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第三章 3話 二つの誓い

「最後の手術は見事でした。やはり貴方は見ていて飽きない。もっと成長した姿を私に見せて下さい。


それとその魔法陣ですが、転移先は転移後の王都の中心に座標が設定されていますのでご安心を。


それではまた近いうちにお会いしましょう。シュット君、いえ、レルゲン・シュトーゲン」


強烈な上昇によりかかる重力に耐えながらも、セレスティアを抱き抱える。


この転移魔法陣が奴の言っている通りだろうが、そうで無かろうが、この手を決して離さず強く抱きしめる。


魔法陣に吸い込まれる。


視界が明滅しあまりの眩しさに目を閉じ、再び開けると空の色こそ違うがそこは王都の噴水近くに転移していた。


「ここは、本当に王都か」


意識を失っているセレスティアを抱きかかえて王宮まで念動魔術で飛んでいく。


かつての師がマリーやセレスティアを狙った真の黒幕だったことのやるせなさと


縫合したセレスティアの傷跡と力のない表情、己の無力感が全身を包むが、それよりも早くセレスティアをベッドに寝かせてやりたい気持ちが強かった。


全魔力解放を短時間とはいえ行使したからか、ふらふらとした空中起動で、出発地点だった屋上庭園に降り立つ。


するとセレスティアが意識を取り戻したのか、レルゲンの頬を優しく撫でてこう告げる。


「結局助けて下さったのですね。貴方に最上の感謝を」


「大切な人を護る事が、騎士の本懐ですから」


「ふふふ、お上手」


掠れかけた声でセレスティアが感謝の言葉をかける。屋上庭園から辺りを見回すと、


そこには地平線の彼方まで山や木々が鬱蒼と生い茂り、隔離された世界となっていた。


屋上庭園を降りて、女王の場所まで歩いていく。セレスティアも満身創痍だが、レルゲンも消耗が激しい。もう念動魔術の発動すら危ういだろう。


だが、気力のみで廊下を歩いていく。普段から歩いているはずの王宮の廊下がやけに長く感じるが、歩みは止めない。


女王の私室の前に到着するが警備が全くと言っていいほどいない。ここには誰もいないのだろうか。


「影さん、いるかい?」


「はい、こちらに」


女王直属の影部隊は機能しているようだ。少しホッとする。


「女王陛下はこの中にいらっしゃるか?」


「現在公務のため不在になります。女王陛下へのご報告がございましたら、私めに」


「分かった、これからいうことを一言一句、伝えてくれ」


伝えられた影の目が驚きのあまり丸くなったが、すぐに諌めて


「承知致しました」


とだけ残して影へと消えようとする前にセレスティアが待ったをかける。


「お母様にお伝え下さい。私、セレスは無事だと」


コクンと頷き、影へと消える。

他の部屋までは警備の都合上遠い。この際仕方ないと女王の私室の扉を開ける。


上品な装飾が施されている、天蓋付きのベットにセレスティアを寝かせる。


保険をかけて回復薬を飲んでもらう。するとセレスの肩から傷を修復する時の音が出る。縫合の精度が悪かったのだろうか…?


不安そうなレルゲンの顔を見たセレスティアが大丈夫ですと告げる。


「レルゲンの手術が的確でなければ私は今頃死んでいたでしょう。自信を持って下さい。一国の王女の命を救ったのですから」


「セレスが無事でよかった」


「それとレルゲン、最後に私が話したことですが」


「はい」


「私は貴方とマリーの関係は何となく分かっています。ですが、それでも私は貴方を諦められない」


ふぅ、と一つ大きな深呼吸をして更に続ける。


「私、セレスティア・ウノリティアの正式な夫になって頂けますか?」


あまり驚きはしない。この任務でそういった感情を向けられているのは何となく分かっていた。


「お言葉ですがセレス様。私はこの任務の前にマリーとある約束を致しました。一緒になるのはマリーが“先”だと」


そこで勢いのまま承諾してしまったとはいえ、“先”って何だ?と思いセレスティアに尋ねてみる。


「我が王国が信仰しているディオス教は一夫多妻と一妻多夫は認められています。


現に今の女王は一妻多夫で、マリーや私の父も違いますし、もちろんカノンの父親とも違います。髪の色が全く違いますでしょう?」


「そうだったのですか。なら問題はってそうではなく!


