38話 築城
「壁か、どう思うかね? アンツヴェルト殿」
「壁が建てられたことは余り重要ではないかと。
それよりも壁が出来たまでの時間は?」
「およそ三十分も経過していないと思われます」
「……不味いな」
渋そうな顔をするアンツヴェルトを見ながら、メフィストは問いかける。
「不味いとはどういう意味だね?」
「それだけの建設速度はおそらくレルゲン・シュトーゲンの念動魔術によるものだ。壁の規模は分かるかね?」
「いえ、外は松明が無いと暗闇で分かりかねますので、正確な規模までは分からず……
他の兵士達は狼狽えておりましたので、まずはすぐにご報告をと思いまして」
「分かった。恐らく敵の狙いは……レイノールはいるか!?」
「おう、どうした?」
アンツヴェルトがその名を呼ぶと、すぐに天幕を潜って現れる。
「大至急だ。
奴は……レルゲンは恐らく城を作っている!
すぐに向かって中止させろ!」
「は?城だと?
そんな馬鹿なことがあるのか?」
「無駄口はいい!
メフィスト殿! すぐにレイノールを動かす許可を!」
「レイノール。至急現場を確認の後、アンツヴェルト殿が言っていた通りであればすぐに介入して破壊して参れ!
モルゲン平原の入り口付近であるならば、我らは城攻めをやらねばならなくなる!」
「了解。報告したアンタ、これから瞬間移動でアンタを抱えて飛んでいく。
酔わないように飛ぶ瞬間は目を閉じてな」
「お願いします!」
夜空を瞬間移動して飛んでいるように空中で連続移動すると、地上から十メートル以上は高く飛んでいるというのに、人工物が目線の高さ以上に積み上がっていた。
「おいおい、マジかこりゃあ……」
依然として連続して地響きが大地を、そしてその上の大気を震わせ続け、着々と城が出来上がりつつあった。
最初の地響きの異変に気づき、そして報告してから約二時間という時間がもうじき過ぎようとしている。
「こんなことなら一般兵にも通信機をある程度渡しておくんだったぜ」
「レイノール様。あちらを!」
「お前はここで降ろす!
後は任せて下の兵士を退避させておけ!」
「ご武運を!」
額から汗が滲む。
念動魔術というのは比較的軽い物を運ぶのが本来の使い方では無かったのか。
どんなに重くてもレルゲンが一番のお気に入り武器として愛用している、黒龍の剣ですら百キロ程度のはずだ。
それが今は何をしている?
換算したら数百キロを下らない石材を、幾つも繋ぎ合わせるように積み上げている。
石よりも加工のしやすい木材ならまだ分かる。
しかし予め切り出しておいた石材を使って燃やされる危険を回避する徹底っぷり。
(念動魔術に二時間で石城をほぼ完成させてしまうポテンシャルがあるのか……?)
否、これは念動魔術だからでは無い。
資料にある念動魔術はそんな大それた事象は不可能だ。
(他にもっと、レルゲンだから行使できる特別な念動魔術があるのか……?
いや、念動魔術という単体の魔術だけではない何かがある……!)
唯一治っていない首の傷がチクリと痛み手をかざす。
完成間際の石城に向けて加速していき、フラガラルクを振おうと中段に引き絞るように構え、そして外壁ごと切断しようと魔力を上乗せする。
「ハァァァアア!」
フラガラルクに乗せたイメージは魔力で補強され、まるで紙で出来た薄っぺらい装甲を斬り裂くが如く、強靭なしなやかさと共に繰り出された。
だが、それを真正面から受け止めたのは〈天の翼〉を最初から発現させた現代の勇者。
「させない!」
片手で振り抜こうとしたレイノールを、両手で握られた聖剣で受け止める。
激しい火花が散る中、フラガラルクを握り直して強引に振り抜いて召子が石壁へと叩きつけられる。
「アビィちゃん……! 〈ダイヤモンド・ダスト〉」
「ピィィイイイ!!」
アビィが大きく羽ばたき、極低温の風を吹かせながら目に見えない程小さな氷のツブテをレイノールへと浴びせる。
「ただの冷たい風が何だ…!」
剣圧をアビィに向けて放とうと構えを取ったフラガラルクへ、氷の粒が付着した途端。
まるで氷に包まれるようにフラガラルクが氷の塊となる。
「なんだ……? この魔術は……」
氷の塊となったフラガラルクごと関係なしに振り抜こうと強引に力を込めたが、
剣から腕、胸元へと氷結範囲が凄まじい速度で広がっていく。
「くそ……こんな氷で覆ったくらいで……!」
悪態をつきながら口元まで氷の範囲が広がり、やがて全身を完全に凍らせが、
自身だけ瞬間移動を行使して氷の鎧から脱却を果たす。
地表で様子を見ていたクラリスは、瞬間移動で目の前に現れたレイノールに右ストレートの一撃を咄嗟に入れ、数十メートル程後方に吹き飛ばした。
「ぐっ……! お嬢さん。なんて力してんだよ」
「おや、瞬間的にその剣で防ぎましたか。
やはりレルゲンの見立ては間違っていないようですね」
(やはりこちらの転生武器は能力がバレてるか)
レイノールは気づかれていた能力に対し、素直に中央王国側を称賛していた。
「いやぁ、まさかここまでこっちが後手に回るとは思っても見なかったぜ。
それに転生武器の能力も全て割れた。
大したもんだぜ本当に。
それだけの個人技に特化した軍は大陸広しとあってもそうないだろう」
レイノールは真っ直ぐ指をクラリスの背後に向けてカマをかけた。
「それに後ろに建っている城。
前線拠点にするつもりなんだろ?
何にもなかったところにこれだけ短時間のうちに築城しても、耐久性は今の聖剣をもった君が吹き飛ばされても崩れない。
俺が直ぐに止めに来ることも折り込み済みで守りを堅めている。
俺達はこの城を落とさなきゃ自動的に挟み撃ちだ。
それじゃまともに行軍すらできねぇ……
そっちにも優秀な軍師がいるんだろうな?」
「随分とお喋りですね。
私共としては時間を使って下さるのは歓迎しますが、可能であればここで貴方を討ち取ってしまっても構わないと命を受けています」
「レルゲン以上に俺と対等以上の勝負が出来るって言うのかい?」
「では試してみますか?
ある分野で私は彼の師匠として振る舞っておりますが」
「レルゲンに師匠だ?
なんだそりゃ? そんなこと知らねぇぞ」
「ええ、知らないでしょうね。
魔界の中に内通者がいるカリストルには決して知らない情報です」
「はぁ……全くやりづらいねぇ!!」
クラリスと召子、そしてレイノールが火花を散らそうとしている中、石材を尚も重ねながら城を建設しているレルゲンの額には、滝のような汗が流れ落ちる。
目には大きなクマが目立ち、肩で息をしていた。
心念の操作術でアシストをしているミカエラもまた、レルゲンと同様に多大な疲労が蓄積している。




