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第三章 2話 訣別

「では、その黒い剣で我を討つが良い。我はもう長くないが、これ以上そなたらの国民を苦しませるのは忍びない。レルゲン、頼めるな」


一度セレスティアを見るが、セレスティアは目から大粒の涙が溢れ出していた。


少ない時間だが、「いい魔物」だったように感じるのはお互いの共通認識のようだ。


何とかならないかとも一瞬考えたが、案が浮かばない。


黒龍の剣に魔力を限界まで込めて、せめて一撃で楽になれるようにと思いながら剣を振りかぶる。


剣を振り下ろす直前、何者かがレルゲンよりも早く魔石龍の首を落とした。


ドスンと首から上が地面に落ち、衝撃が響く。


暗闇からの一撃はレルゲンの魔力感知をすり抜け、魔石龍を切断した面は恐ろしく滑らかだった。


弱っているはいえ硬い外殻で覆われている魔石龍をこうも容易に絶命させる者は、一体…


カツカツと音を立ててこちらへ向かってくる足音が近づいてくる。


即座に敵と判断して魔力糸をセレスティアに繋ぎ、支援魔法を要請する。


「おや、思考の切り替えが早いですね」


「アンタ何者だ?ここにはもう魔族はいないぞ」


魔石龍にぶつけるはずだった黒龍の剣を声の主目掛けて放つ。斬撃は声の主に到達すると同時に二つに分たれ、更に後方の壁に衝突する。


(魔石龍の首を落とす斬撃を、斬ったのか?!)


「酷いですね、会話の途中で斬りかかるなんて」


「魔石龍の首を落としたのなら、それだけで敵だ」


「?それは貴方も同じ事をするつもりだったのではないですか?」


「そうだ、だからこそお前は敵なんだよ」


「よく分かりませんが、私の親切心があなた方を怒らせてしまったことは理解しました。


ではここで戦いますか?ええ、構いませんよ。この魔物達の相手ができるならですが」


空中に魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な魔物が三体出現する。


これ程までの魔術行使、魔力消費は凄まじいものだろう。


しかし、遠目で薄暗い中、自然魔力の揺らぎしか確認出来ないとはいえ、全くと言っていいほど変化がない。


言うなれば中庭で初めてセレスティアと出会った時の感覚に近い。


(間違いなく高位の魔術師だな)


たがここで一つ疑問が残る。先程打った黒龍の剣の一撃をどうやって“両断した”のか。純粋な魔術師では決して防げるほど生易しい一撃ではない。


(奴はどうやってさっきの一撃を防いだ?)


まだ魔物達は動かない。召喚主の指示を待っており、完璧な調教が施されているのが分かる。


今分析するべくはこの未知の敵をなるべくここに止まらせ、情報を引き出すこと。


「どうやら高位の魔術師のようだが、これ程までの魔物召喚をしていながら全く自然魔力の揺らぎがない。なぜマリーを、王国民を狙う?」


「ならばこちらからも問いましょう。なぜ貴方は両親を滅ぼした王国の味方をするのですか?」


セレスティアがレルゲンに魔力糸越しに話しかける。


(あのお方は貴方の素性を、出自をかなり把握しているようです)


(わかってる)


レルゲンが高らかに答える。


「そんなもん簡単さ、俺は俺の護りたいモノを護る。それが親の仇の末裔だろうと関係ないさ。まぁそれが“親の仇とも限らない”がな」


「ほう、そうですか。そこまで気づいていますか。なるほどなるほど。では“なぜ私が誰かわからない”のでしょう?少し悲しくなってきますね」


「は?」


(俺はコイツと会ったことがあるのか?今までセレスと同等以上の魔術師と会ったことなど…)


いや、ある。あるはずだ…俺はその考える否定したいだけだ。そんなことあるはずがない。


あの時だって俺を最後まで案じて逃してくれた方がそんなこと。

ポツリ、と溢す。


「ナイト…先生なのか…?」


姿がまだよく見えないが自然魔力が大きく揺らぐのが確認出来る。


「大正解!ようやく気づいてくれましたか。危うく私から名乗るところでしたよ。大きくなりましたね。“シュット君”。


それで目的でしたね、そんなものは簡単です。

私の、私だけの世界を作るつもりだったのに、今の王国が、そこの王女の母親が奪った!