第一王女が二番目に結婚するのはどうなのですか、そもそも、セレス様はそれでいいのですか?」


「できれば私を一番にして欲しいですし、一番愛して欲しい。


ですが、マリーとレルゲンとの関係性も理解しています。ナイトの件が片付いた後、近いうちに王位継承権争いが始まるでしょう。


私はマリーとは戦いたくありません。もちろん貴方とも。


この選択は私とマリーを護る唯一の方法なのです。それが解決できるなら、順番など些末な問題ですよ」


「俺もセレス様とは戦いたくないし、戦えない。マリーとの約束を守れるなら、俺も二人と一緒になるのはありがたい申し出です」


「そこは貴女も愛しているとは言ってくださらないのですね。いいえ、「今は」いいのです。いつか貴方の口から愛を囁いてもらえれば」


「恥ずかしいこと言わないでください」


「もう止められませんよ」



「それで?セレス姉様とも結婚の約束しちゃったわけ?」


「ああ、すまない」


「はぁ、まあ二人で任務に行くって決まってからそんな事になるとは思っていたけど、


私との誓いの後にすぐ他の女とそんな約束するなんてちょっと信じられないわ」


「返す言葉もない」


「ただ、私との誓いを守ってくれようとしたことに免じて許してあげる。今はこんな状態だし、貴方の師についての対応策を考えないと」


はぁ、頭が痛いと額を抑えるマリー。

女王陛下が戻ってからセレスティアとの極秘任務について報告し、


もちろんこの状態での婚約については伏せて報告したが、原因が魔石龍の“血液”だったこと、魔族がやはり絡んでいたこと。


真の黒幕は魔族ではなくレルゲンのかつての師匠であるナイト・ブルームスタットであることを包み隠さず報告した。


女王は一言。


「ご苦労様でした」


と労いの言葉をかけたが、貴族達はそうはいかなかった。


ここにいる騎士レルゲンを拘束し、嫌疑をかけよ。反乱分子として断罪せよ等々。


貴族も一枚岩ではない。度重なるレルゲンの功績を煙たがり、隙があればいつでも寝首をかこうとする連中も少なからずいる。


しかし、ここで待ったをかけたのがマリーとセレスティアだった。


結果的に命を救われた事については貴族も一定の理解は示しているが、騎士レルゲンに肩入れが過ぎるという意見も散見される。


そこで女王が一言、新しい命令をレルゲンに課した。


「騎士レルゲンに王命を下します。事は一刻を争います。貴方の魔術で周囲を探索し、水源の確保、及び周辺の魔物の強さの測定を単独で行うことを命じます。


王都周辺と同じ強さであれば騎士団を派遣し、調査範囲を拡大。


任務開始は明日の明朝から開始します。受けて下さいますか?」


膝をつき、頭を垂れる。


「謹んで拝命致します」


だが、ここでまたセレスティアが女王陛下に意見する。


「お待ち下さい女王陛下、騎士レルゲンの疲労は凄まじく、今の私よりも状態は酷いと言えるでしょう。


私やマリー、騎士団の一小隊を預けるなら分かります。


しかし、これでは…これでは余りにも騎士レルゲンが浮かばれません」


娘の懇願に女王陛下は折れず、セレスティアの意見を却下する。首を横に振り、セレスティアに諭すように優しく説明する。


「いいですかセレスティア。この王命は彼の為でもあるのです。そこに控える貴族の方々の気持ちも私には理解できます。


しかし、この王命を果たす事で彼の地位は確固たるものになるでしょう。


それに彼は優しく、編成する全ての人を護る為に動くでしょう。彼を助けるのはおろか、彼に負担を強いることに繋がるのです。


今は彼を自由に動ける状態にする事こそが最善手なのです」


確認するようにセレスティアが尋ねる。


「そうなのですか?騎士レルゲン」


「共に任務をこなす仲間を足手纏いと思った事はございませんが、今の私の状態では己の身を護る事で精一杯なのも事実になります。


ここは女王陛下のご命令を遂行する事こそが、この王国を護る事に繋がると私は考えます。

私の身を案じて下さるセレスティア様に感謝を」


セレスティアが女王陛下に頭を下げ、謝罪をする。


「出過ぎた進言、処罰はいかほどでも」


「良いのですセレスティア。貴女が思う気持ちは母である私も痛いほど理解できます。


どうか気に病まれませんように」


その後暫く会議は続いたが、レルゲンとセレスティアには休息が必要ということで途中退席させられる。


セレスティアに別れを告げ、半日の休養を取るべく自室に戻る。二日間のみの任務だったが久しぶりに感じた。


魔力行使によるマインドダウンには陥らなかったが、肉体・魔力的な疲労ではなく、ナイトの目論みという精神的な疲労が大きい。


ふかふかのベッドに横たわると、すぐに意識がぷっつりと途絶えた。


