第三章 5話 自動人形と作戦会議
女王は水神伝説のことを知っており、大変驚いていたが、素材と浄化水晶を見せると
「これがあの水神様の…」
と一言だけ漏らし
「これで街までどう引くか、検討してみてください」
と更に念押しされる。女王自体は特に何か手段を持っている様子ではなく、こうなればまた魔術研究所に知恵を借りに行こうと再び向かう。
「カノン様、すみませんがまた知恵をお借りにきました」
「やぁ助手君、水源確保の調子はどうだい?」
「水龍と戦って、水源を頂く約束はしたのですが、どう引いたものかと思いまして。
ここから数キロ離れた場所なのでそこまでは遠くありませんよ」
「まさか本当に水龍がいるとは…ははは、流石深域。で、確保した水源をどうやって届けるかだよね。
無難に行くなら川を引く工事をする事だけど、時間がかかり過ぎるからあまり得策ではないね」
お互いに数秒の沈黙。
自分が今までに見た魔術で、別のところから持ってくるものと言えば念動魔術で荷物を運ぶ、召喚魔術で魔物が現れた…り?
そこでレルゲンが閃く
「カノン様、召喚魔術って使えないですかね?」
「召喚魔術か、でもあれは術師が専用の入り口と出口を設定する事で発動する魔術だから、街の全土を賄うには術師が足りないかな」
「なら、召喚の魔法陣だけ刻印する形で各家庭に普及するまでの間、彫り師を使って実現出来ないでしょうか?」
「なるほど、彫り師か、刻印する事で消す、修理も用意だし、蛇口を回す要領で欲しい時だけ魔法陣として成立させれば無駄な水を使わなくても済むね。
うーむなるほど!距離が予想より近い事も魔法陣の簡略化に繋がりそうだ。
何とかなる気がしてきたぞぉ!!」
「では魔法陣の作成と普及方法についてはお任せしてもいいでしょうか?
俺はまた水龍のところに行って地下に魔法陣を設置しても良いか交渉してきます」
「うむ!内政についてはこの私に任せてくれたまえ!」
君は水龍との交渉がうまく行ったらお母様に報告頼むよ」
「わかりました、では早速行ってきます」
念動魔術で再び水龍の元へと向かう。それを見たカノンは「空飛べるって便利だよねぇ」と言いながらコーヒーを啜るのだった。
水龍との交渉がうまくいき、女王にカノンとのやり取りを報告すると、大変喜んでいた。
「後は下水などの排水方法ですが、これはこちらで何とか致します。騎士レルゲン、迅速な任務達成。誠に大義でした」
「いえ、この案はカノン様あっての物ですので。良ければ浄化水晶をお使いください。浄水、下水の処理にお使いいただければ」
和やかな雰囲気が一転、女王の私室を叩く音が聞こえる。
「女王陛下、失礼致します」
「何かありましたか?」
「はっ、別動部隊として例の調査を行っていたベンジー騎士団長が、残念ながら殉職致しました」
唇を噛み、後悔するような表情を見せるダクストベリク女王。
「わかりました。報告ご苦労様でした。そうですか、長年に渡り私の騎士団を統括していたベンジー騎士団長が…」
重い空気が流れる。報告に来ていた影が一通の手紙を女王に手渡す。その手紙に目を通した女王がレルゲンに伝えるように読み上げる。
「“私達”の招待を断って騎士団を派遣したなんて許せません。今度また違う人が来たら私達はこの国の人を順番に殺していきます。自動人形より」
レルゲンの知らないところで女王も動いていたのだろう。これは聞いても良いということだろうか、と悩みつつも女王からの言葉を待つ。
「王国がこの深域に転移してから、すぐにある手紙が届きました。
送り主はナイト・ブルームスタット。
レルゲン様御一行をご招待。
自慢の傑作をお披露目したいので、ぜひこの座標まで来られたし、といったものです。
レルゲン様には先に水源の確保をお願いしておりましたが、団長が騎士団を率い、同時並行で威力偵察の任を与えておりました。
ベンジーの事です。力量差を感じればすぐに仲間を連れて引き下がったはず。
彼の目を誤魔化す何かがあったのだと私は思うのです。手紙の御一行の中にはセレスティア、マリー、ハクロウ副団長が含まれていました。
親心…でしょうか。二度も危険な戦地に娘達を赴かせるのは到底認められませんでした。