あれだけ用意していたのに!横から入ってきた泥棒なんですよ!」


レルゲンが歯をギリギリと食い縛る。今までの魔族への怨みが、憎しみが、マリー含め大切な人々を傷つけられそうになった事への許せない気持ちが


全てナイト先生が、いやナイトが裏で糸を引いていたとでも言うのか。


「“全て”アンタが仕組んでいたのか?」


「そうですね。一人で──いえ、付き添い人も居ましたか。


ともあれ家を飛び出した第三王女が本当に狙いやすかった。簡単に復讐を始められると思いましたよ。


女王の悲しむ顔を想像したら興奮が収まりませんでした。しかし貴方が、まさかかつての弟子が邪魔するとは思いませんでしたよ。


どうして王国に怨みがある筈の弟子が、その王女を護るのですか。訳がわかりませんよ」


もうあの頃のナイト先生の面影は全く無かった。ナイトが今までの怨み節を語っている最中にセレスティアがレルゲンの後ろで思念詠唱を行い


全力バフと高位魔術の詠唱を完了する。


(レルゲン、いつでもいけます)


(わかった)


「隠蔽魔術ですか、下らない。ディスペル」


パリンという音と共に魔術が強制的に剥がされ、隠蔽魔術が強制解除させられる。


「なっ?!」


思わずセレスティアが驚きの声を上げると、ナイトがニヤっとした、気がした。


「いいですねぇ、その動揺。とても愉快ですよ第一王女。隠蔽魔術とはこうやるのです」


瞬間、ナイトの姿、魔力、気配や音に至るまで完全に消える。全方向に警戒範囲を広げるレルゲンだが、セレスティアは落ち着いていた。


「上位魔術、ウォーターシャーク・トルネイヴ」


何もない空間に上位魔法を繰り出す。渦巻き状に大量の水が出現し、渦巻きの中には巨大な水生生物の影のような物が、中の標的を噛みちぎらんとする。


「……!」


渦巻きの中には姿から何まで完璧に隠蔽していた筈のナイトがいた。


力づくで水の上位魔術の反対である火の上位魔術を無詠唱で発動し、難を逃れる。


ようやくナイトの表情が見て取れるが、やはりあの頃の優しい表情だった師の顔とは全く異なっているように見える。


「あのドラゴン、余計な知恵を吹き込んでくれましたね。まあいいでしょう、“既にやれる事はやりました”」


レルゲンが眉をひそめて問う。


「何のことだ?」


「わざわざあのドラゴンに液体の魔石を流させた理由について考えたことがありますか?」


「街に疫病を流行らせて、人の魔物化適合者がいる時は拉致監禁して実験をするためだろ。そのくらいはこっちだって調べている」


ナイトがやれやれといった様子で、答えを語り始める。


「半分正解ですが、それでは落第ですね。どうせ分かる事ですし、今教えてあげましょう。


貴方が住んでいる王都は“真円に近い形状”をしていますね。その下には地下用水路が流れているのはご存知かと、特にそこの第一王女は。


その地下用水路が王都中を流れているという事は、おやおや?気づいてきましたかね?」


セレスティアが汗を額に滲ませて、「まさか…」と溢す。


「ふふふ。いい表情ですね。最後まで教えてあげますよ。


地下用水路に“微量ながらも魔力が絶え間なく流れる”という事は、何かと同じではありませんか?


そう!魔法陣!!


実は用水路だけでなく地上にも魔族が多く潜んでいますので、細かい文字の作成もお手のもの。


あなた方が疫病の原因を調べる最中、街に人が更に少なくなっていきましたから作業が捗りました」


(街に魔物が大量に放たれているというのか…)


「いいえ、違いますよ?シュット君は街に魔物が大量に発生しているとお考えでしょうが、残念…


そんな優しいものではございません。仕掛けた魔法陣は


そう!“転移の魔法陣”!!


王都ごと飛んで頂きましたから、今から戻っても何もないでしょう。


ではなぜ貴方達にこんな事を教えているかというと、私に貴方の、“シュット君の成長”を見せて頂きたいからです」


「俺の成長だと?何を今更」


「いえいえ、今更なんてとんでもない。私は貴方の成長もずっと見守っていましたよ。


修羅場は人を強くする。だからこうして貴方をギリギリまで何度も追い詰めた。

アシュラ・ハガマの“核撃”を防いだ念動魔術は素晴らしい成果でした。


元々は第三王女抹殺のために送り込んだ魔物でしたが、あの頃のシュット君には丁度いい敵ですね。


特に念動魔術の成長速度は私の予想を遥かに上回りましたよ」


上機嫌にナイトがこれまでのレルゲンの成長を語り始める。


そしてそのへばりつくような期待は、まだ収まっていないようだった。


「だから、その新しい武器を手に入れ続けるシュット君を私に見せて欲しい。もっとも、ここから無事に帰れるかどうかですがね」


指をパチンと鳴らすと控えていた三体の魔物が動きを始める。


じりじりと距離を同時に詰められ、レルゲンとセレスティアは後退りしてなんとか距離を保とうとする。


「逃げても構いませんが、それでは面白くありません」


音もなく持ち上げられた剣が、セレスティアの背中の左肩から突き抜け、途中で静止する。


慌ててレルゲンが剣を念動魔術で引き抜いたが、それが不味かった。


あまりの激痛にセレスティアが膝を突き、突き抜けた左肩を抑える。全身からは汗が吹き出し出血も酷い。


急いで止血しなければ出血多量で死に至る量が流れ出ている。


鞄から回復薬を取り出してすぐに飲ませる。だが、それでも出血の量を抑えるのが精一杯で、他の止血方法が必要だった。


(矢避けの念動魔術をすり抜けたのか)


