48話 標的にされた世界
カリストルとの国交が始められようとしたその日、急遽ディオス神にレルゲンと召子が呼び出された。
「急に集まってもらって悪いね。
マークスの居場所と思われる世界が判明した。
というより、急激に魔力や心念の残滓ではなく魔力を大気中に供給する地脈が発生している異常事態だ。
本来地脈は魔力が溢れる世界特有の現象なんだが、今回は一度魔力が消失した世界で地脈が復活している。
今やその世界は魔物が溢れかえり、このままいくと世界の終末までカウントダウンは下がる一方だ」
ディオスはひとしきり説明してから召子をじっと見つめると、みるみる顔が青ざめて顔を覆う彼女を見たレルゲンは「まさか……」と声を漏らした。
非情にも真実を告げたディオスの言葉はあまりにも重い。
「そうだ。君の故郷である日本を起爆点に、世界中で魔物が溢れている。
中でも一番魔物の湧く地点が首都である東京だ」
「なんで……そんな!!」
「私にも分からないが、覗いてみたところ世界でも有数の人口密集地帯だ。魔物は血肉を好む。
基本的には魔力を持った人間を襲う習性が魔物にはある筈だが、召子君も知っての通りそちらの世界では魔力を持つ人間はいない。
その習性が今どう影響しているかは分からないが、急に魔力で溢れた世界では人間達は魔力に触れて酷い酩酊状態になり、戦うどころでは無いだろう。
国防組織もあるようだが、狙われてほぼ壊滅状態のようだ。
ここまで酷くなってからの伝達で済まない」
「私の家族は……? 友達は……??
今どうなっていますか?」
「それは……残念だが、恐らくは……」
「そうですか」
口調はハッキリして淡白。
それに相反して表情は感情が追いつかないように無表情に近い。
それでいながら目からは大粒の涙が止めどなく溢れて床にシミを作っていく。
フェンが流した涙を舐めて慰めるが、召子は身体の力が全て抜けるようにへたり込んだ。
今まで培ってきた剣士として、聖剣の担い手である勇者として頑張ってきた召子だったが、
今はその面影は鳴りを完全に潜めて年相応の、親を失った子供へと戻っていた。
「私が! ここまで頑張って来れたのは!
いつか! 家族の所へ、友達の皆んなともう一度会えると信じて!
頑張って来たのに……!!
なんで! そんな……
会いたい……会いたいよ……
お母さん、お父さん……」
レルゲンは声をかけられなかった、肩に手を置くことも出来ず声をかけることも。
召子はその場で泣き崩れながらフェンの純白の毛並みに顔を埋めて絶叫を続けていた。
「ディオス神。聞きたいことがある」
「何だい」
「これはアンタのせいじゃ無いと分かっている。
だが、もっと早く、召子の世界が危機に瀕していると察知することは出来なかったのか」
「すまない。これは私の思い込みが原因の一つだ。
他の世界にも幾つか魔力や心念が枯渇して来ている世界はある。
世界との契約ならば、確実に危機的状況の世界と決めつけてしまっていた。
気がついたのは、異常な魔力濃度の上昇を始めた召子君の世界が、急に他の世界にも影響を及ぼし始めたからだ」
ディオスの声がどんどん遠ざかっていく。
真っ黒な心の中で、ひたすらに砂嵐のテレビをずっと見せられているかのような苦痛や虚無感。
(うるさい……外がうるさいなぁ……
私はもう戦いたく無い。戦う意味も無い。
いっその事自ら首を吊って孤独に死んでしまいたい)
世界から色が失われていく。
慰めてくれているはずのフェンリルさえも、どこか他人というか、結局私を助けてくれなかった)
砂嵐しか映さないテレビが私の目で反射している。だが、その映すだけのレンズと化していた目にオレンジ色の光が灯る。
砂嵐しか映さなかったテレビが、徐々に過去の召子が決意した言葉が反芻するように聞こえてくる。
(私は中央の方々に戦う意味を貰いました。
私は居場所をくれた皆さんに恩返しがしたい!
この国は第二の故郷なんです!だから私は、戦います!!)
過去の自分がここまで前向きに考えていたとは思えない程に、今は外がうるさい。
もう私を立ち上がらせようとしないで欲しい。
慰めも要らない。どうして私がこんな目に遭わないといけないのか。
私が何か悪いことをしたのだろうか?
いや、してない。私は悪くないはずだ。
ぜんぶ全部……マークスが、私のいた世界が勝手に人々を苦しめた。
だからこそこの気持ちは、呪ってやりたい真っ黒な気持ちは、全てマークスをぐちゃぐちゃに引き裂いて、
そして全部スッキリしてから、私も自らその命を終えよう。
涙は既に枯れ果て、召子の全身から赤黒い魔力ではない心念が色味を帯びて体外に放出される。
絶対に、ぜったいにゆるさない。
その心念は中央の王宮全体を包み込み、全身から寒気を感じ取った面々が慌しく動き始める。
レルゲンとディオスは、召子から溢れ出るドス黒い心念の奔流に呑み込まれそうになりながらも、大きな声を張り上げて呼びかけた。
「召子!! 君がずっと抱えていたこの世界の不安は俺も理解していた。
ここまで世界から拒絶されれば絶望して当然だと俺も思う!
今ここで君が完全に諦めてマークスに対する復讐だけに囚われたら、それこそ悲しむ奴が絶対にいる!
俺だってそうだ!
それに、君の家族が友人が本当に死んでしまったとはまだ分からないはずだ!」
ピクッと肩が、身体が反応するのが分かる。
自我はまだ、この得体の知れない心念に完全に支配されていない。
今ここで元の召子に戻らなければ、もっと大変なことになる。レルゲンは尚も声をかけ続けた。
「もし今召子が諦めたら、生きているかもしれない家族や友人が魔物によって本当に殺されてしまう!
君はそれでもいいのか!?
良くないはずだ!
全部投げ出すのは簡単だ。
一度投げつけた物を拾う大変さも、召子程じゃないが理解しているつもりだ!
だからもう一度だけ戻ってこい!
君が! いや……お前が助けに行くんだよ!!
召子!!」
「本当に? まだ助けられるの?」
「そうだ! 行ってみないと分からないが、少なくとも今諦めたら間違いなく全て取りこぼしてしまう。
そんなんでいいはずないだろ!!」
「わたし、私は……助けに行きたい……
強くなった私で、家族を、皆んなを、助けに行きたい!!」
赤黒いオーラが空に溶けるように消えていく。
引っ張られるように魔力が変質した聖剣も、元の魔剣としての魔力に戻って色を納めた。
駆け寄って来た仲間達を見て安心したのか、もう一度泣きじゃくった現代の勇者は、
もう赤黒い心念を発することはなかった。