しかし、こうしてベンジーの死という冷や水を浴びたのは決して許されません。
騎士レルゲン、どうか国の未来をまた貴方に託してもよろしいでしょうか?」
「御意に」
一拍おいて、しかしと付け加え
「敵は私達という文言を使ってきています。最低でも二人いると考えた方が良いでしょう。
前衛が最低でも二人必要になります。その内、片方の前衛にはマリー王女殿下の力が不可欠です。
後方支援としてもセレスティア王女殿下の力も必要になるでしょう。
この招待通りの編成が私も最適な編成と考えますが、いかが致しますか?」
「仕方ありません。セレスティア・ウノリティア、マリー・トレスティア、ハクロウ副団長を連れて、この手紙の座標に向かって下さい」
「承知致しました。王女殿下は私がこの身に代えましても無事に連れ帰ります。もちろんハクロウ副団長も」
「頼もしいですね。勇戦を期待いたします」
夜は水が見つかったお祝いとは行かなかった。だが、ベンジー亡き後、今まで長年勤め上げた騎士団長を称え、ささやかながらも食事会が開かれた。
マリーが帰国した時のような華やかさはなく、あくまでも喪に服す雰囲気で、身につける衣装も華美な格好をしている者が少ない。
食事会場の裏側で、セレスティア、マリー、ハクロウ、そしてレルゲンの四名で作戦会議が行われていた。
敵は何も追加で手紙を出してきた自動人形だけではない。ナイト自身が出張ってくる可能性もあるのだ。
ナイトも念動魔術の使い手、加えてレルゲン以上の魔術適正を持っている。
控えめに言っても戦力が足りなかった。
会議は難航すると思われたが、ここでセレスティアがある作戦を思いつく。
「敵に戦う期限を伸ばしてもらうのはどうでしょうか?」
あまりに弱腰とも取れる発言に全員が驚いたが、セレスティアは続ける。
「敵の目的は今や王国への復讐ではなく、レルゲンの成長過程を見る事にあります。
新しい武器の完成も間近なのを伝えれば、戦う期間を伸ばせるのではないでしょうか?
その間に私達も少なからず深域の魔物討伐などで経験を積む事が出来ましょう」
ここでハクロウがセレスティアに堂々と反対する。
「悪くない案だとは思うが、裏を返せば今侵攻されるとこちらが抵抗出来ない事を伝えることにならないかね?
それこそ今なら王国を滅ぼせるとあっちゃ、敵さんはまた王国に標的を変えるかもしれん。
ボウズには悪いが俺はセレスティア嬢ちゃんの案には反対だな」
ここでハクロウが反対するが、影部隊の一人がヌルッと現れ、武器の完成日程を教えてくれる。
「鍛治師ドライドによれば、後三日で完成するとのこと」
「ありがとう」
マリーが簡単にお礼を言うと、影部隊は再び影に消えていく。
「完成まで三日ならセレスの提案、俺は条件付きでできると思う。
自分で言うのもなんだがセレスとの任務でナイトと対峙した時、セレスが重症を負った時に奴は俺の手術が終わるのを「待って」いた。
だから明日は手紙の座標に俺一人で行って三日待つように言うのは現実的な案だと思う」
マリーがその後の行動を提案する。
「なら明日は深域にレルゲン無しの三人で魔物狩りに行きましょう」
「俺抜きで行くのか?」
「毎回貴方だけに頼っていたらいざって時に一人で動けないわ。セレス姐様もハクロウ先生もそれでいい?」
二人とも力強く頷く。キッパリとレルゲンの同行は断られ、どうやら明日の魔物狩りはレルゲンからの自立を目的に行われるようだ。
二日目からは連携を取るためにレルゲンの同行は認めてくれたが、やはり最低でも一日は必要になると言うのが皆の決定だ。
影部隊を何人かつけて、最悪回収してもらう手筈だけは整えておこうとレルゲンは考えるのだった。
会議翌日、手紙の座標までレルゲン一人で飛んでいく。
地上にはこの道を通れと言わんばかりに魔力揮発剤が常時撒かれており、魔力感知をすると不自然に一本の道のようなものが出来ている。
魔物もこの揮発剤を嫌ってか周囲には感知に引っかからない。
指定された座標に降り立つ。
すると深域には似合わない四角柱の形をした人工の建造物があり、入り口と思わしき穴に入ると、そこは明るい照明が何個も設置されている。