目を覚ましたのはその日の夜だった。レルゲンは急いで支度を済ませ、鍛冶屋街のドライドの工房に足を伸ばす。


「何だか久しぶりな気がするな。今日は何用だい?」


「簡単に言うと、武器の催促になるな」


ピクっと眉が動き、ドライドが一枚の手紙を渡してくる。手紙の紋様は王宮の物だ。


中を開くと女王の署名付きでレルゲンから依頼されている武器の納期を早めるようにお願いする内容だった。


「全く、無理難題を言いやがる。だが、この街の有様だ。旦那の武器を早める気持ちは俺にも分かるぜ」

「出来るのか?」


微妙な顔つきでドライドが答える


「できなくはない。だが、納期を早めるための素材を集めるのに苦労するな。


周りは強い魔物がウヨウヨいる深域だろ?最低でも五段階目クラスの魔力伝導率が高い素材がいるな」


ここでレルゲンが得意げに笑う。


「何だい旦那?勿体ぶってねぇで教えろや」


「元々交換条件付きで持ってきたものだが、使えるか?」


作業卓に置かれたのは六段階目の魔石龍の鱗と外殻。それを見たドライドがすぐに鑑定用の眼鏡を取り出し、じっくりと観察する。


「こりゃ間違いなく魔石龍のものだ。年季がだいぶ入っちゃいるが、間違いなく極上の素材だぜ。


全く旦那はいつも面白いブツを持ってくるから楽しみでならねぇな」


「それで、コイツで納期は早まりそうか?」


「早まるも何も、こんなもん見せられちゃやる気が上がるってもんよ。武器の性能だって予定より間違いなく上昇するぜ」


やるぞぉ!とやる気が漲るドライドを脇目に


「出来たら教えてくれよ」


と一言だけ声をかけて店を出る。

黒龍の剣を研ぎに出そうとも思ったが、刀身を見ると全くと言っていいほど刃こぼれが見当たらない。


レルゲンが念動魔術で培った目を以てしても、本当に綺麗な剣のままなのだ。


多少疑問に持ちながらも、まぁこの剣ならあり得る話かで済ませてしまう。


再度王宮に帰ると、女王直々に私室へ来るようにと影さんからの通達があった。


婚約のことが早速知れてしまったのかと心臓が早足になる。女王の私室の扉をノックすると、影部隊の一人が扉を開ける。


「おかけになって下さい」


「失礼致します」


女王がレルゲンに向かって頭を下げる。


「此度の任務、改めて大義でした。

先程の謁見の間でもそうでしたが、貴方の目まぐるしいご活躍をよく思っていない貴族も半数はいる状態ですが、私はこれをいい機会だと考えています。


今、王国は水と食料の確保が急務です。


その内の一つを貴方が解決すれば、国民は貴方に感謝し、貴族も認めざるを得ないでしょう。


ましてや王族を娶るとなればそのくらいの功績は必要になります」


ゴホッゴホ、と出された紅茶が咽せる。女王にはかからなかったが、一歩間違えれば不敬罪だ。


「マリーから聞いたのですか?」


ここで失言をしてしまう。


「いいえ、セレスティアです。まさかマリーも___なのですか?」


「はい。正直に申し上げますと、マリー殿下とセレスティア殿下、両方と婚約を致しました。


処罰が必要とあれば、何なりと。しかし、この首が飛ぼうとも、一度果たした誓いは護らせて頂きます」


「この身滅ぼうとも両方を平等に愛せると、母であるこの私に誓えますか?」


「はい、ダクストベリク女王のみならず、唯一神ディオスに誓います」


「よろしい、私も三人の夫を迎え入れる時はディオス神に誓いました。


生まれてくる子供達を分け隔てなく愛すと。そうですか、マリーとセレスティアが旅立つのですね」


薄暗い夜の明かり、街灯が街を照らす様子を見ながら女王が涙を流す。


それは喜びからくるのか、悲しみからくるのか、真意は女王のみぞ知るだろう。


「そうそう、忘れるところでした。貴方が発注した武器ですが、納期を早めるよう鍛治職人に書簡を出しましたので、ご連絡を。


ただ、早めるに当たって素材が欲しいとも仰っていた様なので、併せて調達もお願い出来ますか?」


「女王陛下、それでしたら問題ありません。

私が鍛治職人ドライドに素材を既に渡し、納期短縮の確約も致しました。ご配慮、感謝致します」


すると女王が驚きの声を上げる。


「今朝方に帰ってきた時に出した書簡でしたのに、もう素材を採取したのですか?」


「いえ、“仲良くなった龍”に譲ってもらったのです」


「そんな事があったのですね。分かりました。とにかく今日はもうお休みになって下さい。


セレスティアとマリーの件は私個人としては認めます。しかし、国の未来を決める選択になります。


反対貴族を黙らせ、世論を動かし、自身の手で未来を勝ち取って下さい」


椅子から立ち上がり、騎士礼の構えを取り


「御意に」


と一言だけ答えた。

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