44話 現実性の侵食
「久しぶりに会った仲間だっていうのに、その言い方は酷いねぇ」
「その軽口、すぐに叩けないようにしてやりたい所ですが、昔のよしみで聞いて差し上げましょう。
自ら放った呪いの弾丸が永遠と追いかけてくる状況で、どうやって切り抜けたのかを」
「そうだねぇ…… 弾丸よりも速く動けるとはいえ休憩も出来ない。
心念の盾も使えないとくれば、後は体力が尽きるまでゆっくりと寿命がすり減っていく。
二週間飲まず食わず逃げたところで諦めたよ。
極限状態ってやつさ。
でもその時、世界の言葉が語りかけてきた。
契約しないか?と
藁にも縋る思いで契約したさ。
そして得た力で呪いの弾丸を退け、中央王国を目の敵にしているカリストルに、自作自演して潜り込んだ」
「哀れな。救いがないとはいえ世界の奴隷となるとは」
クラリスは最初の放っていた心念の圧を少し下げ、波並みと注がれたティーカップのコーヒーを溢れないように、飲み込むように溜飲を下げた。
「何やら同情してもらっているようだが、生き延びるためとはいえ自ら結んだ契約だ。
確かに世界の奴隷になる条件で助かったよ。
だが、そのお陰で得た物もあった」
「復讐ですか」
「そうさ。俺をこんな目に合わせたレルゲンに復讐する。だが彼は心念の使い手に成り上がった。
だからこそ大国のカリストルに取り入って数で押し潰そうとしたけど、どうも上手くいきそうにないと来た」
「では先程はなぜレルゲンではなくレイノールを狙ったのですか?
あの時は二人ともお互いにしか意識が向いていなかった。レルゲンに復讐をするのであれば絶好の機会だったはずです」
「これ以上心念の使い手を増やさないためさ。
それが世界との契約の一部にも組み込まれている。
心念の本質とは何か、貴女ならとっくにご存知のはずだ」
クラリスは天界で上官の天使やセルフィラと戦った時に見た紫色の光り。
光輪を想起させる発言をしたマークスに驚きを隠せなかった。
「その顔は心当たりがあるようだね。
そう、心念とは突き詰めれば世界のバランスを崩す技に他ならない。
では世界のバランスを崩すための力はどこから来ている?」
「まさか……」
「そうさ。心念とは、ここでは無い異世界から強引に現実を捻じ曲げるだけのエネルギーを徴収している。
異世界からの借金と言っていい。
その額が膨れ上がり過ぎるとどうなると思う?
吸い上げられすぎた世界は心念という概念が無くなり、心念が無くなれば大気中の魔力も無くなる。
心念の盾なんて以ての外の技術だ。
一度発動するだけでどれだけのエネルギーを取り寄せているかわかったもんじゃない」
クラリスは光輪を出現させた天使を見た時からこの事実を知っていた。
だが、光輪の延長線上に心念の奥義が結びついているとは知らずに使っている事実を受け入れられない。
「だからこれ以上この世界にエネルギーが集中する事の無いように、
この世界の神では無い管理者が貴方に心念の使い手を増やさないよう契約を持ち掛けてきたってことですか」
「その通り。流石年季が入っていると理解が早くて助かるよ。原初の勇者様」
「どうやらその管理者が随分とお喋りなのは理解しました。
それで心念の盾を使えるレベルにまでなりそうに成長を始めたカリストルの将軍を討ち取ろうとしたと。
ですが残念でしたね。
その将軍は既にレルゲンが治してしまいましたよ」
「貴女が来たのはそういうことか。参ったね、どうも」
伸ばされた無精髭を触りながら考え込む世界の契約者は、もう一度隠蔽魔術を発動し姿を消した。
セレスティアがすぐに隠蔽魔術を看破するために片目のみに温度感知の魔術を発動させて声を上げたが、クラリスはそれを静止して必要ないと手をかざした。
何も見えない虚空から弾丸の発射音だけが何度も響く。
弾丸の色は黒。
夜闇に溶け合いながら何発も様々な方向からクラリスに迫り来る。
だが、これを迎撃、躱すでもなくただずっと目を閉じたまま待ち構えていた。
後ろで見ていたレルゲンが思わず手を出そうしたが、グッと堪えて見守っていると弾丸はクラリスに当たる手前で軌道を曲げて明後日の方向に飛んでいく。
(俺の矢避けの念動魔術とそっくりだ……!
だけど魔力行使は行われていない。
心念のみで軌道を曲げたのか)
「おいおい、さっき説明しただろう?
どうしてそんなに心念を平気で使えるんだ。
どんな神経しているんだアンタは?」
「それは貴方には関係のない話です。
私は世界には興味がありません。
異世界から仮に魔力や心念のエネルギーを徴収し続けたとして、人間の中でほんの数人しか使えない力が世界全体を揺るがす事象になるのでしょうか。
貴方の言葉はどうにも薄っぺらい。
それが真実だとしても、心念以外にもっと世界存続の危機に直接的に繋がる何かがあるのではないですか?」
「それはどうだろうか?
何事も知り過ぎるのは良くない。
それがまた世界のバランスを崩すとなぜ気付かない。
君達に教えられるのは心念による現実性侵食のエネルギー徴収の話だけだよ」
「そうですか、よく分かりました。
世界という大きな物を引き合いに出し、私達を弱体化させた上で復讐を果たす土壌を作る。
惜しい脅しですが、そう簡単には行きません。
私達は周りの大切な人を、失いたくない物を護るために剣を取っている。
世界を護るために戦っているわけではありませんので」
完全に跳ね除けられたマークスは小さく舌打ちをして、隠蔽魔術ではなく紫色の光を発しながら霧のように姿を消し
温度感知にもついぞ引っ掛かることはなかった。