あまりの明るさに一瞬目を細めるが、すぐに慣れる。
正面には二人組の女性のような、騎士服とはまた違った形相だがレルゲンには見覚えがあった。
旧王朝の軍服を着たまだ年端も行かない少女が二人待ち構えている。
二人はピタリ同じタイミングでレルゲンに向かって挨拶し、こちらを真っ直ぐに見つめるが、どうにも目から感情が読み取れない。
「「私たちはナイト様の自動人形、アイとユゥでございます」」
「お初にお目にかかる、招待に応じて馳せ参じたレルゲン・シュトーゲンである」
またも二人同時にレルゲンに向けて疑問を投げかける。
「「お付きのマリー様、セレスティア様、ハクロウ様の姿が見えませんが、本日はお一人ですか?」」
「“今日は一人”だ。今回は君達と戦うために来たわけではない。提案をしに来た」
「「どのような提案でしょうか」」
全魔力、解放
ゴォオオオオオオオ
深紅の魔力が全身から溢れ出し、身体中から噴き出す魔力を全て黒龍の剣へと込める。
刀身が赤い輝きを放ち伸びてゆく。
建物の入り口から暴風がレルゲンを中心に集まっていき、伸びた刀身を上段に掲げると、引きつけられるように風も刀身へと集まる。
「構えろ」
レルゲンが低い声で瓜二つの二人に呼びかけ、軍服を着込んだ自動人形と名乗る二人が迎撃の構えを取る。
振り下ろされた赤く染まる剣は、深紅の光線となって軍服の二人へと迫っていき飲み込んでいく。
二人とも武器は使わず、両手のみでレルゲンの全力の一撃を受け止める。
しかし、手の皮膚や着ている衣服がそれに耐えきれず、損傷していくのが見て取れる。
「「なんという威力、しかし!」」
二人の自動人形はボロボロになりながらも、深紅の光線を握りつぶし、レルゲンの一撃を素手で耐え切ったのだった。
ナイトが準備しただけはあり、流石の耐久力だ。
「「提案というのは、私達を一人で相手にするということでしょうか?」」
「いや、今のはただの挨拶だ。この会話もどこかで聞いているんだろう!
三日後だ、今よりもっと強くなって、必ずお前を倒しに来る!だから関係ない王国民は殺すんじゃないぞ。わかったな!」
言いたいことだけ言い、くるりと建物の入り口へと向かう。
扉は開いたまま、レルゲンの一撃を耐えた二人組も動かず、ただ飛んで帰るレルゲンを見送るのみ。
無言の肯定と受け取り、その場を後にする。
(今まで俺の成長を楽しんでいたのなら、三日待つくらい容易いものだろう)
一方、マリー、セレスティア、ハクロウはというと深域の探索、もとい魔物討伐に出ていた。
ハクロウは深域の探索には過去に経験があるようだが、余りの危険さに気乗りはしていなかった。
「ボウズがいない今、俺たちだけで何とかしなきゃならないが、六段目の魔物が出たら俺は戦いたくねぇな」
「ハクロウ先生、私とセレス姐様だけでもいいのよ?」
「それこそ勘弁してくれ…女王様に色んな意味で殺されちまうよ」
一瞬和やかな雰囲気が流れるが、セレスティアが二人に待ったをかける。魔力探知に反応があったようだ。
「二人とも、用心を。反応があります。ここから約二百メートル先に魔物がいます。魔力量からみて恐らく五段階目かと」
マリーとハクロウが抜刀し、セレスティアが杖を構えて小さい声で支援魔術をかける。ハイド・スペリアは今回の魔物討伐では禁止し、倒し切る事を目標だ。
マリーとハクロウはアシュラ・ハガマ以来の五段階目との対峙、あの頃よりも格段に強くなった自負が二人ともあったが
いざ相対するとなると緊張感が段違いに上昇する。
戦う事数時間、マリーの連続剣の加護と装飾品の速足の加護が最大速度を迎え
四方八方にマリーが高速で動き、前衛と遊撃両方を受け持っていた。
戦い始めはマリーとハクロウが二人がかりでようやく足止めし、セレスティアが上位魔術で攻撃する流れだ。
時間が経った今、マリーの速度に対応しようと魔物がマリーに標的を絞るので精一杯になり
ハクロウはというと後方で他の魔物が来ないか警戒をしている。
その間にセレスティアが支援魔術や、詠唱に時間のかかる幻惑魔術を駆使して更に魔物を追い詰めていく。
そして、見事マリーの剣が魔物の急所を貫き、レルゲン抜きで五段階目の魔物を討伐したのだった。