
「そんな大層なものじゃない、アンタご自慢の人形と戦った時に閃いたのさ。
このアシュラ・ハガマから作った剣には光を吸収して内部で増幅させ、外に放つ力がある。
なら、この黒龍の剣から出す攻撃もまた吸収して増幅できるんじゃないかってな」
声高らかにナイトが反論する。
「それは古代の武器のはず!たかが五段目の魔物から出来た剣が耐えられるはずがない!」
「かもな。でも、“魔術師の基本は出来ると思う事”なんだろ?」
ここでナイトが口を閉ざし、レルゲンが左手に持っていた白銀の剣を前にかざす。
(そうだ、黙って見てな)
二振りの剣を重ね両手で握り、全力で魔力を流し込む。黒龍の剣の刀身が群青色に光り、青色の刀身が伸びていく。
この伸びた青色の光を全て白銀の剣に吸収させると黒龍の剣から伸びた刀身は光を失い元の大きさへ戻るが、
代わりに白銀の剣からとてつもなく強く、そして白い輝きを放っていた。
この光を全て一度に放出し、白銀の剣に纏わせる。すると、黒龍の剣と白銀の剣が溶け合い、混ざり合って一振りの剣となる。
達成感にも似た表情をするレルゲンを見て、ナイトはこの戦いで初めて恐怖を覚えた。
(私の知らない念動魔術なのは間違いないが、この世の理を本当に曲げているとでもいうのか)
「いくぜ、先生」
一度だけ、両手で握られた一振りの剣を振り下ろす。ナイトとの距離がまだあるにも関わらず、振り下ろされた剣は光の一撃となり、ナイトを縦に両断した。
核となる魔石と繋がっていない半身は組織がバラバラに崩れ去り、灰となって消えたが、核と繋がっている部分は瞬時に半身を回復させる。
組織だけを見れば構造は魔物ではなく、魔族に近いと言えるだろう。
「この程度で……!」
「ああ、効かないんだろ?」
「……!」
大きい図体を活かして直接攻撃を仕掛けたナイトだが、殴りかかった右腕がレルゲンの剣と触れた瞬間溶けるように崩れ去る。
しかし持ち前の再生力で瞬時に元の腕に戻り、溶かされては治し、溶かされては治しての繰り返し。
一発でもレルゲンに当たれば致命傷となる一撃だが、その一発が果てしなく遠い。
「当たりさえすれば!」
「当ててみろよ」
「くっ…!」
当たらない連続攻撃をナイトが繰り出すが、全て防がれ、カウンターの一撃がナイトの身体を切り裂く。
この短い攻防の中で、レルゲンはナイトの魔石の位置がおおよそ把握出来ていた。
狙うは心臓部からやや左側。
心臓部付近に一撃を入れようとすると、ナイトが左右に移動して躱していることをレルゲンは感じ取っていた。
一瞬、一瞬だ。ナイトの動きを封じる事ができれば、この防御不可の一撃をナイトに叩き込む事ができる。
ナイトが次の一撃を入れようと体制を低くし、突進の構えを取るために足に一瞬タメが出来る。
その瞬時の隙にセレスティアが先程やられた氷で足元を固める技を繰り出すが、足止め出来るほどナイトの膂力は低くない。
精々、ナイトをイラつかせる程度の足止め。だが、注意が逸れた瞬間に動いた影が一つ。
その影は片腕を失い、残る一本の腕のみで愛刀を握り、ナイトの背後から胸を貫いた。
「この死に損ないめ!大人しく死んでいろ!!」
裏拳の要領で振り向きざまにハクロウに一撃を入れ、刺さった刀を引き抜くが、既にレルゲンは足を動かしていた。
ハクロウに注意が向き、レルゲンから完全に目線を切った瞬間、
反射的にレルゲンがナイトとの距離を詰めて一振りの剣を構え、ナイトが無意識で庇っていた心臓部付近に向かって振り下される。
「しまっ…!」
肩口から斜めにナイトの身体を割いていく。核がある心臓部を通過して、腰付近から剣が抜けていく。
防御不可の一撃がナイトの核を溶かし切ったのだ。
「馬鹿な…この私があぁぁ!!」
核が破壊されたナイトの身体が崩れていく。灰になる前に何か言っていたが、レルゲンはただ一言も返すことはなかった。
完全に全て灰と化したナイトを見送る。
魔力感知からもナイトの魔力は完全に消え、レルゲンが剣に込めた光に対する念動魔術を切ると、輝きが落ち着いていき、やがて光が消滅するのだった。