51話 頑丈な人間
「この量の魔物を一人で相手するのかい?」
「この程度なら、俺一人で十分だ。
ウィンドカット・エンチャント。
ブルーフレイム・アローズ」
浮遊剣に風の下位魔法が付与されて切断力を底上げし、纏う風の刃は周囲の空気を取り込みつつ静かに射出まで待機している。
それと同時に百本以上の青い矢がレルゲンの背後に出現し、今か今かと発射の時を待っていた。
(魔術の三種同時運用……!
掛け合わせた複合魔術とは違った魔術行使…!)
マリーはこの手の魔術運用に見覚えがあった。
それは始めてレルゲンの技を見た時に触れた魔術の応用方法。
ファイアボールとウォーターボールの同時運用で貴族の男を追い詰めた時。
久しぶりに見た応用方法から、この非常事態でも冷静に自分の出来ることを淡々とやるレルゲンに頼もしさを感じながら、マリーはマークスをピッタリとマークしていた。
「行け」
命令と共に浮遊剣が翼の生えた魔物達を横に一閃するように切り裂いていく。
一撃で魔石に還すだけの魔力が込められた魔剣は、魔物を切断したとは思えない程に一切の速度を殺さずに斬り裂いた。
第一陣を回転させた魔剣で一層し、続く第二陣をブルーフレイム・アローズで焼き払う。
こちらも矢に込められた魔力は、カリストル兵を焼いた時とは別の魔術のように一発に込められた密度が高い。
やはり心のどこかでは多くの命を刈り取る殺人に全力が出しきれていなかったと、レルゲンを王宮から見ていたユリスティアは思った。
青い一本の火矢が五段階目相当の魔物に命中する。いくら火の上位魔術とはいえ、本来は何発も標的に当ててこそ延焼効果が見込める。はずだったのだが、
今のレルゲンの魔術はどこか制限を外された、鳥かごから飛び立つ鳥のように込められた魔力量が桁違いだった。
一本一本命中した魔物が青い炎に包まれて、その命を魔石へと還すまで燃やし続けた。
魔石の雨が降って来る。
巨大な虹色の石はドシンと重苦しい地響きと共に王都へ降り注ぐが、魔力糸を予め大規模展開していたことで誰もいない道のみに落下していた。
青い空を完全に覆っていた魔物達の群れから優しく光が漏れ始める。
気持ちが緩みかけたその時、レルゲンはマークスの魔力反応が魔物の魔力に隠れて感知出来なくなっていたことに気づいた。
(奴は、どこだ?)
空の魔物を見上げていた面々の意識のベクトルが固定される。
ディオスの背後にまるで瞬間移動していたかのように、意識外からディオスに銃剣を突き立てていた。
魔力ではない気配察知で銃剣をマリーが防ぐが、懐からもう一丁のマシンガンを取り出して腰撃ちでばら撒いた。
連続した轟音が響く。
ディオスは咄嗟に身を屈めたが、半透明のオレンジ色の盾が弾丸を全て止めていた。
「また盾を使ったな……! クラリス……!」
「黙って貴方の思う通りにはなりませんよ」
悔しそうに唇を噛み締めた顔つきになったが、すぐに歪んだ笑みへと変わる。
その途端、ディオスの背後から一発の弾丸が貫通していた。
「くそ……!」
「ディオス神!」
レルゲンが駆け寄ろうとしたが、片膝を突いたディオスが掌で静止した。
「君は上空の魔物を……!
私は大丈夫だ。手当は不要だよ。
何てったって、私は神だからね。このくらいじゃ死なないさ」
意外にもディオスの言葉を返したのは、銃弾を撃ち込んだマークス本人だった。
「ああ、それ一発じゃ死なないだろうねぇ。
だからこその一発なのさ」
「どういう意味だ?」
「貴方は人間達に加護を与えているだろう?
そこにいる第三王女は加護との親和性が高い。
もし彼女が新たな加護を欲すれば、貴方は与えることが出来る。文字通り無制限に。
故に神に与えられた特権を先に剥奪させてもらった」
「そんな権限、いくら世界と契約しても君に行使できるはずが!」
すぐにディオスはマリーに何か加護を与えようと手を伸ばしたが、アラートと共に世界の言葉が響いた。
『一時的に権限が制限されています。加護の授与は行えません』
無機質な声が聞こえてくる。
レルゲンは以前にも同じ声を聞いた覚えがあった。召子が二回目のテイムをする時にレルゲンの身体の動きを封じたもの。
あれは聖剣ではなく世界の言葉であり声だったのだ。
「これでは私がレルゲン君達と一緒に行っても足手纏いか……」
「そうだ!お前はここで指を咥えて待っているがいい!
神の力が使えなければ、お前は所詮少し頑丈なだけの一人の人間に過ぎない!
身の程を弁えるんだな。この世界の神よ」
世界が衝突するまで残り数分。
決断の時が迫る。
「さぁ、どうする! 今死ぬか? 後で死ぬか!」
レルゲンが黒龍の剣と白銀の剣を手元に戻し、一体とした後に魔力を黒龍の剣から白銀の剣へとチャージして移していく。
臨界点まで達してから剣の先端に、球体の魔力塊が出現し、レルゲンの掛け声と共に一直線に突き進んだ。
「ルミナス・ブロウ」
魔物の絨毯を一息で焼き飛ばし、空が完全に晴れる。
「行こう」
レルゲンはセレスティアを抱え、マリーは自ら念動魔術で浮き上がる。
ミカエラ、召子、クラリス、メアリーは自力で飛び、レイノールはアンツヴェルトを抱えて空へと繰り出した。
既にマークスの魔力は気配ごと姿を消している。恐らく世界を渡り召子の世界に移動したのだろう。
世界の境界線が迫る。
天界に行く時と同様に次元の狭間に近い、しかしどこか決定的に違うと肌で感じる程に冷たい感覚に苛まれる空間に辿り着いた。




