43話 言葉を慎め
口から血を止めどなく吐き続けながらも、レイノールが背後の男に悪態をついて目線を送る。
「どういう……つもりだ……? マークス……!」
貫通した剣。いや、よく見るとクラリスが用意した長いスナイパーライフルと同じ銃の先端に剣が付いている。
その銃剣を左手で強引に掴み、力づくで押し返そうとする。
グググっと剣が体内に戻り、瞬間移動で距離を取り直すと、マークスの持っていた銃剣ががまだレイノールの胸に刺さったまま、その手を離れていた。
レルゲンは迷った。
レイノールはもはや瀕死。
戦闘続行は不可能なまでに傷は深い。
敵将に止めを刺そうと新たに小さな銃を取り出したマークスを見て、すぐに思考がギュウゥっと凝集したような加速感に包まれる。
(今ここでマークスが味方になったわけではない。
むしろ逆! レイノールを狙ったのは心念の盾が使えないからで、標的はレイノールではなく俺達全員だ。
奴の隠しきれない殺意は、前とは違う。
もっと違う何かを掴んでいるからこそ、このタイミングで出てきたならば……)
ぶっきらぼうに胸に刺さった銃剣を背後へ戻す様に引き抜いて空中へ投げ捨てる。
肩で息をしているレイノールは、血が止まらずに全身が少しずつ冷えてくる感覚に襲われ、ここが潮時かと半ば諦めた感情を抱いていた。
目の色は黄金から元の色へと戻り、掴みかけた心念による爆発的な剣気が失せていく。
マークスが小型のライフルを構え、目にも止まらぬ連射速度でレイノールに止めを刺さんとする。
だが、ついぞレイノールは息の根を止められる事なく弾丸が全て弾かれる様にあらぬ方向へと軌道を曲げた。
(何が起きた? まだ生きているのか俺は?
フラガラルクじゃねぇ……
なんだ? この半透明の糸は?)
よく見ると月光に反射して見える糸の先には右手をこちらに伸ばしているレルゲンにつながっている。
「お前か、レルゲン。なぜ……助ける?」
「喋るなレイノール。止血するからそこを動くなよ」
一本の長い魔力糸が貫通された胸部を縫合していく。
(よし、腕は鈍っていないな)
問題なくミクロ単位の糸捌きが可能なのを確認してから、一気に百本以上にもなる糸を両手から出現させて意識を集中する。
だが、その前にマークスを抑えなければならない。
「セレス!出てきてくれ!
奴の隠蔽魔術の看破を!
ミカエラ、召子!
マークスの足止めを頼んだ!
これからこの場でレイノールの手術をする!
協力してくれ!」
そしてクラリスを見ると、何も言わずに既に赤い液体が入った小瓶をレルゲン目掛けて投げつけていた。
だが、咄嗟に投げられた小瓶に向かって連続で撃ち込まれたマークスの弾丸の一発が命中し、バラバラに粉砕されたガラスの中からフルポーションが空中で撒き散らされる。
「止まれ」
空中で動きを完全に止めた赤い液体がレルゲンの側で浮きながら、近くで固定される。
(念動魔術……! いや、心念の操作術か!
つくづく厄介な技だねぇ)
すぐに隠蔽魔術。ハイド・スペリアを無詠唱で発動して姿と魔力を暗ませるが、セレスティアが口頭で位置を共有しながらミカエラと召子へ的確に指示を出している。
フルポーションを数滴レイノールの口に含ませると、一口飲み込み血色が少しだけ戻る中、減らず口を叩いた。
「敵の大将を、助けようなんざ……
どういう……つもりだ。レルゲン……」
「黙れ。これはお前を助ける善意なんかじゃない。俺達中央の為にお前を助けている。
さっさと呼吸を整えて止血に専念しろ」
それから本数を更に増やしたレルゲンの魔力糸が完全に傷口を塞ぐまでのおよそ一分間。
横で見ていたクラリスはレルゲンの恐るべき魔力の操作精度に畏怖すら感じながらも、
マークスが仮に包囲網を抜けて弾丸を撃ち込もうとした時に備え、周囲を取り囲むように心念の盾を展開していた。
今はただ、手術を進めながらフルポーションを小刻みにレイノールに飲ませているレルゲンを見つめるのみ。
治療が終わる。
魔力と体力が完全に戻ったレイノールがゆっくりと状態を起こす。
「気分はどうだ?」
「問題ねぇ。すぐにマークスを片付けてやる」
目の色はまだ金色に変わる事なく鮮やかな赤のまま。
常時行き場を求めるように全身から放たれていた剣気も、今は鳴りを潜めている。
「待て、マークスがなぜこのタイミングでお前らカリストルを裏切ったのか理由が知りたい」
「そんなことどうでもいいさ。
治療してくれたのは感謝するが、これからの行動まで制限される謂れは無い。
お前とは後でちゃんと決着を付けるんだからな」
「あっ、おい待て!」
レイノールの肩を掴もうと手を伸ばすが、
それよりも先にクラリスの手刀がまだ気力が回復しきっていないレイノールの意識を易々と刈り取った。
白目を剥いたレイノールを見て呆れた視線を送ると、淡々と銀髪のメイドは視線を逸らして言い放った。
「殺しはしていません。それよりも今は」
「マークスの相手だな」
「まだ戦えるのですか?」
「心念の盾はもう無理だな。だけどこの剣に意識を乗せればまだ行けるはずだ」
「それは戦えないと言うのですよ。
貴方はここで待っていて下さい。
しっかりと私を見て、そして学んで下さい。
こんな所で死なれては困りますし、元々は魔界の者が引き起こした不祥事。
であれば魔王軍直属の統括として、あの裏切り者の狙いを引き出します」
「……わかった。後は頼んだ」
月光に照らされた白銀のメイドはレルゲンに振り返りながら少し笑った、気がした。
クラリスが飛んでいく。
レルゲンは意識の飛んだ敵将を脇に抱えながら、ゆっくりと下降を始める。
クラリスが合流してレルゲンの仕事が無事に終わったのを知り、ミカエラと召子が距離を取る。
三人に囲まれるような体制になったマークスは、一度隠蔽魔術を自ら解除し、かつての上司であるクラリスに向けて声をかけた。
「会うのはいつぶりだろうね?統括様」
クラリスの眉の皺が少しだけ深くなる。
「そうですね。いつぶりかは忘れましたが、まだ生きていましたか」
「寂しいこと言うねぇ……
俺は貴女にもう一度会えて光栄だよ」
「言葉を慎めよ。雑兵風情が」
冷えた空気が一層凍えるほどにクラリスの言葉によって温度が下がる。
言葉に込められた心念は衝撃波とはならずとも、味方であるミカエラと召子、そしてセレスティアさえも恐怖を感じるまでに高められていた。