なぜ念動魔術が効力を発揮しなかったのか考えながらも包帯を取り出し、痛みに苦悶の表情を浮かべるセレスティアの傷口を強く縛る。


途中あまりの苦痛に声が漏れるが、悲鳴は上げない。


目からは涙が溢れそうになるが、ギリギリのところで堪えている。


包帯で止血を試みるが、やはり出血量が多い。これでは転移後の王都に戻っても間に合わない。


レルゲンがどうにかするしか無かった。するとセレスティアが苦痛に歪む表情を我慢しながらも薄く笑って見せる。


「レルゲン、貴方だけならここからでも逃げられます。どうか私は捨て置きなさい」


「駄目だ、それはできない」


「いいえ、ここから王都に戻れたとしても私は間に合いません。いいのです、愛する人に最後を看取って貰えるのですから。私はもう満足です」


「俺が…俺が絶対に助ける!」


強く縛っていた包帯を解き、意識が出血により朦朧とするセレスティアの左肩を正確に見る。


目に魔力を集中し、破壊された筋組織と血管、神経や骨に至るまで記憶する。


そして、地面に流れ出た血液を全て念動魔術で空中へ持ち上げ、不純物を物質分離で選定し、清潔な血液の塊を生成する。


セレスティアを助けるために意識を完全に魔物から切り替えたため、今のレルゲンは完全に無防備になる。


しかし、ナイトが魔物の進行を止めてレルゲンを観察している。


ショック状態にならないように徐々に体内へ血液を戻していく。


大量の出血により白くなりかけていた身体が徐々に発色を取り戻し、セレスティアの意識が戻る。


「まだいらしたんですか」


「セレスを助けるまではここにいるよ」


セレスティアの髪を優しく撫でると、安心したのか再度意識を失う。

ここからが問題だ。


血液は戻り、今も念動魔術で出血は抑えているが、傷口を塞がなければ念動魔術が切れた瞬間出血が再開してセレスティアは助からないだろう。


ならばどうするか。レルゲンが導き出した打開策は、念動魔術による手術だった。


セレスティアの傷口は「全て記憶した」


手から極限まで細くした一本の魔力糸を出し、縫合する。


一つの糸を操るのに全神経を使ったのは今回が初めてで、普段は自分の手と同様に自由に複数本を同時に動かす事が出来るが、今回は生易しい精度では無い正確さが要求される。


最初の一本は正確に縫合されたが、これを繰り返していては日が暮れてしまう。ナイトは今でこそレルゲンを観察しているが、そう長くは待ってくれないだろう。


手から更に十本の魔力糸を出し、これもまた正確に縫合される。今度は二十本、四十本と数を増していき、破壊された組織を縫合していく。


ナイトはレルゲンの精密な操作に魅せられていた。


縫合が完全に終わるまでレルゲンを待ち、終わった所で再度魔物を進行させるべく指を鳴らそうとした瞬間、レルゲンの身体から赤い魔力が吹き出してくる。


(全魔力解放!ようやく本気になりましたか)


目をキラキラ輝かせるナイトの表情は無視して、レルゲンがナイトに向かって静かに怒る。


「貴方は俺の恩師だ。だから今までのやられたことを考えてもどうにも怒りが足りなかった。

だけど、今セレスを殺されかけて気づいたよ」


「何にですか?」


「俺はあんたを絶対に許さない」


宣言と共に更に深い赤色の魔力が全身から溢れ出る。それを見たナイトが更に興奮する。


「素晴らしい魔力量です」


まだナイトの余裕は崩れない。ナイトの前を守護するように五・六段階目の魔物三体が進路を塞ぐ。


黒龍の剣に全魔力解放した分の魔力を込めると、刀身がすざまじい勢いで伸び、


今までは紫色に光っていた剣がレルゲンの魔力に引き込まれるように赤く光る。


「どけ」


繰り出された魔力斬撃は赤い光線となって三体の魔物を同時に屠り、残すはナイト一人だけ。


しかしナイトはレルゲンと近くに横たわるセレスティアの地面を隆起させ、隆起によって持ち上げられた先には空中に魔法陣が配置されている。


最後のご挨拶と言わんばかりにナイトが言葉をかける。

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