40話 その首を今のうちに
(この男、心念についてはマークスから聞かされていない。
でなければ剣気だけで大気を震わせるのみはおかしい。これではまるで、器だけ用意した空の容器と同じ)
レイノールの目の色が瞬きと共に黄金色へ変化する。
大上段から振り下ろす途中でレイノールの姿が消える。クラリスの斜め後ろから回避不可能の完璧な一撃が、薄い肌色の皮膚を捉える寸前の所で止められた。
半透明のオレンジの光がクラリスの身体を覆うように展開され、その光に触れたフラガラルクの切先はそれ以上進む事は無かった。
「なんだ、それは……? いやそれよりも」
多少の狼狽を含む表情でレイノールがバックステップで距離を取る。
(回避動作を取ることなく、俺の一撃を止めたのか? そんなことが可能なのか……?)
今頃召子は既にレルゲンとミカエラにフルポーションを届け終わっている頃だろう。
「心が乱れているようですね。
それではやはりレルゲンには敵いません。
今、彼は大きな事を成し遂げようとしている。
その邪魔をすると言うのなら、やはり貴方はここで撤退させるか、致命打を入れさせて頂きます」
「名前を聞いても良いかい? メイドさんよ」
「クラリス・クラノイド」
「なるほど。アンタが魔王軍直属の統括か。
道理だな、強いわけだ」
最早隠しもしないレイノールの言動は、クラリスの唇をキュッと結ばせた。
同じ所属の一人が今自分達に情報と言う名の牙を向けている。
「マークスはどうやってそちら側に付いたのですか?」
「ん? そっちも知っている通り弾丸に追いかけられていたからな。
この剣で弾丸を斬らせてもらったぜ」
(一体何キロ移動したのか…… マークスの生への執着もやはり侮れませんか)
「そうですか。マークスは今どこに?」
「知ってどうする?」
「確実にこの責任を取らせて粛正します」
「おぉ、怖……まぁ奴は正面切って戦うタイプじゃ無いからな。
その辺に隠れて狙撃の機会でも伺ってるんじゃ無いか?」
「その割には私達が狙撃する可能性を考慮していなかったようですが」
「射程はだいたい二キロって聞いてたしよ。
知ってたが故の油断ってやつだわな。
だけど俺、弾丸斬ったよな?
なんで当てられてんだ?」
「わざわざ教えないのは分かるでしょう」
「まぁそれはそうか。
さて、無駄口はそろそろ終わりにして続きといこうぜ。
早く終わらせたいだろ? お互いによ」
「ええ、そうですね」
二人が再び構えを取った後、フルポーションで魔力を全開に戻したレルゲンの存在感がある程度戻ったのを二人とも感じ取る。
今一息入れたと言う事は石城が完成した合図。
魔王軍直属の統括であるクラリスとレルゲンを一気に相手取るのは難しい。
魔力を付加したフラガラルクなら防御は出来る。だが、均衡を保てても攻めに転じるのは現実的では無いと判断し、一瞬の内に撤退すると決める。
「城も完成した。クラリスがいて破壊も困難。
だが」
瞬間、再び消えたレイノールは上空へと移動し、レルゲンの下へと飛びかかっていた。
「何度も城を落とした後に修復されちゃ堪らないからな。今ここで死んでもらうぜ。レルゲン」
「……!! レイノール。来たか」
魔力はフルに回復した。しかし精密な操作は今の気力では不可能。
心念を剣に上乗せするのも覚束ない。
だが、それでもやるしかない。
黒龍の剣にありったけの魔力を込め、空から距離を詰めてくるレイノールに向けて夜闇へと放つ。
真っ黒な光線攻撃がレイノールへと迫るが、この遠距離攻撃を見て不敵な笑みを浮かべた。
「その技、利用させてもらう!
フラガラルク!」
迫る黒い光線へ黄金の輝きを放つフラガラルクを振り抜くと、魔力の光線を反射するように完成したばかりの石城を飲み込もうと降り落ちてくる。
迎撃できるだけの時間的猶予はない。
残された手段は一つ。
「なっ……! 矢避けの!」
咄嗟に再度黒龍の剣に魔力を込めず、純粋な念動魔術だけの発動しか間に合わない。
しかし、あまりにも出力の高い攻撃は易々と矢避けの念動魔術の効力を突き破り、石城を縦に分断するように切れ目が入った。
レイノールは尚もレルゲンの首を取る意思を中断する事なく、猛然と速度をキープしつつ肉薄していく。




